水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 5] しどろもどろ

2016年03月11日 00時00分00秒 | #小説

 業務一課長の丹羽取(にわとり)は会社内で他の社員達から変人 扱(あつか)いされていた。というのも、丹羽取には、いつの頃からか見えないあるモノが見えるようになったからである。そのモノとは、さ迷う自縛霊だった。その霊達は、いつも丹羽取に見えた訳ではない。丹羽取をとり囲む周囲の状況が一定の条件になったときのみだった。
「コケさん、どうされました?」
 会社で唯一(ゆいいつ)のよき理解者である隣(となり)の業務二課の係長、戸坂(とさか)が浮かない顔をしている丹羽取に近づいて言った。コケさん、とは、戸坂だけが呼ぶ丹羽取の呼称だった。丹羽取→にわとり→コケコッコ~→コケとなった訳だ。
「ああ、戸坂君か。今日もダメだった。完璧(かんぺき)に、しどろもどろさ。どうも上手(うま)く話せなくてね…」
 偶然、出会ったトイレの化粧室で、丹羽取は戸坂に、そう返した。この日のプレゼンテーションで重要な取引先の役員の前で説明に立った丹羽取は、多くの人の気配に我を失い、活舌(かつぜつ)が、しどろもどろになってしまったのである。丹羽取をとり囲む周囲の状況の一定の条件とは、5人以上の場所に存在することだった。4人までなら自縛霊は見えず落ちつけたが、5人以上は無理だった。課内は多くの課員がいたから、当然、丹羽取の目に映る課内は自縛霊が飛び交っていた。丹羽取が課員と話すと、『ほら、君の右耳に今、噛(か)みついたよ…』とも言えず、しどろもどろの会話となり、要領を得ず、相手を気まずくさせた。だから、丹羽取にとって人混みのする場所は会社に限らずアウトだったのである。丹羽取は社内の休憩時間を解放された時間のように感じていた。そんな丹羽取を理解してくれたのが、後輩社員の戸坂という訳だ。というより、丹羽取は戸坂が手放せなかった。鶏(ニワトリ)に鶏冠(トサカ)は付きもの・・ということだ。戸坂が現れると、どういう訳かあれだけ飛び交っていた自縛霊が消え去るのである。だが、課が違う戸坂と社内行動を共にすることは出来ない。丹羽取は社長の浮来(ふらい)に異動を頼もうとした。
「なにかね、私に直接の頼みとは?」
 社長室へ呼ばれた丹羽取は社長席の前に立っていた。幸い、社長室は2人だ。しどろもどろにだけはならずに話せそうだった。
「突然の話で恐縮なのですが、私と戸坂君を同じ課にしていただけないでしょうか」
「戸坂君と? なぜかね?」
 妙なことを言うな…という怪訝(けげん)な顔つきで浮来は丹羽取を見た。丹羽取としては、自縛霊を見えなくするためです…とも言えず、「それは…」と、口 籠(ごも)った。
「そんなことは、社長といえど簡単には出来んよ。人事部を通してもらいたい」
 浮来は丹羽取の頼みを一蹴(いっしゅう)した。鶏がフライにされたのだった。丹羽取が課へ戻(もど)ると、飛び交うすべての自縛霊が笑っていた。自縛霊達は突然、飛び交うのをやめると丹羽取に一礼し、忽然(こつぜん)と消え去った。その後、二度と自縛霊が丹羽取の前へ現れることはなかった。丹羽取は社内の変人扱いと、しどろもどろな会話から解放され、美味(おい)しそうに笑った。

                      完


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怪奇ユーモア百選 4] 怪談なま欠伸(あくび)

2016年03月10日 00時00分00秒 | #小説

 とある小学校の、とある教室のホームルームである。
「では、今日は伝えることもないから、先生が短い怪談話でもすることにしよう」
 教室から、バチバチ…と、まばらに拍手が起こり、やがて全員が拍手した。その音が鳴りやむと、担任の清水は静かに生徒へ語り始めた。
「…怪談なま欠伸(あくび)だ」
「なま首(くび)ですか?」
 生徒の一人、クラス委員の八田が唐突にスクッ! と立つと、訊(たず)ねた。
「ははは…馬鹿野郎。生首じゃない、なま欠伸だ!」
 教室内が笑いの渦(うず)に包まれた。笑い声が途絶えると、清水はやや低い小声で、ふたたび語り始めた。
「そう、あれは一年ほど前のことだ。先生は宿直で職員室にいた。そろそろ、宿直室へ行くか…と思ったとき、不意に職員室の戸がガラッ! と開いた。先生はギクリ! とした。辺(あた)りはすっかり暗闇で、先生が座る机の電気スタンドの蛍光灯だけの灯りだ。よく見ると、用務員の矢尻さんだった」
『先生、お疲れでしょう。そろそろ仕舞って下さいよ』
『はあ、ありがとうございます。今、そうしようと思っていたところです』
「そう言って、先生は戸口に立つ矢尻さんを見た。いや! 今、思っても信じられんが、矢尻さんは首から下がなかったんだ。首だけが宙(ちゅう)に浮いて話してたんだ。先生はゾォ~~っとした」
 そこまで話すと、清水は教室内の生徒達をゆっくりと見回した。教室内は物音ひとつせず、静まり返っていた。清水の顔は、いっそう真剣味を帯びた。
「先生は怖(こわ)さで直立していた。すると、妙なことに、首はスゥ~っと音もなく消え、戸が静かに閉まったのさ」
「なんだ、やっぱり、なま首じゃないですか」
 八田がニタリとして言った。
「馬鹿言え。話には続きがあるのさ。目の疲れのせいだろう…と、先生は背伸びをして、欠伸をしたんだ」
「なま欠伸ですね!」
「そういうことだ。怪談なま欠伸だ」
「本当ですか?!」
 八田が疑いっぽい、やや大きめの声で言った。教室内は笑いの渦となった。その笑い声が消えると、清水はまた話し始めた。
「話には、まだ続きがある。先生が用務員室を覗(のぞ)くと、矢尻さんが夕飯を食べていた。『矢尻さん、職員室へ今、来られましたよね?』と訊(たず)ねると、『いいえ? 食べ終えたら行こう…と思ってたんですよ』って言うんだ。先生は、また怖くなった。その一週間後、矢尻さんがお亡(な)くなりになったことは皆も、よく知っているな」
 教室内は、ふたたび静まり返った。

                     完


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怪奇ユーモア百選 3] うめぇ~な

2016年03月09日 00時00分00秒 | #小説

 長年の間、村人に馴(な)れ慕われた祠(ほこら)が小じんまりとした森の中にあった。その祠には誰が連れ込んだのか、一匹の山羊(やぎ)が放たれていた。祠へ参る人々は誰彼となくお参り帰りに、その山羊に餌を与えていたから、飢(う)え死ぬということはなかった。参った人が去ろうとすると、妙なことに『うめぇ~な』と語りかける声が後ろから聞こえた。人々はその都度、振り向きはしたが、辺(あた)りに人がいる訳もなく、そのまま訝(いぶか)しげに帰っていった。そんな日が続いたが、山羊は森から消えることはなかった。どういう訳か、村には吉事が続いた。
 ある日、祠の前を通る小道が広げられることになり、祠は少しぱかり動かされることになった。少しとはいえ、約1Kmは離れたところだった。
 小道の拡幅計画は隣町との連絡道を通すことで行き来しやすくする・・との思惑で決まった。工事が始まると同時に、山羊の姿は忽然(こつぜん)、と消えた。この不可解な出来事に、人々はなにかの祟(たた)りではないかと怖(おそ)れた。幸い、何事もなく工事は無事に終わり、森は消滅した。
 移された祠の横には一本の小高い木があった。祠は、その木の下に隠れるように安置された。それまでとは違い、人々が祠の前を通ることは少なくなったが、それでも野良仕事のついでには時折り、お参りする人もいた。
 あるとき、野良仕事を終えた村の男が祠へお参りし、山羊がいることに、ふと気づいた。あの森にいた山羊だった。その山羊が祠のすぐ後ろで草を食(は)んでいるではないか。村の男は驚いた。手に持っていた野菜をやると、美味(うま)そうに食べた。男が山羊の頭を撫(な)で、戻(もど)ろうとすると、『うめぇ~な』と後ろで声がした。男は足を止めたが、過去にもそんなことはあったから、男は振り向くことなく、そのまま歩き始めた。
『うめぇ~な …さらばっ!』
「あいよっ!」
 男は思わず返し、んっ? と振り向いた。山羊の姿は消えていた。そんな馬鹿な! と男はゾクッ! っと寒けを覚えた。
 その後、村では不幸が相次ぐようになった。山羊は森を守る神の使いだったのである。

                      完


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怪奇ユーモア百選 2] 姥窪塚(うばくぼづか)の怪

2016年03月08日 00時00分00秒 | #小説

 そう、わしが聞いたところによれば、今から三百年ばかり前にあった話じゃそうな。まあ、話してくれと言われれば、話さんこともないがのう。今、思い出しても怖(おそ)ろしい話じゃて…。わしも祟(たた)られては困まるでのう、手短かに話すとしよう。手間賃は多めに包んでいただくと有り難いが…。まあこれは、わしの独(ひと)りごとじゃて、ほほほ…忘れてもらおうかのう。
 時は江戸時代 半(なか)ばの頃、お前さんらも知っておろうが、ここから三里ばかり離れた姥窪塚(うばくぼづか)を一人のお武家が通りかかった。名は樋坂源之丞とか言ったそうな。姥窪塚の道伝いには一軒の茶店があってのう、名物の煎餅(せんべい)が美味(うま)い茶とともに知られておった。その煎餅は今も売られておるから、お前さんらも分かるじゃろう。でのう、その樋坂というお武家が、その煎餅をひと口、齧(かじ)った途端、不思議なことに、全天(ぜんてん)俄(にわ)かにかき曇(くも)り、どしゃ降りの雨となったそうな。
「これは、お武家さま。とてもお旅はご無理でございましょう。しばらく小降りになるまで、お待ちなされませ」
 店の主(あるじ)は、そう樋坂に勧(すす)めたんじゃ。
「そうさせていただくか…」
 店の軒(のき)まで出てどしゃ降りの雨を見ながら、樋坂はそう言ってふたたび床几(しょうぎ)に腰を下ろした。そのときじゃった。一人の白無垢(しろむく)を着た娘がのう、濡れもせんで、不意に店へ現れたそうな。樋坂は驚いた。
「驚き召(め)されまするな。私(わたくし)は、あなたさまをずっと、お待ち申しておりました」
 娘はそう申したそうな。樋坂にすれば、一面識もない娘じゃ。面食らったのは申すまでもない。
「何かの思い違いではござらぬか?」
 樋坂は娘に言い返した。
「いいえ…私は」
 娘がそこまで言いかけたときじゃった。
「いかがなされました?」
 話し声がしたからか、主が暖簾(のれん)を潜(くぐ)り、奥から顔を出したんじゃ。
「この娘ごが…」
 と樋坂が言いかけたとき、不思議なことに娘の姿は消えていたそうな。
「あの…誰もおりませぬが?」
 店の主は、はて? と訝(いぶか)しそうな眼差(まなざ)しで樋坂の顔を見た。
「ご貴殿(きでん)も、声は聞かれたでござろう?」
 樋坂は同意を求めた。
「へえ、それはもう。なにかお話の声が…」
「で、ござろう。白無垢の娘ごが不意に現れましてな」
「それはっ!」
 思うところがあったのか、店の主は俄かに顔面蒼白(がんめんそうはく)となり、震えだした。
「如何(いかが)された?」
「それは姥煎餅(うばせんべい)という妖怪でございます。姿こそ美しい娘でござりますが、実は見染(みそ)めた男を窪塚(くぼづか)へと引き込もうとする怖ろしい妖怪でございます」
「そうであったか…。これは危(あやう)ういところでござった、忝(かたじけな)い」
「いえいえ。この旅先、お気をつけられませ…」
「なにか、よい手立ては、ないかのう?」
「ああ、それはござります! 『煎餅固い、煎餅嫌いじゃ!』と申されませ。効用は、あろうかと…」
「では、そうすると致(いた)そう」
 雨はやみ、樋坂は茶店を去った。歩く道中、樋坂は『煎餅固いぞ、煎餅嫌いじゃ!』と言いながら、煎餅を齧(かじ)って歩いたそうな。…そんな、どうでもいい怖(こわ)い話じゃ。

                      完


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怪奇ユーモア百選 1] 爪楊枝(つまようじ)物語

2016年03月07日 00時00分00秒 | #小説

 今日お話しするのは、爪楊枝(つまようじ)の一つの怪奇な物語である。
 学生街の大衆食堂、海老(えび)屋である。久々に学生時代を思い出そうと寄った平坂牧夫は、丼ものを食べ終え、若い頃はこんなことはなかった…と思いながら、シーハーシーハーと口の歯に挟(はさ)まった食べカスを爪楊枝で、ほじいていた。そんなときだった。急に、聞きなれない声が平坂の耳元に小さく届いた。
『旦那(だんな)、お疲れですかい?』
 平坂は、おやっ? 誰の声だ? と、辺りを見回した。客は他に学生が数人いたが、誰も食べているだけで、平坂に話しかけた形跡がない。空耳(そらみみ)か? とも思ったが、それにしても自分の耳に、はっきり聞こえたのだから、平坂は幾らか薄気味悪くなった。それでもまあ、辺(あた)りに変わった様子もなく、また歯をしばらく、ほじいて店を出ようと、平坂は爪楊枝を灰皿へ捨てた。
『旦那、…それは、ちと攣(つ)れないんじゃ、ありませんか』
 また声が平坂の耳に響いた。平坂はこのとき、初めてゾォ~~っとする肌寒さを実感した。攣れないことを俺がしたのか…と、平坂がテーブルを見れば、今、灰皿に捨てた爪楊枝が目にとまった。平坂は捨てた爪楊枝を、ふたたび手にした。
『そうそう…』
 手にした指先の爪楊枝が、平坂には微(かす)かに響く感覚がした。平坂は、これか? とギクリ! としたが、しかしまあ、まさかな…とも思えた。一分ばかり経ったが、爪楊枝は何も言わない。ははは…そりゃそうだろう・・と、平坂は気を取り直した。さて…と考えたが、いつまでも食べ終えた店にこのままいる訳にもいかない。平坂は爪楊枝をポケットへ入れて立つと、レジで勘定を済ませ店を出た。
 店を出てしばらく平坂が歩いたときだった。突然、ポケットから声がした。
『すみませんね。こう見えて、私は山に住む精霊の一番、下っ端の僕(しもべ)なんでございますよ。何の因果か、爪楊枝にされちまいましてねえ…』
 爪楊枝の声は俄(にわ)かに涙声になった。平坂はすでに恐怖心が先走っていたが、一応、声の内容を理解して聞けた。
「なんで私に?」
 平坂は、いつの間にか語っていた。
『偶然、旦那が私めを使われたんでございますよ。お使いになられた方に、声をかけなけりゃ、誰にかけるんだ? ということでございます。この声は、旦那以外には聞こえちゃいませんから、安心なすって下さいまし』
 安心も何もあるものか…と思いながら、平坂は歩き続けた。いつの間にか、恐怖心は遠退(とおの)いていた。
 往来へ入ると、人の姿が俄(にわ)かに増えだした。さして、平坂にはコレといった目的もなく、休日をブラつこうと思っていただけだったから、時間はたっぷりとあった。平坂は思い切って口を開いた。
「それで、私になにか?」
『いや、なに…。これといって旦那に頼みごとがある訳じゃないんですがね』
「それなら、おとなしく捨てられたままで、よかったじゃないですか?」
 平坂は、たかが爪楊枝相手に…と思えたものだから、上から目線で不満たらしく強がった。
『まあまあ、そう言わず聞いて下さいまし。捨てられる前に、私にも一つだけ心残りがあったんでございますよ』
「ほう、それは?」
『お山が荒れましてね。このまま見捨てちゃおけないと…』
「なるほど!」
 道を歩いて擦(す)れ違う通行人が、ブツブツ言いながら歩く平坂を振り返り、訝(いぶか)しげに首を捻(ひね)った。まあ、誰の目にも、独(ひと)り語る平坂の姿は尋常には映らなかったのだろうが…。
『旦那に、とやこう言っても、ご迷惑でございましょうが、まあ、お気が向かれたなら、ひとつご助力を…』
 平坂はそれを聞き、ギクリ! とした。平坂は元農水省の中枢、大臣官房の次官だったのである。
「ははは…今の私には、なんの力もありませんがね。心に留め置きます。で、どのお山の?」
『よくぞ、聞いて下すった。ほん近くの、ほら、あそこに見える小高い…』
 その山は学生時代、平坂がよく登った山だった。
 数年後、どういう訳か、爪楊枝が告げた山の間伐が始まった。そして、その間伐が終わって間なしに、差出人も書かれず消印もないお礼の封書が平坂の家へ投函された。誰が投函したかも分からないその封書の表には[お礼]とだけ泥字で記(しる)され、中には、書くために使われたと思われる一本の爪楊枝が入っていた。その後、平坂家には吉事が続いたという。

                      完


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ユ-モア短編集 [第100話] カラオケ 

2016年03月06日 00時00分00秒 | #小説

 村森静一は世に知られたサスペンス作家である。彼はカラオケが鳴ると、どんな作品でもスラスラと書き進められるという特異な才能に恵まれていた。
「先生、今日はこんなの持ってきました…」
 日々、村森の自宅へ日参するテレビ局の社員、岩竹が鞄(かばん)からカラオケの古いテープを取り出した。CD時代の今どき、オープンリールのテープデッキでカラオケを聴くなどという者はごく僅(わず)かに思えた。その一人が、この有名作家の村森だった。
「ほお、どんなの…」
 岩竹は演奏曲が印刷された紙を村森に見せた。
「ふ~~ん…聴かない曲だねぇ」
「ええ、そりゃそうですよ。トウシロさんが作った世に出てない曲ですから」
「ああ、そうなんだ…。まあ、そこらに置いといてよ、聴いてみるから」
 村森は興味なさそうに言い捨てた。
「それで先生、今日の分は?」
「ああ、なんか言ってたねぇ…。なんだっけ?」
「嫌だなぁ~、忘れちゃったんですか? 10月放送分のヤツですよ」
「ああ、アレ。アレ、全然、出来てない!」
「ええ~~~っ! 参ったなあ~」
「何も君が参るこたぁないだろ?」
「いやあ~参りますよ、また怒られる」
「ああ、そうなの? いつまで?」
「明日(あす)までです…」
「明日か。ははは…そりゃ無理だな、無理無理!」
 村森は、無理無理! を強調して言い切った。
「無理にでもお願いします…。僕のリストラがかかってますから」
「ああ、まあ、頑張ってみるよ。ダメだろうけど、明日、また来なさいよ」
 青菜に塩の岩竹を見て、慰め口調で村森はそう言った。
 しんみりと岩竹が帰ったあと、村森は岩竹が置いていったテープをそれとなくデッキにセットし、スイッチを捻(ひね)った。スピーカーから、なんとも心をそそるメロディが響いてきた。実に心を打つ曲の調べだった。その途端、村森にメラメラ…と創作意欲が湧(わ)いた。
 無心に書きなぐり、村森が気づくと、すでに外は明るくなり始めていた。突(つ)っ伏(ぶ)して村森が眠る机の上には、岩竹が依頼した10月放送分の原稿が完成して置かれていた。デッキのテープはいつの間にか巻き戻(もど)され、自動停止していた。

               THE END


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ユ-モア短編集 [第99話]  サスペンス 

2016年03月05日 00時00分00秒 | #小説

 鳥谷(とりたに)美咲は食品会社のOLに採用されて2年ばかりが経つピチピチのヤングギャルだった。容姿といい仕事ぶりといい、まあ、それなりにまあまあのOLとして、目立たない日々を会社で過ごしていた。そんな美咲だったから、男子にモーションをかけられることも、ほぼなかったが、別にそのこと自体、美咲は気にしていなかった。それより美咲には一つ、気になることがあった。今いる会社が、どうしてこんな大きくなったのだろうか? という漠然(ばくぜん)とした疑問だ。その疑問は、ひょんなことで湧いた。
 あるとき、美咲は会社の資料室で偶然、創設当時のちっぽけな商店の写真記事を見てしまった。疑問に思うようになったのは、そのときからである。というのも、今との期間が僅(わず)か10年にも満たなかったからである。美咲は秘密裏に会社の実態の歴史を逆に辿(たど)ることにした。すると、妙なことが分かった。それには、ある食品の発売が関係していることが分かったのである。その食品の名は、[サスペンス]。味はサスペンスの筋書きのように、はらはらとさせる味つけで、食べる者を悩ましくさせる美味で悩ましい健康食品だった。ああ、アレか! と美咲も納得した。自分も食べたことがあった。鳥谷美咲が[サスペンス]を食べる。鳥谷美咲と[サスペンス]。美しい花が咲く岸壁に佇(たたず)む一人の女…海鳥が舞っているラストシーン…もうこれだけで十分、ドラマになる映像が揃(そろ)っていた。

             THE END 


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ユ-モア短編集 [第98話]  ビリビリっ!

2016年03月04日 00時00分00秒 | #小説

 合崎(ごうざき)武司は人間には強かったが、電気関係には滅法、弱かった。もう少し正確に言うなら、[電]と付くあらゆるもの、具体的には電話、電波、電磁波、電子…など、目に見えないすべてのものに弱かったのである。
「そんなこっちゃ君ね、今の時代、世渡り出来ないよっ!」
 嫌みに聞こえる正論を会社上司の太良吹(たらふく)は課長席に座りながら、対峙する合崎に説教口調で言った。太良吹は座った位置にいるから、前に直立する合崎には当然、上目 遣(づか)いである。
「はあ…しかし、どうしようもありません。ダメなものはダメなんですよ、僕」
「小学生じゃないんだから、私と言いなさい、私と! …まったく!」
 太良吹は完全に旋毛(つむじ)を曲(ま)げた。
「はあ、どうも…」
 ペコリとお辞儀してデスクへ戻(もど)った合崎はビクビクしながら椅子(いす)へ座った。机の上には強敵の電気スタンド、パソコン、電話といった、合崎にとって見るのもおぞましい[電]関係品が合崎を見つめていた。それは合崎がビリビリっ! と感じる━見えざる視線━だった。
 会社の帰り道、まだ田畑が豊かに広がる畔(あぜ)を合崎は歩いていた。畔に沿(そ)って電柱がまっすぐに続き、高い電圧が流れる電線の上で、スズメ達がチュンチュン…と囀(さえず)っていた。それを見ながら合崎は、ふと思った。アイツら…よく感電しないな? と。落ちないメカニズムは分からなかったが、合崎はピリピリっ! に強いスズメ達を羨(うらや)ましく思った。
 しばらくのんびりと畔を歩いていると、バイブにしていた携帯が急にビリビリっ! と震動した。驚いた合崎は完全にビリビリっ! 状態になり、電話に出ないまま、畦道を駆け出した。そのとき、タイミング悪く、夏空にビリビリっ! と稲妻がひと筋、走り、ズド~~ンときた。
「ギャア~~!!」
 走る合崎は完全にビリビリっ! 人間になってしまっていた。

             THE END


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ユ-モア短編集 [第97話] 集中力

2016年03月03日 00時00分00秒 | #小説

 会社員の里口 戻(もどる)は最近、とあることで悩んでいた。というのは、することなすこと、すべてがプレるのである。昨日(きのう)も、こんなことがあった。
「どうしたんだ、里口! 待ってたんだぞ、4時まで!」
「えっ!? そんな馬鹿な。僕も5時まで待ってましたよ」
「んっな馬鹿な! お前、先川(さきがわ)店だぞっ!」
「ええ、先川1号店でした」
「なにっ! 馬鹿かお前は! 俺が言ったのは先川2号店だっ! 」
 先輩社員の雪之下は顔では笑いながら、言葉で荒く叱(しか)った。そのとき、里口は『…2号店で3時だっ!』という言葉を思い出し、ハッ! とした。確かに2号店と聞いた自分の足が1号店へ向かったのだ。これは、ゆゆしき事態である。里口は街頭で占って貰(もら)うことにした。
「どうなんですかね?」
「どれどれ…。ほう! ほうほう!」
 年老いた占い師は里口の上半身を天眼鏡でマジマジと見ながら頷(うなず)いた。
「あんたの周囲には災(わざわ)いを起こす自縛(じばく)霊がワンサカと見える。それが悪さをしておる元凶(げんきょう)じゃて…」
「あのう…どうすればいいんでしょうか?」
「ほほほ…簡単なことじゃ。集中力を高められればよい。さすれば、悪霊(あくりょう)は退散! まず、近づけますまい…」
「集中力ですか。それはどうすれば?」
「ほほほ…それは言葉どおり、集中する力を養うことでござる。方法までは、お教えしかねるがのう。出来ぬと申されるなら、無心になられるのも集中力を高める一つの方法でござろうかのう…」
 里口は占い師に見料を払うと、礼を言って立ち去った。
 次の日から里口は就寝前に小1時間、座禅を組むことにした。無我(むが)の境地(きょうち)に自分の心をするためである。
 効果は、すぐに出た。里口はプレなくなった。ブレないとは焦点が合うということだ。なんのことはない。里口は視力が落ちていたのだ。それがすべての元凶で、物事の集中力を損(そこ)なっていたのである。里口がブレて集中力を欠いていたのは、自縛霊のせいではなく視力低下によるものだった。

             THE END 


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ユ-モア短編集 [第96話] 実(まこと)しやか

2016年03月02日 00時00分00秒 | #小説

 山椒亭(さんしょうてい)田楽(でんがく)は当代きっての落語家である。彼の語り口調は絶妙で、恰(あたか)もその人物や風景がその場にあるかのように実(まこと)しやかに語った。これは楽屋でも変わらず、田楽はコンニャクだ・・と、噺(はなし)家仲間からは、コンニャク亭呼ばわりされていた。コンニャクは閻魔(えんま)さまの好物らしく、裏表がない・・ということらしい。まあ、世知辛(せちがら)い今の世は、毒々しい嘘(うそ)とまではいかない方便を使わないと生き辛(づら)い俗世ではある。田楽が語る落語の世界は、真実味があり、その方便を忘れさせてくれた。
「実は、そこの横丁の豆腐屋の豆腐が美味(うま)いの美味くないのって…。いやもう、コレ! もんですよっ! 是非一度、お出かけ下さいましな」
 手で頬(ほお)を擦(こす)るようにして、田楽が待ち番の楽屋連中と話している。コレ! と手で頬を擦る仕草が、すでに芸になっていて、取り囲む連中は聴き耳を立てていた。
「へぇ~そんなに。ははは…当地へ呼ばれたおりは、一度、寄ってみなくちゃいけませんよねぇ~」
 次の出番の講談師、二流斎 凡庸(ぼんよう)は、さも興味ありげに返した。
「ええ、そりゃもう、是非…。また、そこの油揚げが絶妙なんでございますよ。私なんぞ、旅館に頼んで焼いてもらいましてね、醤油を軽くかけ、ご膳を五杯ばかり…これが美味(うま)いのなんのって…」
 田楽は、また実しやかに手ぶり身ぶりで語った。取り囲む連中は皆、舌舐(したな)めずりをした。
 ある日、その田楽が風邪(かぜ)で寝込んだ・・という情報が楽屋へ齎(もたら)された。田楽が山椒を乗せて!? と誰もが笑って驚き、見舞いに駆けつけた。
「わたしゃね、熱にうなされ見ましたよ。見ました、あの世とやらを…」
 風邪はもうすっかりよくなり、熱も下がったらしく、田楽は元気そうに寝布団の上で半身(はんみ)を起こし、見舞客の連中へ実しやかに語りだした。取り囲む連中は皆、顔面蒼白になっていった。
「それでね…お前はまだここへ来るのは早いぞよ・・って閻魔さまに言われまして。それとね、美味い豆腐には裏表があるぞよって、ニタリとお笑いになったんでございますよ、こんな顔で…」
 田楽は閻魔さまの怒り顔が笑顔になる瞬間を実しやかに演じた。取り囲む連中は皆、笑ったが、田楽の顔が実しやかな閻魔さまの顔に戻(もど)ると、ギャァ~~~! と先を争い、駆け出していった。

             THE END


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