里山が何を思ったのか、突然、口走った小次郎の[立国]の状況は、言った本人にも分からない漠然と飛び出した表現で、その場の出任(でまか)せだった。
『ということは、ご主人もどういう気持で言ったのか思い出しておられる・・ということですな?』
『はい、そういうことです。みぃ~ちゃんと所帯を持った僕が独立する・・という意味だろうくらいまでは分かるんですが…』
『立国というのは国の独立ですからな。インディペンデンスとなります』
人間ならば俳人である俳猫の股旅(またたび)が異国の言葉を使った。小次郎はその物言いに少し驚かされた。日本のしっとりした情緒ある俳句の世界とは、かけ離れた言葉だからだ。
『僕は今、結構、疲れてるんですよ。マスコミや人々にも名が売れましたからねぇ~。それが何かにつけ、厄介なんです』
『贅沢(ぜいたく)なお悩みですなぁ~。私(わたくし)などのような、しがない放浪猫にしてみれば、その万分の一でもよろしいからお別け願いたい気分でござるよ、ホッホッホッ…』
股旅は少し寂しげなニャゴリ声で笑った。瞬間、小次郎は自分の思い上がりを自戒した。有名になりたくても有名になれない猫は多くいるのだ。自分を振り返れば、元々は里山家横の公園にいた一匹の捨て猫だったのである。それが、どうだ今は。世界から蝶よ花よ・・と、もて囃(はや)される身の上までに昇りつめられたのだ。人間なら破格の出世であった。股旅が言うとおりだ…という自戒だった。
『申し訳ありません、今の言葉は忘れて下さい』
小次郎は前言を取り消した。