物事には頃合いというものがある。これを見落とせば、幾らいい話でもシックリいかないことになる。
「惜しかったな…。三日前ならいい日和で満開だったんだが…」
「生憎(あいにく)、今日は雨ですからねぇ~」
花見が仕事の都合で日延べとなり、今日は今日で春の雨が満開の桜を散らしていた。課長の山辺と課長補佐の牧場は恨めしそうに外を眺めながら愚痴っり合っていた。この二人は課内で[マキヤマさん]と呼ばれていた。牧場のマキと山辺のヤマを付け合わせたものだが、何かにつけて行動が一緒だったから、そう陰(かげ)で囁(ささや)かれたのだ。二人はアチラの関係じゃないか? などと、誰彼となくニヤリとされていた。誰彼といっても、課員は課長を含め五名だから、実質は三人である。
「おい! また、マキヤマが何かしゃべってるぞ」
課長代理の今井が二人を指さした。
「この天気だからな…。俺が言ったとおり、昨日にすりゃ、丁度いい頃合いだったんだ」
課長代行の片岡が渋面(しぶづら)を作った。
「ははは…そう、愚痴るな。とはいえ、そのとおりなんだが…」
今井と片岡は笑いながら缶コーヒーを啜(すす)った。
「まあ、これでマキヤマさんも少しは懲(こ)りただろう。あの二人、いつも偉そうにしてるからな」
今井が道理づいた。
「そうそう。少し、俺の腹の虫が治(おさ)まった」
片岡は今井の言葉で溜飲を下げた。
そこへ、課内五名の中でただ一人、平社員でOLの宮辺久美が顔を出した。
「あらっ! 盛り上がってますね、お二人!」
久美は陽気に言った。
「盛り上がる訳ないだろ。今夜の花見、オジャンなんだぜ」
片岡がまた渋面を作った。
「ああ、そうでした…」
「久美ちゃんのお酌が楽しみだったのにな…」
今井が残念がった。
「すみませんねぇ~」
久美は愛想笑いで返した。
「去年がタイミングだったかなぁ~」
今井は告白の頃合いを失(な)くしたことを悔(く)やんだ。
「えっ?!」
久美が怪訝(けげん)な表情を浮かべた。
「ははは、なんでもないよ…」
今井は暈(ぼか)して雨空を眺(なが)めた。
「頃合いが大事だからな、今井」
片岡は今井の気持を知っていたから、ニヤリとしながら肩を一つ、ポン! と叩(たた)いた。久美には解せず、訝(いぶか)しそうにデスクへ戻っていった。
「あの二人は、いつも頃合いだな、ハハハハハ…」
今井と片岡が大笑いした。遠くでヒソヒソと話していた山辺と牧場は笑い声に驚き、思わず振り返った。
完