春のいい天気なので、ブラリと自転車で外出した木島は軽くペダルを漕(こ)いで家へと戻(もど)った。そのときふと、自転車で流れた景観が頭へフラッシュした。迂回(うかい)した道路で行われていた電柱工事である。電話線? いや、電線だったか? と木島は動きを止めて考えた。だが、どうしても記憶は戻(もど)らなかった。意固地になった木島は、ネット検索に打って出た。よく考えればどうでもいいことなのだが、このまま分からず終(じま)いにする、というのが木島の性分には、どうも合わなかった。で、パソコンをさっそく開けて検索をしたのだが、どうにも分からず、とうとう畳(たたみ)の上へ大の字になり、不貞腐(ふてくさ)れる破目に陥(おちい)った。そのときチャイムが鳴り、友人の汲田が玄関から勝手に上がってきた。いつものことなので、さして木島は気にしなかった。
「なんだ? 金欠か?」
「そうじゃ、ねえんだよ…。そうだ! お前、アレ知ってるか?」
「アレって?」
「ここへ来るとき、やってたろ。工事さ」
「ああ、あれか…。あれは電線だ」
「なんだ、そうか…」
あっ! という間に、木島の難問は解決した。結局、パソコンを駆使して知識を得ようという方法は徒労に帰した。ふと、木島は思った。文明の利器とか言うが、ひょっとすると、人は退化してるんじゃないか? と。小難しいことを機械に考えさせ、自分達は何も考えず答えを得ている。これって、退化なんじゃないか…。木島は他の例も気づいた。自分達は遊び道具がなかったから作って遊んだ。今の子供達はテレビゲームとかの既製品を買って機械相手に遊んでいる。それはそれで結構なことなんだろうが、反面、作ったり工夫したりする人間本来に備わった能力を、自らが退化させているんじゃないだろうか…。木島はネガティブ思考になるのが嫌で、考えないことにした。そんな無口になった木島に汲田が問いかけた。
「お前、何かあったか?」
「いや、何もないさ。ちょっと、文明を気づく人間が馬鹿に見えたのさ」
「どういうことだ?」
汲田が木島を窺(うかが)う。
「ひと言(こと)で言えば、便利に馴(な)れ過ぎた人間が、退化してるってことさ」
木島は淡々と答えた。
「退化か…。言えるかもな。劇的に世を揺るがすような発明や発見も最近、ないからなぁ~」
汲田も同調した。
「小ぶりで努力賞的な発見は多いんだがな。どでかい、のがない」
「ああ…、退化だ」
汲田が腕組みしながら頷(うなず)いた。
「鳥インフルエンザで何万羽も殺処分らしいぜ」
汲田は続けて言った。
「それだって、他のいい方法が分からないからだろ? いや、分からないんじゃなくって、すでに考える能力が多分に退化し始めてるのかもな、ははは…」
木島がまた、淡々と答えた。木島と汲田の会話は、いつの間にかすっかり冷えきっていた。二人は同時にくしゃみをした。
完