水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《旅立ち》第二回

2009年02月18日 00時00分00秒 | #小説

      残月剣 -秘抄-   水本爽涼

        《旅立ち》第二回

 市之進の下には二歳違いの源五郎という、常松にとってもう一人の兄がい た。その源五郎は、自らの名を忌み嫌った。虫のゲンゴロウと同じ名ということで、幼い頃から遊び仲間達から、『虫の源五郎!』と口々に揶揄(やゆ)され、常松が五歳になった頃には、七歳の兄は、すっかり外で遊ばなくなっていたのである。事はそれだけに止(とど)まらない。結果として常松は、兄の恰好の遊び相手にされてしまった。或る種、鬱積した不満の捌(は)け口が、常松に向けられたといっても過言ではない。幸いなことに、常松は未だ幼かったから、深慮する感情を持ち合わせておらず、故に救われたのである。
「竹刀(しない)は、こう持つのじゃ、常松!」
 見よう見真似に竹刀を握り、相手をする常松に、源五郎は近づくや、竹刀の握り方を教えた。五歳の常松には、そう握らねばならない意味など分かる由もなかった。が、兄の云う通りにしなければ拙いのだ…と迄は分かった。それ故、云われるままに源五郎の相手をしていた。
 ある時、勤めを終えて帰宅した父の清志郎が、渡り廊下を偶然、横切って、その様子を目の当たりにした。そして、清志郎は常松の非凡な太刀捌きを、己が眼に焼きつけることになったのである。源五郎の剣術稽古は時折り眼にしていた清志郎であったが、上達が早いと感じたものの、それ以上は何も思わなかった。だが、常松の太刀捌きは、明らかに源五郎の比ではなく、異質の勝れた何ものかを持ち合わせているように思えた。確かに、初めて竹刀を握る常松の手は震えており覚束(おぼつか)なかったが、源五郎へ打ち込むことは出来ないまでも、源五郎の太刀を、ことごとく打ち返したのである。


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残月剣 -秘抄- 《旅立ち》第一回

2009年02月17日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《旅立ち》第一回

  道場に入門する上は、この剣の道に全ての生を懸けるのだ…と、左馬介(さまのすけ)は想いを新たにした。
 
━━ 父の秋月清志郎通方(あきづき・せいしろう・みちかた)は七十表五人扶持の定町廻り同心であった。兄が二人いる三男坊の常松(後の左馬介)は、家督を継ぐことはおろか、成人した暁に、果たして糧を維持出来るのだろうかという、幼い疑問に苛まれていた。父の扶持米は約二十八両相当の年収であったが、家族四人が暮らしゆくには、充分過ぎるという額ではなかった。単純に年、十二ヶ月で割ったとして、細やかな端数の文数は別として、ひと月、二両一分と僅かであることは周知の事実である。これでは、四人の生計がそう余裕めいたものになろう筈がなかった。父、清志郎は同心としての職務を忠実に熟(こな)しているように幼い常松には思えた。別段、着衣が兄達の下がり物であろうと、そのこと自体、常松の心を、とり乱す子細には至らなかった。「兄上は、まだ御学問所からお帰りではないのですか?」
 と、母に訊ねると、母は決まって、
「そうですよ。市之進には、父上以上に偉くなって貰わねばなりませぬ…」
 と、返した。自分には、そうは云って下さらないのですか? とは、どうしても云えない常松であった。要は、時分がこの秋月の家にとって、孰(いず)れは袂を分かたねばならない存在であることを、暗に幼少の身に教え諭されているようにも常松には思えるのだった。


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☆お知らせ☆

2009年02月16日 00時00分00秒 | #小説

明日より村雨丸・残月剣 -秘抄- 上巻を掲載予定です。乞う、ご期待!


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☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(15)

2009年02月15日 00時00分00秒 | #小説
      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (15)

43. 立て札
     立て札に一枚の紙が五寸釘で刺されている。そこに書かれた“手筈
     を受けりゃ地獄へ落ちるのよぉ”の墨字を、カメラ、アップ。
    N  「手筈を受けりゃ、地獄へ落ちるのよぉ…」
44
.エンド・ロール
     朝。江戸の街通り(一筋の広い道)仙二郎達の歩く姿。
     テーマ音楽
     キャスト、スタッフなど
     F.O
     T「
第十回 贋小判  完」

                 流れ唄 影車(挿入歌)

            水本爽涼 作詞  麻生新 作編曲    

            なんにも 知らない 初(うぶ)な星…
             健気に 生きてる 幼(おさな)星…
              汚れ騙され 死ねずに生きる
                悲しい女の 流れ唄

              酒場で 出逢った 恋の星…
             捨てられ はぐれて 夜の星…
              いつか倖せ 信じてすがる
                寂しい女の 流れ唄

             あしたは 晴れるか 夢の星…
            それとも しょぼ降る なみだ星…
              辛い宿命を 嘆いて越える
                儚い女の 流れ唄


      ※ 
時代劇シナリオ「影車」、今回を持ちまして、一応の読み切りと
       させて戴きます。長らくご愛読を賜り、誠に有り難うございました。

                                   水本爽涼


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☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(14)

2009年02月14日 00時00分00秒 | #小説
      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (14)

41. 徒目付組頭・山根頼母の屋敷(内)寝所・夜
     [テーマ曲のオケ3 イン]
     山根が布団で寝息をたて熟睡している。音もなく襖が開き、仙二郎
     が枕元へ立つ。そして、ゆっくりと脇差を抜くと、跪(ひざまず)いて左
     手で口を封じる。息苦しさに目覚める山根。馬乗りになる仙二郎。
    仙二郎「世の悪党め。手前(てめえ)のような奴ぁ、いらねえんだ。地
         獄へ落ちろぃ!」
     と吐き捨て、脇差を胸(心臓)へ突き刺し、抉(えぐ)る(ブシュブシュー
     っという鈍い音)。抗う山根、次第に力が萎えて絶命する。仙二郎、
     息があるかを確認した後、脇差を胸より抜き、刃を山根の白衣で拭
     うと鞘へ納める。そして、静かに立つと、襖より出ようとする。入れ替
     わりに、伝助が部屋へと入る。
    仙二郎「頼んだぜ…」
     と、ひと声残し、仙二郎、消え去る。
     [テーマ曲のオケ3 オフ]
42. 江戸の街通り(一筋の広い道)・朝
     場面、フェード・イン。無惨に晒された山根達五人の死骸と立て札。
     それを取り囲んで騒ぐ多くの町人達。出勤途中の仙二郎と宮部も、
     その中にいる。
    宮部  「なんでも、昨日、奉行所に付け文があったそうですよ」
    仙二郎「へぇ~、誰からですか?」
    宮部  「いえね、匿名だったらしいんですけどね。恐らく、影車からだ
         ろうって、もっからの噂です」
    仙二郎「それで、なんて書いてあったんです?」
    宮部  「贋金作りをしている場所の図面だけで、他には何も書かれ
         てなかったそうですよ」
    仙二郎「ほぉー、図面だけねえ…」
    宮部  「流石! と云ったらいいのか悪いのか…、どうなんでしょ?」
    仙二郎「さあ、どうなんですかねえ」
    宮部  「こんなこと云っちゃなんですけど、お上以上にやるんじゃな
         いでしょうか? 影車は」
    仙二郎「宮部さん、場所がらを考えて下さい。周りを…(小声で)」
     仙二郎、周囲の町人を指さし、宮部を窘(たしな)める。宮部、頷い
     て黙る。二人、群衆から離れ、奉行所へ向け歩き始める。


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☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(13)

2009年02月13日 00時00分00秒 | #小説

      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (13)

35. 頭部のX線撮影された映像 C.I
     医用画像管理システム(PACS)の高精細モニタ映像。
      C.O
36. 病院の診察室・現代
     医師(配役は無名の外科医)が椅子に座ってカルテを書いている。
     医師の姿を。医師、
医用画像管理システム(PACS)の高精細モ
     ニタ
映像を徐(おもむろ)に見て、カメラ目線で素人っぽく、

    医師  「今日も同じです(微笑んで)。いつもの即死ですな…(欠伸
         をしながら)」
37. 瀬崎の音松一家(内)小部屋・夜[テーマ曲のオケ2 再イン]
     一本の縄から器用に下りる又吉。丼鉢を背の袋へ収納すると、ふ
     たたびスゥーっと天井裏へと昇って消える。入れ替わり、伝助が部
     屋へ現れ、音松を担ぎ去る。
     [テーマ曲のオケ2 オフ]
38. 両替商・和田屋(内)部屋・夜
     甚兵衛が部屋の中で熟睡している。
     [テーマ曲のオケ1 再イン]
     部屋前の廊下側の障子戸が灯りに照らされたかのように明るくな
     り、人影が不気味に浮かぶ。
39. 両替商・和田屋(内)部屋前の廊下・夜
     留蔵の顔が携帯火鉢の熾(おこ)った炭に赤々と照らされ光る。留
     蔵、廊下に座り、ゆっくりと携帯用の鞴(ふいご)を押し続ける。火鉢
     の中で赤々と熾る炭。その中に、大鎌が入れられていて、刃が真っ
     赤に焼けている。留蔵、深い溜め息を、ひとつ吐(は)き、頷く。そして、
     大鎌の木の柄を持ち、部屋の障子戸を静かに開ける。
40. 両替商・和田屋(内)部屋・夜
     留蔵、甚兵衛の枕元へ寄り、両足で首を挟むと、左手で口を封じる。
     そして、右手に持った大鎌を甚兵衛の両眼へ押し当てる。(ジュー
     っという焼き入れの音S.E) 呻く甚兵衛、激しく、もがく。留蔵、間髪
     入れず、大鎌で首筋(頚動脈)を斬る。激しく吹きだす血しぶき、布団
     を紅く染める。素早く障子戸を出る留蔵。入れ替わり現れた伝助、
     甚兵衛を担ぎ去る。
     [テーマ曲のオケ1 オフ]


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☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(12)

2009年02月12日 00時00分00秒 | #小説
      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (12)

32. 人里離れた山道・昼[テーマ曲のオケ1 イン]
     所々に雪が残る、昼なお暗き山道を、篭二台が坑道へと急ぐ。各々
     の篭には、音松の子分頭、二人が乗っている。暫く事も無げに篭か
     き四人が、「エッホ、エッホ!」と走っていると、俄かに頭上の木立
     が揺れ、中から、お蔦が舞い下りる。お蔦、有無を云わさず、居合い
     刀を抜き、篭を突き刺すS.E。篭かき二人、慌てふためいて篭を下
     ろして絶叫。もと来た道を逃げ去る。もう一台の篭かき二人も、同
     様に篭を下ろし、逃げ去る。お蔦が居合い刀を篭から抜くと、子分
     Aが篭から崩れ落ち、外へ倒れて絶命。もう一台の篭からバタつ
     いて降りた子分B、
    子分B「貴様ー! 何者(なにもん)でぇ!!」
     と、刀を抜き、お蔦に斬りかかる。お蔦、ふわりと上へ舞い跳ぶと、子
     分Bの頚動脈(首)を下りざまに居合い斬る。子分Bの首筋から吹き
     散る血しぶき。子分B、激しくもがいて崩れ落ちる。お蔦、ニヤリと笑
     い、瞬時に跳び去る。木陰に隠れていた伝助、別場所に置いた荷車
     に二人を乗せると、顰(しか)めっ面(つら)をして、お蔦の消えた方向
     を一瞬、見た後、荷車で走り出す。S.E=豚や牛の肉塊をナイフ等
     で切り裂く音(ブシュ、ブシュー)。
     [テーマ曲のオケ1 オフ]
33. 瀬崎の音松一家(内)広間・夜
     多くの子分を従え、酒を酌み交わす音松。かなり酩酊している。
    音松  「ウィッ!…、二人は帰(けえ)ったか?」
    子分C「へえ…。どこか寄り道をなすってるんでしょう」
    音松  「そうか…。まあ、いい。明日にするか…。今日は、もう寝る」
     と、ふらつきながら席を立ち、部屋を出る音松。
    子分達「御苦労さんでした!」
     音松の後ろ姿に声をかける子分一同。従って立とうとする子分を、
     「いいっ!」と、止めて去る音松。
34. 瀬崎の音松一家(内)小部屋・夜
     音松が刀を刀掛けに置き、布団へ入ろうとした、その時、
     [テーマ曲のオケ2 イン]
     音松の真上の天井板が音も啼くスゥーっと開き、両腕と鉄製の大
     丼鉢、音松めがけて垂直に落下。(鐘の音S.E)スッポリ被った大丼
     鉢。呻く音松。S.E=鐘楼で撞く鐘の音(グォ~~ン)。音松、頭に鉢
     を被った状態で暫し氷結するが、その後、ゆったりと、前のめりに
     崩れ落ちる。
     [テーマ曲のオケ2 オフ]
  


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☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(11)

2009年02月11日 00時00分00秒 | #小説
      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (11)

     そこへ、お蔦が暖簾を潜って現れる。
    お蔦  「ちょいと、邪魔するよ」
    仙二郎「おっ、お蔦姐(ねえ)さん。こらぁ、とんだ所で…(ふざけ気味に)」
    お蔦  「あらっ、十手の旦那じゃ御座んせんか。どうも…」
     と、軽く頭を下げ、負けずに云い返す、お蔦。床机にゆったりと座る。
    又吉  「何にしやす?」
    お蔦  「そうだね…。しっぽくに、しとくれ」
    又吉  「へいっ!!」
     又吉、入れる具の準備を始める。
    お蔦  「冷やで一杯かい? いいねえ。私も貰おうかね…」
     又吉、準備を止め、お蔦の前に茶碗を置くと、一升瓶の酒を注ぐ。お
     蔦、一口、飲んで、
    お蔦  「ふぅ~、体が温(あった)まるねぇ~。酒も始めたのかい?」
    又吉  「(影車の口調で)今日は、特別だぜ…。いつもは出さねえ」
    お蔦  「大当たり、って訳か…」
     と、軽く笑う、お蔦。又吉も、ふたたび、具の準備をしながら小笑いす
     る。
    仙二郎「で、奴らの動きは、どうでえ?」
    お蔦  「今日も今日で、朝から吉原に入り浸って、ドンチャン騒ぎさ」
     溜め息をついて酒を飲み干す、お蔦。
    又吉  「へいっ! しっぽく、あがったよ(蕎麦屋の声に戻り)」
     と、鉢を、お蔦の前へと置く又吉。お蔦、箸を取って啜り始める。
    仙二郎「そうか…。手筈だ!(決断したように)皆を集めろい。明日の
         宵、五ツ、いつもの小屋だ」
    お蔦  「(蕎麦を啜りながら)あいよっ!!」
    仙二郎「又も聞いたな?」
     又吉、黙ったまま首を縦に振り、頷く。
30. 蕎麦屋の屋台(外)・夜
     本降りとなった粉雪が、静かに地表へと落ちる。いつの間にか、風
     は止んでいる。
31
. 河川敷の掘っ立て小屋(内)・夜・五ツ時
     仙二郎を筆頭に、影車の面々が顔を揃えている。土間に直接立
     てられた蝋燭の炎が、隙間風に時折り揺れる。
    仙二郎「的(まと)は、山根、甚兵衛、音松の三人。いや、音松にゃ、両
         腕になる子分が二人いたな? だったら五人だ。今、云った
         手筈で頼んだぜ(皆を見回して)」
     留蔵、又吉、伝助、お蔦の四人、黙って頷く。
    仙二郎「それじゃ、これ迄だ。金は、いつもの後払いで一両、お蔦に
         届けさせる。云っとくが、贋金じゃねえぜ」
     一同、笑う。伝助、土間に立てられた蝋燭の炎を吹き消す。漆黒の闇。


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☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(10)

2009年02月10日 00時00分00秒 | #小説
      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (10)

26. 吉原遊郭(一軒の廓内・客間)・夜
     山根頼母、和田屋甚兵衛、瀬崎の音松、音松の配下の子分二名が遊
     興三昧を繰り広げている。甚兵衛、女郎達に小判を投げ与えている。
     我先にと拾う女郎達。花魁(おいらん)や太夫、禿(かむろ)は威厳を保
     って動かず、時折り優雅に笑う。
    山根  「太鼓持ちが嫌がっておるぞ、和田屋。ほどほどに致せ!」
     云われて、甚兵衛、自席へと戻る。座が静まると、太鼓持ちが挨拶を
     して、芸を披露し始める。甚兵衛、立つと山根の席の前へ座り酌をす
     る。山根、扇子を半ば広げ、甚兵衛に小声で耳打ちする。
    山根  「撒いた小判は大丈夫か?」
    甚兵衛「へえ、それはもう。正真正銘の本物で御座居ます。(一段と声を
        潜[ひそ]めて)足がつく恐れなど…」
    山根  「さようか。ならばよい…」
     前のめりになり、耳打ちしていた姿勢を元に戻す山根。扇子を閉じる
     と、盃をふたたび持ち、甚兵衛の差し出す堤(ひさげ)の酌を受ける。
27. 吉原遊郭(同廓内・客間・天井裏)・夜
     お蔦が、天井板の隙間から下の様子を窺う。
    お蔦  「(微笑んで)随分と派手にやってくれるじゃないか。世間にゃ今
         日、明日の命って者(もん)がいるのに、いい気なもんだよ。これ
         以上は野放し出来ないねぇ…」
     そう云い残し、お蔦、闇へと消え去る。
28. 蕎麦屋の屋台(外)・夜
     小雪が時折り、屋台の暖簾にかかる。幾らか、風を伴っている小雪。
     だが、地面には未だ積もってはいない。
29. 蕎麦屋の屋台(内)・夜
     仙二郎が蕎麦を啜っている。
    仙二郎「まだ春は遠そうだぜ…」
    又吉  「そのようで…」
     又吉、葱を刻みながら短く答える。
    仙二郎「(後ろを振り返りながら)ふぅ~、足元が冷えらぁ」
    又吉  「冷やでよけりゃ、一杯どうですかい?」
    仙二郎「おっ、有り難(がて)ぇ。戴くともよ」
     又吉、仙二郎の前へ茶碗を置き、下に隠していた一升瓶の酒を注ぎ
     入れる。仙二郎、美味そうに半ばを一気に飲む。 
   仙二郎「くぅ~! 腹に沁(し)みらぁ(美味い! と、云いた気に)」


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☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(9)

2009年02月09日 00時00分00秒 | #小説
      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (9)

     仙二郎、真剣な眼差しで小判を見つめ、口に入れると歯で齧る。
    仙二郎「いや、これは本物だ。ですよね? 宮部さん」
    宮部  「(覗き込んで)はい、間違いありません、本物です。なにせ、さ
         きほど奉行所で、贋物と本物を見比べていたんですから…」
    お里  「そうですって!(奥の方を向いて)」
     声を高める、お里。小笑いしながら椅子へと座る宮部。仙二郎も小
     判を、お里に返すと、席へ着く。
    お里  「何にします?」
    仙二郎「俺は、きつねだ」
    宮部  「私は、しっぽく」
    お里  「きつね、しっぽく一丁!」
     奥の調理場から、「はいよっ!」と、親父の声が返る。お里、奥へと
     消える。
    宮部  「あの娘(こ)、すっかり慣れましたねぇ…(奥の調理場を見な
         がら微笑んで)」
    仙二郎「はい…。お里坊は、いい娘(こ)ですよ。私が、もう少し若けり
         ゃ、放っときませんが…」
    宮部  「まだ若いじゃありませんか」
     と、笑顔で、からかう宮部。
    仙二郎「いや、もう駄目でしょう、この歳じゃ…(苦笑して)」
    宮部  「瓢箪から駒、ってこともありますから」
    仙二郎「はは…、富籤(くじ)より当たりが悪いですな」
     二人、大笑いする。そこへ奥から、お里が、うどん鉢を盆に乗せ、運
     んでくる。
    お里  「何か、いいことでもあったんですか? 偉く楽しそう…」
     と、鉢を仙二郎と宮部の前へ置きながら云う。仙二郎と宮部、互い
     の顔を見合わせ、思わず笑い転げる。
    仙二郎「お里坊、そういうこった」
     と云って、仙二郎、ふたたび笑う。お里がキョトンとして奥へ去った
     後、箸筒の箸を取り、
    宮部  「生活苦で、また一家心中があったようです。今月に入って、
         これで五件ですか? 物価が、どんどん上がってますから
         ねえ」
    仙二郎「贋金が出回ってから、もう随分と経つじゃないですか。お上
         は何をやってたんでしょうねえ。今時分になって私らの尻
         を叩いて騒いでるんですから、後手ですよ。まあ、この事件
         に限ったことじゃありませんが!(カメラ目線で云う)」
    宮部  「そのとおり…」
     うどんを啜りながら、ただ頷く宮部。仙二郎も、それ以後は黙り、
     うどんを啜り続ける。


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