人気作家の金平は走馬灯のように巡る過去の時代を振り返っていた。
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『お願いしますよ! なんとか…』
『ははは…、私らも慈善事業やってる訳じゃないんでね。悪く思わんで下さいよ。では、急ぎますんで…』
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二十年前の幻灯出版・編集部だった。担当の山村は鰾膠(にべ)もない返事で金平が持ち込んだ原稿をボツにすると席を立った。今では遠くなったそんな光景が金平の脳裡にフラッシュ・バックした。金平にとって、それはいい記憶ではなかった。だが、そのことがあったから金平が奮起できたのも事実だった。今では編集部の末松が揉(も)み手で原稿を取りに来る。この前など、出版社招待で北海道のとある温泉泊まりだった。
「はい! 金平です。…君だろ?!」
机上の携帯が鳴り、機先を制して金平は先に口を開いた。
「…はい、そうです! 先生、よろしくお願いしますよ。版下を早く作れ! って編集長に急(せ)かされてるんで…」
「分かった、分かった。夕方までには仕上げとくよ。それでいいだろ?」
「はい! 助かります! なにぶん、よろしく! 6時にはお伺いいたします!」
懇願する声が喜色に変わり、今では幻灯出版の中堅編集者として活躍している船頭が携帯を切った。以前は、こんなじゃなかった…と金平は、また巡った。記憶は、すぐにフラッシュ・バックした。
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『ねえ~。分かってもらえると思うんだけど、これじゃ~ …ねえ~』
遠回しに書き直しを要求する上から目線の船頭の言葉だった。
『三度目ですよ?』
『そうなんだけど、売れないとねぇ~。うちも慈善事業じゃないから…』
いつやら聞いた言葉だ…と、金平は思った。
『分かりました…。それじゃ』
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十年前だ…と、金平は我に返った。原稿はほとんど出来ていた。最後の数枚を書き終えたとき、ふいに睡魔が金平を襲った。
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『悪いんですが、売れないんで…』
『打ち切りですか?』
『はあ、申し訳ありません。会社も慈善事業やってる訳じゃありませんし…』
誰だか顔は霞(かす)んで分からないが、場所は見馴(みな)れた幻灯出版の編集部だった。
『そこを、なんとか…』
○○
「先生! 先生!」
肩を揺り動かされ、金平は目覚めた。書斎の机に前のめりになり眠ってしまっていた。起こしたのは編集部の船頭だった。
「慈善事業じゃないね?」
「はあ?」
船頭は原稿を差し出す金平を訝(いぶか)しそうな眼差(まなざ)しで見つめた。
完