読売新聞
米主導の秩序をどう維持するか◆
過激思想によるテロの脅威が、米国主導の法と民主主義に基づく国際秩序を揺さぶっている。
シリアとイラクを拠点とする過激派組織「イスラム国」には、100か国以上の外国人戦闘員約2万5000人が参加する。感化された欧米の若者が自国で犯行に及ぶ「ホームグロウン・テロ」も続発している。
テロはもはや中東や欧州などの地域にとどまらない。世界全体で取り組むべき課題である。米国を中心に国際社会が結束して、息の長い戦いを続けねばならない。
◆次期大統領は指導力を
11月の米大統領選では、「イスラム国」対策をはじめ、環太平洋経済連携協定(TPP)、「アジア重視」政策などが主要な争点になる。選挙戦を通じて、米国がより指導的な役割を果たす方向で議論が深まることを期待したい。
民主党の候補争いでトップを走るヒラリー・クリントン前国務長官は、「米国以外にリーダーはいない。米国が主導しなければ、力の空白が生まれる」と強調している。外交面で米国の関与を拡大する意欲の表れだろう。
米国が孤立主義に陥れば、クリントン氏の主張する通り、世界各地で「力の空白」が生じ、混乱が広がるだけである。
懸念されるのは、共和党の大統領候補指名を目指す不動産王ドナルド・トランプ氏が、イスラム教徒の入国禁止案など極端な発言で人気を集めていることだ。
選挙戦の本格化に伴い、トランプ氏が失速する可能性はある。それでも、根強い支持を保ってきたところに、国民のオバマ政権への不満が見てとれる。
オバマ大統領は、イラク戦争後の米兵の犠牲や反米感情の増大に苦しんだ教訓から、紛争地に大規模な地上戦闘部隊を派遣しない方針を維持してきた。米軍の力だけで中東に長期的な安定は築けないという考えは理解できる。
◆宗派対立緩和が不可欠
だが、「イスラム国」掃討作戦では、対応は後手に回った。現地情勢が悪化するたびに、米軍の空爆拡大や特殊部隊の逐次投入を決めているのは疑問だ。確固とした戦略を構築する必要があろう。
中東の多くの国は、内戦や宗派対立で混迷を深めている。
シリアでは、アサド政権と反体制派が停戦し、米欧露が「イスラム国」との戦いに集中できる環境を作り出すことが肝要である。停戦と政権移行の行程を定めた国際合意を着実に履行すべきだ。
「イスラム国」は、宗教に名を借りたテロ集団にほかならない。インターネットを通じて米欧社会への憎悪を煽あおる宣伝戦には断固とした対処が求められる。穏健なイスラム教徒が米欧に協力する構図にしなければ、撲滅できまい。
イラクやリビア、イエメンも、シリアと同じ問題を抱える。全土を掌握し、多様な宗派と民族を束ねるような政権の不在が過激派の台頭を許している。国際社会は外交調停や資金支援によって後押しすることが欠かせない。
イランでは核開発問題に関する合意に伴い、今月にも米欧の経済制裁解除が始まる。シリア情勢などに影響力を持つイランを引き込み、中東の安定につなげたい。核合意が破られないよう、関係国が監視を続けることも大切である。
ロシアはアサド政権を支援し、シリアへの軍事介入を強めている。露軍機を撃墜したトルコと対立したままだ。
ロシアのクリミア併合は既成事実化が進む。ウクライナ東部の政府軍と親露派武装勢力の停戦合意も順守されていない。
米欧の経済制裁にもかかわらず、プーチン大統領が強硬姿勢を貫くのは、米国が主導する国際秩序に挑戦する狙いがあるからではないか。軍事力による現状変更をこのまま許してはならない。
◆難民対応が重い課題だ
欧州連合(EU)は試練に直面している。中東、アフリカなどから流入した難民と移民は、100万人を超えた。パリ同時テロでは犯行グループの一部が難民に紛れて入り込んでいた。
東欧を中心に、難民受け入れに対する反発が広がっている。欧州統合というEUの理念と治安維持をどう両立するか、重い課題が突きつけられたと言えよう。
EUが主体となって域外との国境を警備する組織の創設が検討されている。域外国との国境管理の徹底を通じて、治安への信頼を取り戻すことが急務だ。
欧州には、今年も難民の大量流入が予想される。国際社会全体の支援が不可欠だ。日本も人道援助などで貢献を続けたい。