積極的疫学調査は「やってることになっている」
最近の感染確認数の減少に、特に東京都の場合に、積極的疫学調査による検査数を減らしたからではないか、という疑念がネットの投稿を中心に起きている。積極的疫学調査とは、本来「発生した集団感染の全体像や病気の特徴などを調べることで、今後の感染拡大防止対策に用いることを目的として行われる調査」(厚生労働省)だが、事実上日本では、これを中心に感染拡大防止策として行われている。クラスターが発生した場合に、その濃厚接触者を追跡し、その先の感染を防止するということである。その対象範囲を、1月8日に厚生労働省が縮小するよう地方自治体に通知したのである。昨年8月以降、この濃厚接触者全員にPCR検査を行うことになったので、その範囲を縮小すれば、検査数が減り、その影響で発見される陽性者も減るのではないか、という疑念である。これについて、東京新聞2月7日に「専門家は無関係」と言っている記事が掲載されている。また、朝日新聞2月9日夕刊にも同様な記事が出ている。新聞の記事の理屈では、その追跡範囲をせばめたことが原因で感染確認数が減る場合には、感染経路不明者と判明者で、判明者の方が減る割合が高くなると考えられるが、データでは両方とも同様に減っているので、ほとんど影響はない、というものだ。記事では、そもそも保健所は、積極的疫学調査による検査など、物理的に時間も人手も不足しているため、充分にはやっていなかったというのだ。「やってることになっている」だけだったのだ。それは現場のひっ迫状況を考えればれば理解できる。実際には、追跡が徹底して行われていたのではないのだから、影響は極めて少ないというのは、納得できる理屈である。
日本のPCR検査などの行政検査の対象は、厚生労働省が決めているが、疑いのある症状を呈した者と濃厚接触者や疑いのある正当な理由のある者(1人でも陽性者が出た高齢者施設等の全員)である。要するに、疑う理由がある者ということである。しかし、実際の検査を受けた者が、どの理由で検査されたのかは、集計されておらず、不明なのである。だから、上記のように「やってることになっている」としても、実態は分からないのである。
PCR検査数は増えていることは、確かだが
厚生労働省オープンデータによれば、日本の1日当りの月別PCR検査数と感染確認数は以下のとおりである。
1日当りPCR検査件数 感染確認数(人)
2020年2月 144 212
3月 978 1885
4月 3811 12361
5月 3968 2488
6月 4033 1748
7月 10134 15793
8月 19923 32000
9月 18915 15091
10月 17733 17588
11月 25727 47132
12月 41095 85891
2021年1月 60757 152585
これを見れば、検査数が増えれば、陽性者も増える、または、陽性者が増えれば、検査数も増える、という相関が分かる。数字上ではどちらが先か分からないが、行政検査の対象が「疑う理由がある者」なのだから、「疑う理由」の最も多い感染の症状うを呈した者は増えたので、検査が増え、結果として陽性者が増えた、と考えるのが論理的だ。「疑う理由」がないのに、検査はしないのだから、先に増えたのは「感染の疑い」であって、検査が増えたのは後なのである。
上記からも分かるように、PCR検査数が徐々に増えたのは確かであるが、「疑いのある者」が減れば、検査数は減っていく。
1月22日(東京都の積極的疫学調査縮小通知日)の検査数は101,273で、最も多く、1月1~22日の1日平均92,244、23日~2月7日は51,723となっている。明らかに、減っている。このことのせいで、検査減による陽性判明者減の疑念をもたれたのだが、検査数が減ったのは、積極的疫学調査の対象縮小せいではなく、「疑いのある者」が減ったせいで、検査数も減ったのである。
PCR検査を積極的、戦略的予防手段として使う
日本政府は積極的疫学調査を中心に、感染防止対策を講じた。(それについては、上昌広氏の論考が詳しい厚労省「PCR拡充にいまだ消極姿勢」にモノ申す | 新型コロナ、長期戦の混沌)
日本政府には、積極的なPCR検査によって、その先の感染を予防するという日本以外では普通に行われている予防対策の意思はなかった。だから、感染確認数が減れば、検査数も減る。しかし、確認された感染者だけが、実際の感染者ではない。それ以外に多くの無症状の感染者がいるのである(例えばロサンゼルス市の保健当局は、3倍いると言っている)。その先の感染を止めなければ、一度下がった感染確認数は何度でも、また上がる。それには、無症状感染者を見つけ出すための大規模複数回PCR検査が必要なのである。
国が本腰を入れないが、幸い、多くの専門家や野党が拡充を強く主張しているせいもあり、続々と地方自治体がPCR検査拡充を始めている。世田谷区、墨田区、松戸市、広島県などその他多くの自治体が厚生労働省の決めた検査対象者以外に、無料、検査費の補助といった様々な形でPCR検査の拡充に乗り出している。
感染が減少傾向にある時こそ、無症状感染者を見つけ出し、拡大を予防するチャンスなのである。減少傾向にあれば、発見された陽性者の療養などの対応もやり易くなる。そのために、積極的疫学調査以外の大規模複数行政PCR検査の拡充、つまり積極的、戦略的検査が重要なのだ。