水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄-《旅立ち》第三回

2009年02月19日 00時00分00秒 | #小説

      残月剣 -秘抄-   水本爽涼

        《旅立ち》第三回

「常松! なかなか、いいぞぉ~」
 汗を流しながら、源五郎が常松に声を出す。二人は互いに竹刀を構えて渡り合っていた。常松に息の乱れはなく吹き出す汗も見えない…と、その時、清志郎は異質の才を常松の姿に感じていた。この清志郎の想いは、後の常松の生涯に、大きな影響を与えることになる。しかし、清志郎も、そして当の本人の常松にも、この時点では分かる由もなかった。
 月日は流れ、常松は七歳の春を迎えていた。
「行って参る…」
 父は、母の蕗(ふき)に見送られ、いつものように奉行所御用に出かけた。常松は兄の源五郎と剣術の朝稽古を軽くして朝餉を食べた後、いつもの小鳥の世話をする。もう一人の十歳違いの兄、市之進は、既に昌平坂の御学問所へと向かい、家を出ていた。昌平校の試験を通るくらいだったから、この兄の学問への傾倒は、十七歳を過ぎた頃から、常松が見せる剣術の冴えと相俟(あいま)って、家族に或る種、独特の輝きを与えていた。源五郎には食事どきなどに時折り、学問をせよと命じていた両親も、どういう訳か、常松には何一つ云わなかった。常松は、自分が幼い故か…と思ったが、そうでないことを数年待たずして身に知らされることになる。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする