靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第六十九回
八田は差し出された名刺に目を通して、しばし沈黙した。
「人事の係長か…。強(あなが)ち、嘘言(ゆ)うとるとも思えんなあ…。そうなると、ちょっと、怖いな」
直助は、ただ頷いた。
「そんで、飯方々、繁さんとこへ来たっちゅう訳や」
「なるほどなあ…。こら、何とかせな、あかんな。とは言(ゆ)うても、どうしたらええんかいな。急なこって、よう分からん」
「頼むで、考えてや。なんせ、話は今晩もまた起こるかも知れんよってな」
「そやな、さし迫っとんにゃったな。そうゆうことなら…」
八田は両腕を組み、思案顔になる。直助も頬杖をついて考え始めた。二人が思案しているのを無視するかのように、嫁の照代さんが丸八食堂の暖簾を取り入れに表へ出た。小声で、「…なんや? この人らは!」と、愚痴ってるのだが、思案に暮れている二人には聞こえない。ついには、照代さんが奥へ消えたのも気づかぬ有様なのだ。照代さんは愛想笑いして前を通ったが、完璧に無視されて、幾らかお冠だ。顔が怒っている。奥の居間でテレビをつけると、煎餅をバリバリ齧って鬱憤を晴らし始めた。