『と、言われますと、随分、以前からこちらに?』
『ええ、まあ…。何ヶ月か前でございますが…』
股旅(またたび)は相変わらず物腰が柔らかい知的な猫だった。
『風景を眺(なが)められて句作を?』
『ええ、まあ…。人間の世界では写真俳句などをやっておられる方もおるやに風の噂(うわさ)でお聞きしておりますが、私などに写真は撮(と)れませんから、ただジィ~~っとその場に居(い)るだけの、ひねり俳句でございますよ、オッホッホッ…』
小次郎は、ええ、まあ・・がお好きな方だな…と一瞬、思った。写真俳句は雑誌で知っている小次郎だったが、知らない態(てい)にして、聞く猫となった。人間なら、聞く人・・となる。
『そうでしたか…。先生、実は僕、所帯を持ったんですよ』
『ほお、そうでしたか。小次郎殿も一国一城の主(あるじ)ですかな』
『そんな、いいもんじゃないんですが…』
小次郎はニャニャニャと笑った。猫も笑うのである。
『立ち話もなんですから、公園で寛(くつろ)ぎながらお話をいたしましょう…』
股旅は懐(なつ)かしそうに公園を見遣(みや)った。公園とはいえ、今は移転して誰も訪れなくなり、荒廃だけが目についた。ただ、人気(ひとけ)がない分だけ落ちついた佇(たたず)まいを残していた。
二匹は錆びついた水道横にある崩れかけた掃除用具入れ場へ入った。雨風(あめかぜ)避(よ)けぐらいにはなる代物(しろもの)で、小次郎が捨てられていた場所である。微(かす)かに残る記憶が、小次郎を切なくさせた。