ようやく秋らしくなり、外に出ると木枯らしの風が吹いていて上着が必要な季節になってきた。今のところは雨は降っていないが、今朝は昼まで雨の予報であったので、まだ散歩には行っていない。このところ、何事についても、やる気が少し無くなりつつあるかと感じるが、極力、自分で面白いということを見つけてやってみようと思っている。ただ、記憶力が衰えつつあるような気がする。昨日も、宝くじのネット購入をしていたので、宝くじのサイトにアクセスして自分の購入履歴を見ようと思ったところ、自分の古いアドレスでアクセスしていたのか、それとも新しいアドレスでアクセスしていたものか分からなくなって時間を費やしてしまった。しかし、おかげで、宝くじのネット購入に連続購入ということでポイントがついていたことに気が付いた。5000ポイントということなので年末ジャンボの購入に使ってみようと思う。しかし、ネット購入のせいなのか、最近は、全く当たったことがない。
ジャニーズ事務所から移行するエージェント会社の社長が、どうやら決まったようだが、被害者の補償が始まったとのニュースはまだ無い。アイドル志望者の少年達多数が喜多川氏の毒牙にかかり、それでも我慢して、心に負ったダメージを糧にして頑張った者がスターへの道を進むことが出来たが、ダメージの大きさに心が折れた者は、未だにPTSDに苦しみ、一部の者は、それをマスコミに訴えても、警察に相談しても、大して相手にはしてくれなかったことに我が国の抱える構造的な闇の部分があった。加害者が死亡してから少しの期間が経ち、外国の報道機関が報道し、被害者の一部の者が自らの被害を明らかにして、それを契機に、ようやく、ジャニーズ事務所の抱える闇の部分や、それに忖度をしてきたテレビ局の問題が暴かれてきたが、少年達の人権よりも自らの利益を優先して、前代未聞の性加害の問題に目をつぶってきた芸能界と報道機関などの責任は重い。
所属する俳優が自殺したことによって、問題が明らかになりつつある宝塚についても、構造的には、決して、清く正しく美しいだけの組織ではなく、上部の会社そのものは保守的で組織的な構造があり、宝塚歌劇団の内部も、上下関係で拘束された、嫉妬や妬みで満ちた女の園であったことが判ってきつつある。これも、若い志望者の意欲を搾取する組織であり、それを支えているのはオタクファンであることも事実であろう。そういう意味では、ジャニオタも宝塚ファンも同じであり、我々国民が見せられている美しく綺麗なスターの姿が仮のものであり、それを支える組織は、古臭く、人権意識のカケラも無いことが判りつつある。NHKが、今回の朝ドラに宝塚歌劇団を出演させなかったことは、奇しくも、正しかったということだろう。
今回のブギウギに協力して出演しているOSKの内部がどうなっているのかは分からないが、昭和の初期に劇団員がストライキまでして自らの権利を勝ち取ったり、何度もあった解散の危機に対しても立ち向かってきた伝統というもののが宝塚とは異なる気風・風土を作って来たのではないかと願っている。幾らスターになることを願っていたとしても、自由の無い組織に今後の将来性は無いと考えたい。見せかけの、「清く正しく美しく」よりも、雑草魂の方が良いではないか。