「ははは…、ハンコでいいですから」
「ハンコと言われましてもねぇ~。印肉がありませんから…。どうしましょう?」
「小次郎君の足にマジックを塗り、乾かないうちに、すぐ色紙(しきし)に押す・・というのは?」
「はあ…、まあ、やってみましょう」
里山は#%親方に言われたとおりの所作で小次郎の足に黒マジックを塗りたくると、ハンコ代わりにして、すぐサイン色紙の隅(すみ)へ押した。
「どうです?」
「ああ、これで結構です…」
普通の場合、サインするというのは書き手が書いてやろう! 的な上目線で書くものだが、里山と小次郎の場合は下目線だった。サイン色紙を受け取った#%親方は至極、満足げな顔をした。
「おい、いくぞっ!」
関取の○○に顔とは裏腹な少し強面(こわもて)の声を出し、#%親方は里山の車から遠ざかった。当然、関取の○○もあとに続こうとした。
「あっ! これ…」
里山は返し忘れた黒マジックを差し出した。後ろ向きになった関取の○○は、振り返ってその黒マジックを見た。
「こりゃ、どうも…」
受け取った瞬間、スタスタスタ…という音がした。疾風(はやて)のように踵(きびす)を返し、関取の○○が里山から早足で遠退(とおの)く雪駄(せった)の音だ。作者が描く細やかな状況表現のオマケである。