見たこともないような花が戸畑の庭のプランターに一輪、ひっそりと咲いていた。戸畑は家内の雑用を済ませながら頭の中でアレコレと巡った。
━ いったい、あの花は、なんなんだ? ━
もちろん、植えた覚えはなかった。どうにも気になってしようがない。戸畑は書斎へ入ると図鑑を調べ始めた。しかし、どこにもその花の名や写真は出ていなかった。次第に戸畑は焦(あせ)り始めた。見間違いということもある…と、ふたたび庭へ出て確かめてみたが、やはり、その見たこともない花は咲いていた。よく見れば、微妙に花びらが動いているではないか。微速度撮影した映像なら分かるが、現実にゆっくりと動く花など、戸畑は今まで見たことがなかった。いや、戸畑に限らず、誰も目にした者はいないだろうと思えた。戸畑は図鑑のことを忘れ、その花に見入った。すると、花から微(かす)かな音が聞こえてきた。目だけでなく耳も怪(おか)しくなったか…と、戸畑は束(つか)の間、思った。身体を花に近づけると、確かに花から音が流れていた。その音は戸畑が今まで聞いたことがない妙な音色だった。慌(あわ)てて書斎へ駆け戻(もど)り、戸畑はボイス・レコーダーを手にすると、一目散に庭へ舞い戻り、スイッチを入れた。戸畑はその妙な音色をボイス・レコーダーにしっかりと録音した。いや、したつもりだった。戸畑があとから再生すると何も録音されておらず無音だった。
そんなこともあってか、戸畑は疲れを取ろうと、ひとっ風呂(ぷろ)、浴びた。上がって肴(さかな)を摘まみながら一杯やっていると、夜になっていた。いつもは回らない少しの酒がその日に限ってよく回り、戸畑はすっかり酔ってしまった。眠気も襲い、早めに眠ることにした。戸畑はすぐ、深い眠りへと落ちていった。どれくらい眠っただろうか。戸畑がふと、妙な冷気に目覚めたのは深夜だった。
『今日は、どうも…』
戸畑は聞こえるはずがない女性の声に起こされた。戸畑のベッドに冷気が忍び寄っていた。戸畑がハッ! と半身を起したとき、プランターに植えられた謎の花がどういう訳か暗闇の中に輝いて見えた。嘘だろ! と、戸畑はベッドを下(お)り、謎の花が咲くプランターへ近づいた。紛(まぎ)れもなく今日見た花だった。だが、戸畑は寝室へプランターを運んだ覚えがなかった。妙だ…と、戸畑が思ったそのときである。
『ええ、私の方から来たのですよ…』
戸畑は気持を見透かされたようで、ゾッ! とした。それでなくても、花が話すこと自体が不気味で、夢と思わずにはいられなかったのだ。戸畑はそのまま意識が遠 退(の)いた。
次の朝、戸畑の姿は神隠しに遭(あ)ったように消えていた。寝室には、謎の花が二輪、プランターの中で寄り添って咲き、置かれていた。
完