浪花の友人MIさんからの投稿です
よしや橋 :江戸時代後半から明治初年にかけて、この橋から難波橋に至る土佐堀川左岸一帯
には蟹島遊郭があり「竹式楼・瓢箪屋・加賀伊」等の料理旅館が軒を連ねていた
そうです。
加賀伊では明治8年に西郷の征韓論によって大混乱を起こしていた明治政府を
立て直す為に「大久保利通・木戸孝允・伊藤博文・井上馨・板垣退助」等がいわゆる
大阪会議を開催した所として有名です。加賀伊は木戸孝允から花外楼と名づけられ
現在に至っています。
高麗橋 :江戸時代、大阪には200前後の橋が有り、その内僅かに12橋だけが幕府が架けた公儀橋でした。
なかでも高麗橋は最も格調高い橋で、橋の東端には「里程元標」が有りました。
大阪市内に現存する最古の橋です。元居た会社の本社はこの橋の直ぐ近くでした。
西町奉行所:ここは初代大阪府庁舎でも有りました。
ビルの壁に貼り付いた七福神