靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第八十回
そうなのだ。コケ子は卵も生むから、ペットというより敏江さんには家畜だという意識があるようだった。犬の権太(ゴンタ)は散歩の手間がかかるだけだったから、鶏は貧しい家に実益がある…と勢一つぁんは踏んだのだろう。それで、権太が死んでからというもの、犬を飼わなくなった…と直助には思えた。今と違い、この頃である。コケ子の卵は八百勢夫婦にとって、貴重な食材そのものだった。
「直さん、もうできるよって…」
台所へ戻る擦れ違いざまに敏江さんは直助にボッソリ、そう言った。
「えっ? ああ…おおきに」
霜が降るにはまだ少し早い、朝の冷気がなぜか心地よく、直助の心を潤していた。今日はよく晴れそうである。
しばらくして勢一つぁんが起きたのか、家の中でざわつきが起こった。直助もコケ子の観察をやめ、中へ入ることにした。
食卓には焼き魚にオロシ大根、味噌汁、味付け海苔、卵焼き、きゅうりの漬物と、なんと豪華なことか…。ここ数ヶ月、とくに丸八食堂の朝定が食べられなくなってから、直助はこんなキッチリとした豪勢な食事を食べたことがなかった。