靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第七十一回
昼間の雨は嘘のように上がっていた。辺りは秋寒で、すっかり暗い。
丸八食堂から文照堂までは直線距離にして二百メートルほどある。トボトボ帰る道すがら、辺りの暗さもあってか、直助の不安感は少しずつ増していた。昼の明るさの中では考えられないことである。、いつもは僅かな距離なので、さほど遠いとは思えないが、今日に限っては妙に足が重く、歩けど歩けどその距離が縮まらないように感じられた。それに、なぜかゾクッ! と、背筋が寒かった。それでも、ようやく八百勢と文照堂の間に立つ電信柱の街灯が見えたときには、フッ! と安堵の溜息が漏れた。40Wの薄寒い明るさだが、直助の心が平静に戻るには十分過ぎた。
店は当然ながら暗闇である。店へ入った直助はバタバタと急ぎ足で慌しく動いて、いつもは点(とも)さない電灯をつけ、家の中を灯光で満たした。そうして、やっと落ちついたのか、居間へと上がり、ドッカと畳へ腰を下ろした。
物音一つしないのは、やはり余計に居心地を悪くする。一人暮らしには馴れている直助だが、今までとは何かが違うように思え、妙な圧迫感に苛(さいな)まれた。そのときである。
━ ジリリーン、ジリリリ-ン ━
旧ダイヤル式の黒電話が、けたたましく鳴り響いた。