靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第九十六回
直助は、勢一つぁんが持ち込んだ一升瓶の酒を茶碗で飲みながら、残りもののハンペンを肴に世間話をして早めに寝た。世間話といても、やはり早智子の一件なのだが…。
目覚めて枕元をまさぐると、目覚ましが六時近くを指していた。随分と飲んだせいか、勢一つぁんはぐっすり隣で熟睡している。彼の高鼾(いびき)を気にならず眠れたのは酒のお蔭だろう。目覚めた以上、もう熟睡できない…と思え、直助は起きることにした。布団からのっそり出て、視線を何げなく目覚ましに向けると、寝惚け眼(まなこ)の向うに薄っすらと白い便箋が見えた。咄嗟(とっさ)に閃いたのは、勢一つぁん、まだ何か言いたいことがあったんかいな…ぐらいの気持で、その場は捨て置いて着替えた。洗顔を終えて、勢一つぁんを起こそうと思った序(ついで)に、その白い便箋を手にした。みるみる間に直助の顔面は蒼く強(こわ)張っていった。そこに書かれていたものは…早智子からのメッセージであった。か細い走り書きのようなその文字は、恰(あたか)も雨に濡れたかのように滲(にじ)み、弱々しかった。文面の末尾に溝上早智子と書かれていたから、これはもう紛れもなく早智子だと直助は確信出来た。
憶えておいででしょうか。私、溝上と申します。いつぞや取り寄せの全集を買った者です。一度、お会いできればと思います。また、お近いうちにご連絡をさせて頂きます。今日はこの辺りで…。
溝上早智子
という文面である。