水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《惜別》第十七回

2010年12月15日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十七

「おお…。当の本人を忘れていたわ。この話は左馬介から出たのだったな」
「はい…」
 午後は稽古をせず、薪割りをする旨を長谷川が鴨下に告げた。
冬場の薪が些か春までは持たないと云う。左馬介も手伝う積もりだったが、その必要はないと長谷川があっさり蹴った。斧が二本しかないことも、その因か…と左馬介には思えた。刻限は既に未の刻近くになっていた。二人が薪割りをし、左馬介は権十を訪うことで決着し、三人は堂所を出た。
 権十は百姓だから、訪なえば田畑にいるか、家にいるだろう…と考える。これは誰しもが思うところだ。ところが葛西の権十は、世間に数多(あまた)いる百姓とは少し違った。脚力に優れ、世間の噂には、めっぽう詳しかった。脚力を利用して、様々な場所へ出入りするから、当然のこととして、情報通になる。そこへ加えて権十は記憶力にも長けたから、葛西では生き字引と目された。だから、この堀川道場にしろ、野菜や米を持って差し入れた当時は、大男の神代などから耳寄りな話を入手したりしていた。ただ、それらを金蔓(かねづる)にしようとする下卑た魂胆は、さらさら持ち合わせていない、心根のいい男であった。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十一回)

2010年12月14日 00時00分02秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十一回
「ハハハ…。玉は霊を超越した無限の存在です。霊力は出しますが、霊力の影響を一切、受けません。ただ、交信するだけです…。飽くまでも、だけです」
「はあ…、だけですか。つれないですねえ」
「いやあ、それは飽(あ)くまでも交信を受けた場合です。玉の方から霊力を送る時は、その人の最良の結果を考えますから、つれない、ということはないと思いますよ」
「これから私はどうなっていくんでしょう?」
「また心配しておいでだ…。もっと太っ腹で行きましょうよ。何をしたところで、成るようにしか成らないんですから…」
「そうですよね…。煮付(につけ)先輩のプロジェクトも、成るようにしか成らないのか…」
「ええ、まあそういうことです。今の塩山さんは、どうなるかという結果を知らない。しかし玉には将来のあなたがどうなっていくかが分かっている。つまり、先が見える、ということでしょぅな」
「なるほど…。大よそは分かりました。ああ…、長く話してしまった」
 タイミングを計ったようにママと早希ちゃんが戻ってきた。
「おかわり、作りましょうか?」
「沼澤さん、どうします?」
 と、私が訊(き)く。
「はあ、…じゃあ、もう一杯、戴きます」
「ママ、同じのを…」
「はい…」
 しばらくして、シェーカーの音が小気味よいリズムで流れ始めた。


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残月剣 -秘抄- 《惜別》第十六回

2010年12月14日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十六回

「別に難しくはないと思いますが…」
 遠慮気味に鴨下が云う。
「なに? 鴨葱に、いい算段があると申すか?」
「はい…。算段と云えるかどうかは別としましても、足取りを追えば樋口さんには必ず会えます」
「ははは…。そんなことだろうと思おた。それは、必ず会えるという手立てでは、なかろうが」
「はあ、それはまあ…。しかし、権十にでも頼めば、相応の知らせは得られるのでは…」
「おお! それはいいぞ。権十なあ…。奴(きゃつ)ならば小走りが利くから、探りも容易かろうしなあ。…鴨葱も最近は味がよくなったなあ」
 
そう云って長谷川は大笑いした。
「ますます美味くなりますよ」
 鴨下は鷹揚に返し、逆手に出た。思わず二人は顔を見合わせて笑い合う。左馬介だけが二人の話に取り残された形である。
「権十に私から頼んでおきます」
 左馬介が漸く二人に割って入り、そう告げた。二人は真顔に戻り、左馬介の顔を見た。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百七十回)

2010年12月13日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百七十回
「霊力は塩山さんの比じゃありませんが、私だって、これでも慣れたのですよ。玉に訊ねることができますし、もちろん玉のお告げも受けられます。私だって最初は、あなたと同じでした」
 沼澤氏は穏やかに語り、マティーニの残ったグラスを手にして飲み干した。
「私も沼澤さんのようになれるんでしょうか?」
「なれるどころか、前にも云いましたが、世界を動かすお人になられるはずです。現に今、新しい大異変が起ころうとしているじゃありませんか。東京のお方から電話が入ったんでしょ? それなんか典型的な例です…」
「やはり、玉が霊力を出していると?」
「そうです。あなたの運命を変えようとしているのですよ」
「すると、鳥殻(とりがら)部長が亡くなったのも、ですか?」
「鳥殻? そのスープ…いや、その方を私は存じ上げませんが、間違いなく玉の意志によるものでしょう」
「ええっ! 玉が部長を?」
「いや、玉の霊力はそんなサスペンスには加担しません。ただ、あなたを世に出そうと、霊力を動かしたのは事実だと思います。その部長さんは、持病で遅かれ早かれ亡くなられたことでしょう」
「いやあ、それを伺(うかが)って少し気が楽になりましたよ。いくらなんでも、玉の意志ひとつでポックリ殺されたんじゃねえ~」

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第十五回

2010年12月13日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十五回

「よし! 飯にしよう」
 長谷川は大皿を持って先に堂所へと入っていった。鴨下は茶の準
備をしている。長谷川の後を追う形で、左馬介も堂所へと向かった。
 一人頭、四ヶはある握り飯も、香ばしく温かいこともあり、瞬く間に
なくなった。後の茶を啜りながら、
「で、先ほどの続きだが、先生のご様子はどうなのだ?」
 と、長谷川が突っ掛けた。
「ええ…。取り分けてお悪いという程のことではないのです」
「なんだ、そうか…。まあ、それならば何も申すこともないのだが…」
「ただ、私にも、しかとは分からぬのですよ。飽く迄、私が感じた迄のことと、お思い下さい」


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百六十九回)

2010年12月12日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百六十九回
「そうです…。まあ、この現象は、そう度々(たびたび)、起こりゃしませんがね。玉が盛んに霊力を出して活動している時に、よく起こります」
「…そういえば、今日、沼澤さんにそのことを訊(たず)ねようと思って寄ったんです。部長になるやら、議員の煮付(につけ)先輩から、どでかい話が舞い込むやら、それに今のことも含めて、なんか変なんですよね」
「そうでしょうとも…」
 沼澤氏は当然だと云わんばかりで、私に理解を示した。ママと早希ちゃんは、いつの間にかボックス席へと逃避行を決め込んでいた。むろん、逃避はしているのだが、私と沼澤氏が話している様子を遠目に窺(うかが)っている訳で、ある意味、気を利かせてくれた、とも云えた。
「玉のお告げがあるのですが、途中で中断すると、そのあとがないんですよ。これって、どういうもんでしょうか?」
「それはこの前、塩山さんがお訊(たず)ねになったので私が答えたじゃありませんか。あなたが慣れるしかないと…」
「慣れる…といいますと、具体的には?」
「慣れるのですよ、霊力に慣れるのです。慣れるとは、霊力をコントロールする力(フォース)を高める、ということです」
「なるほど…」

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第十四回

2010年12月12日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十四回

 そう云うと、長谷川は苦笑した。
 三人は堂所で握り飯を頬張りながら雑談に花を咲かせた。この時期は流石に屋外で食べるというのは余り気が進まない。囲炉裏が部屋の片隅に、どっかりとあり、上から吊るされた自在鉤に掛けられた鉄瓶からは、シュンシュンと湯気が立つ。更には、その下で小火がチロチロと燃えている…。そんな暖を取れる場で食うのが適する極寒の時期であった。
「左馬介、先生のご様子は如何であった。俺も暫く、お会いしておらぬのだ」
 鴨下に話した折りには、いなかった長谷川が、何故、幻妙斎に左馬介が謁見したことを知っているのか…。そのことが解せぬ左馬介であった。

「お前の動きなど、大よそ分かっておるわ」

 負けん気が出たのか、長谷川はそう放つと、高らかに笑った。左馬介としては完全に一本取られた形だ。しかし、師範代の面子(メンツ)もあるのだから、左馬介としても鷹揚に構えて、敢えて深く絡まない。

「それは、そうです。長谷川さんですから…」

 引かれてしまえば、長谷川としてもそれ以上は突っ込めないし、

一応は顔も立ったのだから相応だと思えた。
「お前の動きなど、大よそ分かるわい」
 そう放つと、長谷川は高らかに笑った。左馬介は、完全に一本取られた気がした。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百六十八回)

2010年12月11日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百六十八回
「どうされました塩山さん? まあ、お座りになって下さいよ」
 振り返った沼澤氏は手招きしてそう云った。その言葉に促(うなが)され、私はいつもの定位置の椅子(チェアー)に座った。というのも、沼澤氏は私がいつも座る椅子を憶えていて、空けてくれていたのである。
「実は…時間が消えたんです…」
 私のマジな言葉に、ママはポカ~ンとした虚(うつ)ろな表情で私を見た。
「どうしたのよ、満ちゃん。時間が消えたって…。消える訳ないでしょ。怪(おか)しな子ねえ」
 ママは怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで愚痴っぽく云った。
「熱でもあんじゃない? 早く帰って寝た方がいいわよ、満ちゃん」
 踏まれた足をまた踏まれた感じ…とは、正(まさ)にこのことである。ママに加えて早希ちゃんも追撃してきたのだ。しかし私には二人を納得させるだけの言葉は見つからなかった。それ以上に妙なのは、つい今し方、ドアの入口にかけられていた準備中の札がママの後ろの棚に見えたことである。…では、私が入る時に見た札は・・? 私は、ゾクッっと寒気がした。
「あります…。そういうことがあるんです」
 悟りきったような口調で沼澤氏が私に助け舟を出した。
「沼澤さん、どういうことなの?」
「そうですよねえ~。よく分かんないわ」
「霊力と交信できる人には、よくある話なんです。今の塩山さんの場合の逆のパターンもあるんですよ」
「えっ!? 逆って、二時間前に戻るってことですか?」

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第十三回

2010年12月11日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第十三回

「そのことは私も気になっておりました。今迄ならば、正月引きでしたが…」
「なんぞ、影番の樋口さんを通して、先生のご指示があったのかも知れませんね」
「ええ、私も左馬介さんが云われるようなことかと思います」
 鴨下は右と云えば右、左と云えば左へ動く男だから、左馬介も会話に熱が余り入らない。だから話も弾まず、いつの間にか尻切れ蜻蛉になった。そうこうしている内に、握り飯も焼けてきた。無論、焼く為に金網に乗せている訳ではなく、飽く迄も冷えた握り飯を温めんが為のひと手間なのである。大皿に三人分が焼けた頃、申し合わせたように長谷川が、ドカドカと音をさせて粗野に入ってきた。
「おう、美味そうに焼けたな。どれどれ…」
 そう云うと、焼けたばかりの握り飯を手にしよとした。が、刹那、長谷川は手を素早く引っ込めた。
「ウッ!」
「長谷川さん、上のは今、焼いたばかりの奴で、熱いですよ」
 鴨下が、云う間合いを逸したということもあった。
「鴨葱、それを早く云わんか。…いや、これは俺が軽弾みだったな、お前の所為ではない。しかし、迂闊だったわ」


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百六十七回)

2010年12月10日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百六十七回
 中途半端に応じて私は電話を切った。それにしても、浴室でお告げを聞き、そのままとぎれてしまっていたものが、翌日の煮付(につけ)先輩、今日のママと、続いてモーションをかけられている。これらを冷静に考えれば、やはり玉の霊力が動いていると考えるのが妥当なようだ…と私は、このとき思った。だが、そうだとすれば、どうするというのだ? と訊(たず)ねられれば、返答のしようもない。お告げが途絶えたとき、ただ待つしか方法のない我が身だったのである。そんな愚かなことを考え倦(あぐ)ねながら、私の腕はみかんへハンドルを切っていた。
 みかんのドアを開けると、驚いたことに沼澤氏がすでにカウンター椅子(チェアー)へ座っていた。しかも、すでに氏の好きなマティーニのカクテルグラスがテーブル上にあり、チビリチビリと氏は、やっていた。妙だな? いつものように会社を出たのだから、みかんはまだ営業していないはずだが…と思えた。その証拠に、ドアの入口には準備中の札がかかっていたのだ。私は慌(あわ)てて腕を見た。すると、どういう訳か二時間が消えていた。つまり、六時頃だと思ってドアを入ったのだが、時計はすでに八時を指していたのだった。私は唖然(あぜん)として立ち止まっていた。

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