「まあ、ある意味の立国宣言ですよ、ははは…」
「はあ? …」
中宮は里山の言葉が理解できず、笑って流した。
「リハの時間が迫ってますので…」
「ああ、そうなの? それじゃ、私はこれで…」
駒井が助け舟を出し、中宮は歩き去った。駒井も里山が言った立国の意味を理解できなかったのだが、リハサール開始の時間が迫っているのは事実だった。里山と小次郎はその後、無事に収録を終え、帰宅した。局の駐車場で運転手兼雑用係の狛犬(こまいぬ)が大鼾(おおいびき)で寝ていたのは言うまでもない。
数日が過ぎ、里山の家近くに、ちょっとした変事が起きた。変事といっても里山と沙希代夫妻に直接、影響が出る悪い出来事ではない。話はかなり前に遡(さかのぼ)るのだが、放浪旅を続ける老俳猫の股旅(またたび)が立ち寄ったのだった。小次郎が住む街へ遠方からやってくる猫は、与太猫のドラやその手下のタコ、それに風来坊の海老熊といった概して悪猫だったが、股旅だけは小次郎が先生と呼べる高級猫だった。
小次郎が家前を歩いていると、ひょっこり、その股旅に出くわした。
「いやぁ~先生、お久しぶりでございます。いかがされました?」
『いや、なに…。いい風景があったもんだから、つい長居してしまいました』
股旅は俳句作家風に少し品(しな)を作って答えた。