里山は無言で壇下の会場に向け頭を下げたあと、徐(おもむろ)に席前のテーブル台に置いたキャリーボックスを開けた。ゆっくりと小次郎は外へ出ると、ひと声、会場を見ながらニャ~~! と、猫語で挨拶をした。皆さん、こんにちは! ぐらいの意味である。
小次郎の姿がスポットライトに照らされた途端、場内から割れんばかりの拍手と喝采(かっさい)のどよめきが起きた。当然と言えば当然だったが、里山はその反響の大きさに、改めて驚かされた。
「里山さん! ひと言、お願いいたします。出来ましたら小次郎君にも…」
喧騒(けんそう)が静まると、総合司会者がマイクロホンを通し、里山に挨拶を促(うなが)した。
「ははは…皆さんは最初、何かの間違いだろう・・と誰もがお思いになったことと存じます。しかし、ここにいますうちの小次郎は、現に人間語を話すのです。それも意味を理解し、家族と会話も致します。私も最初、自宅近くの公園で挨拶されたときは、自分の耳がどうかしたのだろう・・と思いました。でも、それは間違いでした。その日から小次郎との生活が始まったのです。小次郎がなぜ人間語を話せるのかは私には分かりません。進化による突然変異なのか、あるいは発見されなかった新種の新生物なのか・・それは皆さん方が研究の過程で解き明かしていただけるものと確信いたしております。よろしくお願いいたします。以上です…」
里山は挨拶を終えると深々と頭を下げて一礼し、ゆったりと腰を下ろした。小次郎は派遣された会場に並ぶ壇下の外国人学者達を見下ろしながら、僕も国際的になったものだな…と思った。