世界は軍事力増強に突き進んでいる
3月10日付け英ガーディアン紙は、米軍アジア太平洋地域の司令官フィリップ・デビッドソンが、中国が今後6年以内に台湾に侵攻すると警告した、と報じている。
デビッドソンによると、「北京政府はアジアでの米軍に取って代わる動きを加速させ、資源が豊富な南シナ海で広大な領土問題を提起し、アメリカのグアム島を脅かしている」という。これは、デビットソンが米国上院軍事委員会の公聴会で語ったことなのだが、なぜ、中国が台湾に侵攻するのが、6年以内なのかについては、記事では触れていない。
確かに、中国の近年の軍事力の増強と、近隣から太平洋への軍事的プレゼンスの展開はすさまじい勢いで進んでいる。世界中に、既に巨大な軍事力を展開しているアメリカにとっては、その軍事力を脅かす存在に見えるだろう。
だから、記事にあるように、「デビッドソンは軍事委員会の議員たちに、彼ら(中国)がやろうとしていることのコストが高すぎることを彼らに知らせるために、より長距離の兵器の予算を組むよう求め、 彼は、飛行中の最も強力な中国のミサイルを迎撃することができるイージスアショアのミサイル防衛バッテリーのグアムへの設置を承認するよう呼びかけた」のである。
この対中国の軍事的対応は、アメリカのみならず、日米豪印のクアッドQuad、4か国による安保と経済の協議への枠組みや、ファイブアイズFive Eyes、米英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドによる情報共有システムにも見られ、太平洋周辺国、さらに英国まで巻き込んでいる。
英国では、3月13日に複数のメディアが「冷戦以来、初めて核弾頭の数を増やす」https://www.i24news.tv/en/news/international/europe/1615638519-report-uk-to-increase-number-of-nuclear-warheads-for-first-time-since-cold-war
と伝えた。これは、以前に英国海軍は空母「クイーン・エリザベス」を含む空母打撃群を東アジアに派遣することを決めたことと連動し、対中国を意識したものと考えて間違いない。
英シンクタンク「国際戦略研究所(IISS)」 は、最新のミリタリー・バランスで2020年の「世界の軍事費は1兆8000億ドル(約190兆円)に達し、実質ベースで前年比3.9%増となった 」と報告している。世界中がコロナ危機により、経済が減速したにもかかわらず、軍事費だけは増大が止まらない状況を表している。(下図は軍事費15位までの国。日本は8位)
この世界的な軍事力の増強の主要因は、一見中国の軍備増強にあるように見えるが、冷戦終結後、中国が今のようになる以前も各国の軍事費は収まるどころか上昇し続けていたのであり、実際には、常に敵を作り出し、軍事費増加が図られてきたのである。今は、例えば西側にとっては、主要な敵は中国とロシアなのだが、その時々によって、「悪の枢軸」(イラン、イラク、北朝鮮)のように敵は作り出されるのである。
中国が一方的に台湾に軍事進攻することはあり得ない
冒頭の「中国が今後6年以内に台湾に侵攻する」ことはあり得るかと言えば、絶対と言っていいほど、あり得ない。台湾はアメリカの軍事支援もあり、最新鋭武力を有し、台湾住民の強硬な武力抵抗が予想され、軍事的制圧など絶対に不可能だからだ。もし、侵攻に踏み切れば、西側は中国と断絶し、中国経済は崩壊し、中国共産党支配は終焉する。そもそも、グローバルな自由貿易の最大の受益者は中国なのである。だからトランプが中国に攻撃的になったのであり、中国の方は、国際的に自由貿易を守れと主張するのである。自由貿易を自分で破壊するれば、中国共産党の自殺行為である。中国が台湾の武力解放(侵攻)を放棄しないと常に発言するのは、領土的統一はいかなる手段を用いても堅固するという(核芯的利益と中国は言う)、他の中国周縁地域に対する脅しであって、だからといって、台湾侵攻という自殺行為を選択すると考えるのは、馬鹿げている。
中国はアメリカのしていることを、し始めた
上記のデビッドソンは、「北京政府はアジアでの米軍に取って代わる動きを加速させ」ている言っているが、まさに適切な指摘だ。中国は、アメリカがやっているように、世界中に軍事的プレゼンスを展開し、中国の経済的利益の安全性を確保しるため、それを脅かす存在を排除するという方針を取り始めたのだ。まさに「米軍に取って代わる動き」を取り始めたのである。中国は、アメリカがやっていることを中国がやってどこが悪いのか、という主張する。それは、アメリカ「帝国」に変わり、中華「帝国」を築こうとする意図である。中国の「特色のある資本主義」(中国共産党の言う特色のある「社会主義」のこと)は、稀にみる発展を遂げた。この遅れてきた資本主義強国は、当然、既成の資本主義強国を脅かす存在となるのは明らかだ。
米中戦争の危険性は高まっている?
アメリカはトランプの一国主義から、バイデンの同盟重視に変わったが、中国との対決を進める方針には変わりはない。経済利益の衝突だけでなく、欧米を中心として、香港の民主主義やウイグル族への人権抑圧を非難する動きも強まっている。その動きは、中国の軍事力強化と相俟って、中国との軍事的対決をも加速させる。バイデンの同盟国重視は、トランプのように一国で中国に対抗するのではなく、西側が結束して中国に対抗するというように考えられる。日本の自公政権も米日軍事同盟を強化し、防衛(軍事)費を増加させている。しかし、西側が軍事力を強化すれば、中国は軍事的展開を抑えるどころか、さらに軍事力強化を加速させるだろう。西側も中国も(ロシアも)相手方の軍事力使用を抑えるのは、自分たちの強大な軍事力だという抑止論に立っているからだ。その結果、双方が軍拡に走るという危険な状況に陥っているのである。台湾問題で言えば、双方が意図しない偶発的衝突による開戦の危険性は充分あるのだ。
アメリカは第2次大戦後、ベトナム戦争、グレナダ侵攻、パナマ侵攻、湾岸戦争など多くの軍事侵攻を行い、それ以外にも多くの武力行使を行ってきた。そのすべてに、バイデンの属する民主党は賛成ないし、黙認してきた。
しかし、今は民主党内には、ベトナム戦争に一貫して反対してきた左派グループが一定の力を持っている。その象徴的存在のバーニー・サンダースは、他国への政治的・軍事的介入には断固反対し、軍事予算を福祉予算に回すよう要求している。彼らは、中国を民主主義や人権問題で批判することと、軍事的に対決することとは別なことだという認識を持っている。アメリカだけでなく、各国に軍事力強化に反対する勢力は存在する。中国国内にその勢力は期待できないとしても、中国政府が自国を破壊する戦争を望んでいるわけではないこととは、確かである。結局のところ、戦争に勝者はいないのであり、双方が破壊されるだけだという認識を、どれだけ各国政府が持てるかどうか、莫大な軍事費を使えば、敵と見做す相手はさらに軍事費を使い、お互いに本来回すべき予算を削減しなければならないという認識が、どこまで浸透するかどうか、それで決まるのである。
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