④今回は「作家・童門冬二さん」によるシリーズで、豊臣秀吉についてお伝えします。
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柴田勝家は呆(あき)れて秀吉の顔を見つめた。しかし柴田もバカではない。思わず、
(この野郎、なかなかやるな)
と感じた。
言ってみれば秀吉は、
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
という言葉を、文字どおり実践したのだ。
秀吉は、柴田勝家が先頭に立って、自分の新城主就任に反対していることを知っていた。しかし秀吉は、性格が向日性(こうじつせい:植物の茎や葉などが日光の刺激を受けて、そちらの方へむく性質)だ。バイタリティもある。言ってみればかれはヒマワリか、カボチャのツルのようなものだ。進む方向にかならず太陽の光が当たる。
あるいは秀吉にすれば、
「おれは太陽の光に向かって進んでいるのではない。おれの進む方向に太陽の光が当たるのだ」
などという極楽トンボのようなことを考えていたかもしれない。とにかくその自信は大変なものだった。
だからと言って、かれは先輩を無視してしゃしゃり出るようなことはしなかった。秀吉は、
(おれに反対する柴田さまに敵対しても、世論は柴田さまに味方する。おれはまだ新参者だ。新参者のおれが柴田さまと仲良くするにはどうするか。むしろ柴田さまの懐に飛びこんで、理解を得ることのほうが先だ)
そう考えたのである。
文字どおり、
「虎子を得るために、虎穴に飛びこもう」
という決断をしたのであった。
この気持ちが柴田勝家にも通じた。勝家は渋い顔をしたまま、
「わかった。名を一字やろう」
とうなずいた。この日から、木下藤吉郎は羽柴秀吉と名を変えた。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
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