靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第七十回
「…あっ! もう、こんな時間か」
直助はふと我に返って腕を見た。八田も表情を素に戻した。
「直さん、なんやったら、わしも同(おんな)じ部屋で寝よか、どないや?」
「んっ? そやなあ…」
曖昧に返したが、気弱な直助の心中はそうしてもらうと…と縋(すが)っている。外はすっかり暗黒のベールに覆われていた。その時ふと、迷っている直助の脳裡に勢一つぁんの笑顔が浮かんだ。八百勢なら隣りだし、そんな不自由なこともない。八田の所が決して居心地が悪い訳ではないが、直助にはなぜか勢一つぁんの家へ厄介になろうというイメージが湧いていた。というのも、以前に何度か寝泊りしたことがあったからだが、互いに酒を酌み交わし、気づけば朝になっていたという過去もあったのだ。
「…、おおきに、今日のところは家へ帰って様子見てみるわ」
直助は適当に暈すと、立ち上がった。
「ほうかあ? どもないかいな。…なんぞあったら言(ゆ)うてや」
八田もこの怪談を耳にした限りは他人事とも思えない。人情に厚い八田だから、余計に心配になったのか…と直助は思いながら店を出た。