夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

ウクライナ戦争「アメリカの狙いどおりに、長期戦が進む」

2022-04-23 09:19:05 | 社会
ポーランドの米軍基地で演説するロイド・オースティン米国防長官
 
 ロシアによる軍事侵攻から、2か月近くが経過したが、ウクライナ戦争は終わりの見えない長期戦に突入している。3月初旬には、ゼレンスキーがウクライナの軍事的中立を提起し、フランスのマクロン、トルコのエルドアンらが、仲介し、いくらか停戦交渉の動きはあったのだが、そこに、ウクライナのブッチャでの住民虐殺等の極悪非道のロシア軍ぶりを強調する報道があり、一気にロシア憎しが強まり、停戦交渉は行き詰まりになった。その間も、NATOはアメリカを筆頭に大量の武器をウクライナ側に供給し、ウクライナ軍の戦闘力を強化を図り、今も続々と重火器類の提供・そのウクライナ兵の操作訓練を含む軍事支援を続けている。
 3月下旬頃から、ロシア軍はキーウ(キエフ)などの北部から後退し、東部に戦力を集中させる方向に転換し、この地域の占領を目指すようになった。それに対し、NATOの武器支援を受けているゼレンスキーは、徹底抗戦の方針を貫いている。

アメリカの利益
 このような流れの中で、世界で最も影響力の大きいアメリカは、最も被害が少なく、利益まで得ている。第一に、誰でも分かることだが、アメリカの軍事産業は、ウクライナへの大量の兵器の供給により莫大な利益を得ている。
 西側のアメリカ同盟国は、日本も含めすべての国で軍事予算を増加させているが、その兵器の調達先の多くは、最新鋭兵器を供給できるアメリカ企業である。この戦争が終わったとしても、西側各国は軍事予算増加の方向は変化しないので、アメリカ軍事産業は、長期にわたり莫大な利益を見込める。勿論これは、紛争地に武器を供給し、人の死により利益を得る「死の商人」と同じである。 さらに、経済的利益としては、インフレによる庶民階層の生活苦があるとしても、ロシアの原油、天然ガスの代わりに、それらの産出国であるアメリカが輸出量を増やせば、莫大な利益を生む。
 しかしより重要なのは、西側同盟国の軍事的同盟関係を強化できたことが、アメリカの最大の利益である。アメリカの超大国としての力は軍事力によって担保されてきたが、年々、その力は弱まってきた。その典型的な例が、アフガニスタン撤退である。それを盛り返す手段は、中国に経済力で追いつかれようとしているアメリカには、やはり軍事力以外にはない。(これは、言葉を替えれば、帝国主義的野望である。)ヨーロッパで言えば、NATOの結束により、他の国より圧倒的な大きなの軍事力を有し、盟主であるアメリカに従属させることができたのだ。比較的に平和主義を貫いてきたドイツですら、軍事予算をGDP2%以上に増加させざるを得ず、より深くNATOに組み込まれていくことになる。ヨーロッパ諸国の安全保障政策は、独自色を失い、アメリカ主導の政策が採られることになるのである。
 対ロシアのアメリカ同盟国の軍事力強化は、当然のように、対中国にも向けられる。アメリカ政府や、日本だけでなく西側の右派が(いわゆるリベラル勢力一部も同様だが)、ロシアと中国を「専制主義」と結びつけることに熱心なのは、対ロシア・中国との軍事的対応を強化するためである。(日本では、産経新聞など極右ジャーナリストが最も熱心である。)
 この対中国の軍事力強化も増大しつつある。2021年9月に米英豪は、軍事同盟のAUKUS(オーカス)を構築したが、4月5日には極超音速兵器の開発などで協力すると発表した。また、日米安保の強化も着々と進んでいる。これらの動きに、ウクライナ戦争でのロシア100%悪玉論(ロシアだけが悪いのであり、それ以外は問題にしてはならないという論調)が後押ししているのは明らかである。
 さらには、ウクライナ戦争での報道は、ロシアのからのものはすべてプロパガンダとされ、情報発信は、圧倒的に「アメリカ政府高官による」ものであり、あたかもそれが、ロシアものとは逆に、正しいものとして扱われている。西側に都合が悪い真実は、すべてロシアの侵略を正当化するもので、言ってはならないものという圧力がかかるようになった。これは、右派だけでなく、リベラルや左派の間にも広まり(朝日新聞の「論座」の意見欄がその典型)、ロシア100%悪玉論以外は、プーチンの味方として扱われている。(これには、第1次大戦中、ドイツ社会民主党が軍事予算の増額に賛成したことを、レーニンが、左派が戦争に賛成するはずはないと、信じなかったことが思い出される。)例を挙げれば、ロシアが主張するウクライナのネオナチ勢力は、それがウクライナ全土を支配しているというのは「プロパガンダ」であり、それをもとにした侵略の正当化などは、完全なこじつけだとしても、ウクライナに極右民族主義武装集団が存在しているのは紛れもない事実である。その主要なものであるアゾフ連隊は、軍事侵攻前は西側でもネオナチの疑いがあり、危険な組織として認識されていた(日本の公安調査庁も認めていたが、最近、その記述を慌てて削除した。)が、今は主要メディアでも、一切、言及されない。これらのことは、アメリカ政府の主張は、すべて正しく、それに反する言動は間違いだ、という風潮が作り上げられている証左である。これほど、アメリカ政府が外交政策を推し進めるにあたり都合がいいことはない。
 
停戦など眼中にないバイデン政権
 4月12日、バイデンは「ロシアがウクライナでジェノサイドを行っている 」と発言したが、翌日にフランスのマクロンは、この発言に慎重な姿勢を示し、「国の指導者は使う言葉に注意を払うべきだ」、「強い非難の言葉を使うことは戦争終結の助けにならない」と言った。これほど、アメリカ政府とフランス政府の方針の違いを表す事象はないだろう。(勿論、アメリカの「飼い犬」の英国ボリス・ジョンソンがアメリカに追従したのは当然である。)マクロンは、ジェノサイドと相手を最大限に非難すれば、交渉などできるわけはなく、停戦を実現させるのを妨げると言っているのである。それに対し、バイデンが停戦を実現させる気はないのが、明らかになったのである。
 バイデン政権は、昨年末からロシアの軍事侵攻を予言していた。それを内心期待していたとは、さすがに考えられないが、侵攻が開始された以上、何がアメリカの利益か、検討したはずである。フランスのマクロンやドイツのショルツ、トルコのエルドアンなどがプーチンと交渉を重ね、成功しなかったとしても、和平協定への努力の姿勢は見せた。しかし、バイデンはプーチン非難だけで、和平に努力する素振りさえ見せず、採った政策はウクライナへの大量の武器の供給と経済制裁だったのである。このことは、上記に挙げた利益は、短期に戦争が終結すれば少なく、長期戦になればなるほど、この利益が増大すると判断したことの表れだと解釈できる。そうだとすれ、アメリカにとって狙いどおりの長期戦になったのである。
 
バイデンの目論見どおりに戦争は進むのか?
 4月21日、CNNオピニオン欄にコロンビア大学教授のジェフリー・サクスJeffrey Sachsの「和平協定が、ウクライナでのロシアの戦争を終わらせる唯一の道」という論考が載った。
 その主旨は、アメリカの方針である経済制裁とウクライナへの武器供与だけでは、戦争を終わらせる可能性は極めて低く、唯一和平協定だけが、その解決策だというものである。
 経済制裁は、①ロシアに経済的苦痛をもたらすが、ロシアの政治や政策を変更させる可能性は低い。②制裁は回避されやすい。③世界の多くの国(人口で70%を占める)は、この動きを支持していない。④世界経済全体を傷つける。⑤ロシアの原料輸出量を減らしても、価格上昇から収入は減らない。⑥地政学的に、ロシアはNATOの拡大に反対しているが、中国のように、ロシアが受けている安全保障上の脅威を理解する国もある。
 NATOのウクライナへの武器供与は、ロシア軍に大きな打撃を与えるが、その間にウクライナ側も甚大な被害を被り、ロシア軍を撤退させることまでは、不可能。よって、ウクライナを救うことはできない。むしろ、ロシア側は、核兵器の使用を含めた攻撃を激化させる危険性すらある。
 世界の多くの国々は、ロシアとのNATOの代理戦争ではなく、平和を望んでいる。
 ロシアは侵攻前に、NATOの拡大停止などの要求リスト示したが、NATO,特にアメリカは完全に無視した。今こそそれを、NATOの譲歩を含めて再検討し、交渉のテーブルに着くべきである。ウクライナへの軍事支援と経済制裁は、和平協定実現を目的として行われるべきだ。

 以上が要旨だが、極めてまともな論考である。このような、アメリカの政策を批判した論考が、西側主要メディアに載るのは珍しい。しかしこれは、2か月経過しても、今の西側のやり方では、ロシアは軍事侵攻を止める気配さえ見せないことへの真摯な分析である。ロシア100%悪玉論から、軍事力での対応と制裁以外は眼中になくなった西側主要メディアへの批判でもある。
 日本でも、3月15日、和田春樹東大名誉教授などロシアや東欧の政治や歴史研究を専門とする学者 14名が「憂慮する日本の歴史家の訴え ウクライナ戦争を1日でも早く止めるために日本政府は何をなすべきか」という声明を出したが、朝日新聞を始め、ほとんどすべての日本の主要メディアは(日本共産党の「赤旗」も含め)言及することなく、無視した。それは、その要旨がロシア100%悪玉論ではなく、歴史的な考察からの和平協定を進めるものだったからである。
 しかしそれでも、4月中旬発行の岩波「世界」5月号では、ロシアだけが一方的に悪という論調とは異なる論考を載せているなど、感情的に「ロシアをやっつけろ」というだけでは戦争は終わらないことに気づき始めた意見が散見されるようになった。これらの動きは、上記のCNNに載った論考とも共通している。当分の間、バイデンやNATO諸国首脳の方針は変わらず、プーチンも侵攻を緩めることはないだろう。しかし、世界の多くの国々は、ロシアとのNATOの代理戦争ではなく、平和を望んでいる。西側首脳もプーチンもそれを無視できない日は来る。始まったものはいつかは終わる。それを世界の多くの人びとは望んでいるのである。
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