「いや、なに…□◎部屋の○○関が所長のサインが欲しいって、駐車場で待ってるんですよ」
「なんだって? そりゃ、戻(もど)らんと…」
「ええ、そうなんです…」
狛犬(こまいぬ)はエンジンをかけると慌てて車をUターンさせた。その操作の荒っぽさは尋常ではなかった。そんな狛犬の運転を里山は今まで見たことがなかった。
『ち、ちょっと出して下さい! ご主人!』
キャリーボックスの中にいる小次郎も、さすがにその荒っぽい運転の衝撃には耐えられず、里山に懇願(こんがん)した。
「あ、ああ…。今、開けてやる!」
里山はキャリーボックスを座席へ置き、開いた。
『フゥ~~、やれやれ…』
小次郎は危うく酔いそうになっていたが救われた。猫も車酔いするのである。
車が駐車場へ戻ると、関取の○○が親方と思える男と首を長くして待っていた。
「い、いや! すいません! 運転手が、うっかり粗相(そそう)をしたようで…」
車を慌てて降りた里山は、すぐ頭を下げて平謝(ひらあやま)りした。
「いや、そんなに待ってませんので…」
「そうですか? どうも…。すぐ書きますので」
里山は狛犬から何も書かれていない真新しい色紙を受け取った。
「ははは…よかったら、コレ、使って下さい」
関取の○○はマジックを和装の羽織(はおり)の袖(そで)から取り出した。