shooting itself in the foot(自分で自分の足を撃つ)
自分自身で災いを招きいれること
5月3日の憲法記念日、新聞各紙に「改憲させない。私たちは非戦を選ぶ」という意見広告が載った。
同日の朝日新聞には、世論調査で「改憲必要56%」という結果が出ており、年々改憲派が増加していることが分かる。改憲の必要性の理由としては、「国防の規定が不十分だから」が最も多く、対ロシア・中国・北朝鮮に軍事的脅威を感じるが9割に達するとなっている。9条に関しては、「変えない方がよい」が59%、専守防衛「維持」が68%で両者とも過半数を超えている。つまり、極端な軍事大国化には賛成しないが、軍事的脅威は迫っており、何らかの軍事力による防衛が必要で、そのためには改憲も必要だという意見が多数派だということである。
この動きは、日本に限らず、ロシアによるウクライナ人侵略後、欧米諸国がNATOの軍事力強化に乗り出し、いわゆる西側に属するオーストラリア、カナダ、韓国も米軍との協力体制をこれまで以上に強化する方向に走り出している。ロシア・中国・北朝鮮からの脅威に抑止としての軍事力強化を図り、自国の安全保障を強固にするということである。つまり、この動きと同様に、日本の世論も軍事力強化の方向に傾いているということである。
「戦争をしてはならないのは、憲法に書いてあるから」
これに対して、冒頭の意見広告を載せた護憲・平和勢力の主張は、意見広告によれば以下のようなものである。
1.「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を許さない」
当たり前ことである。誰も、軍事侵攻がいいとは思わない。
2.「二度と核兵器を使ってはならない」
これも当然で、誰も核兵器を使え、とは思わない。
3.「『有事』不安を軍拡に利用するな」
そして唐突にこのような文言が出てくる。ただ、政府が「軍拡を一挙に進めようとしている」ことに反対だ、と書いてあるだけである。国民の「『有事』の不安」があることは否定されおらず、それをどうするのかについて、は何もない。ただ、反対だ、というだけである。
4.「『戦争できる国』にさせない
改憲によって、「自衛隊が米軍と一体になって、……『戦争できる国』に返られてしまう」から、改憲は許せないとしている。
5.「参院選」云々
そして、新聞裏面の同じ主催者の意見広告には、日本の平和主義は「日本は二度と戦争をおこさない、という主権者の宣言」であり、「ふたたび他国を攻めない、若者を戦場に送らない、というみんなの総意です。」となっている。また、「戦車でなく、対話で解決すべき」というオーストリア国連大使の言葉を載せている。そして、「『敵基地攻撃能力』保有は、……他国への武力攻撃のための武器を持つこと(になり)憲法に反します。近隣諸国との緊張を高め、軍拡競争の泥沼にはまるだけです」とあり、最後に「憲法を壊す改憲ではなく、憲法をいかす活憲を」となっている。
これを読んでそのとおりだと思う人間は、読む前から、これに賛同している人以外にはいないだろう。国民の不安は、「ロシア・中国・北朝鮮の軍事的脅威」なのだが、それをどうするのか、それについての答えはどこを探しても載っていない。国民の不安は「若者を戦場に送る」かどうするか、などではなく、侵略されたらどうするのか、なのであるが、それについては、何も書かれていないのだ。現憲法は平和主義だから、戦争はしない、というだけである。これでは、「戦争をしてはならないのは、憲法に書いてあるから」と言っているに等しい。
この理屈は、「地球が丸いのは、学校の教科書に書いてあるから」というのと同じで、完全に間違いである。教科書に書いてあろうがなかろうが、「地球は丸い」のである。教科書ができる前から「地球は丸い」のであり、「地球が丸い」から、教科書にも書いてあるのであり、論理が逆転している。
それと同様に、憲法がどう書いていようが、「戦争はしてはならない」のである。アメリカ合衆国憲法は、9条のように明白に平和主義を謳っていないが、アメリカが戦争をしていいわけはない。憲法にあってもなくても、戦争をしてはならないのである。整合性にある論理としては、「戦争をしてはならない」が先にあり、だから憲法にも書いてある、とすべきなのだ。「戦争をしてはならない」から、平和憲法を変えるべきではないのである。
ロシア侵略開始の遠因
そもそも、ロシアの侵略を一ミリたりとも正当化できないが、それを実行した遠因は、NATOの東方拡大とウクライナ内に一部極右民族主義勢力が明らかに存在したことである。ウクライナは、親ロ派と親西欧派が拮抗していたが、2014年のマイダン革命以降、過激なウクライナ民族主義勢力が伸長した。それを恐れた、東部のロシア人と自認する住民による分離独立運動が起き、その紛争で分離独立地域内で1万人以上の住民が殺害されている。その際に、極右アゾフ大隊がロシア系住民を数多く殺害したのも事実とする証拠がある。
それに対する反発が、ロシア側にあった。それは侵略の正当化なのではなく、事実を認めるかどうかである。それらすべてをロシアのプロパガンダだとして、西側政府と主要メディアがそれらの事実を黙殺している。
それは侵略以前からの西側政府、特にアメリカの強大な軍事力によってロシアを抑え込む方針を正当化するためだと考えられる。西側は、ロシアを経済では組み込んだが、安全保障では自分たちと対立するものとして、NATOという軍事同盟でロシアを包囲した。その強大な軍事力による抑え込みの方針が、ロシア側の反発をひき起こすという懸念は、ロシアの侵略開始以前は、NATOは解体すべきという意見も含め、西側政府ブレーンも主要メディアも俎上に載せていたものだ。それが、ロシアの侵攻開始以降、一斉に消えてなくなったのである。
しかし、それについては、上記の意見広告はひと言も触れていない。日本のこの勢力の主要組織である日本共産党は、ロシア侵攻前、「NATOの東方への拡張、ロシアの覇権主義の台頭が、ヨーロッパに新たな緊張をもたらしています」 (日本共産党第28回大会決定) 「敵と想定する相手に対し、双方が安全保障に十分な軍事力を得ようと争っているのが現状です 」と、1月28日付の赤旗電子版で触れている。ここには明らかに、NATOの東方拡大が懸念の一つだと書かれており、「軍事力を得ようと争っているのが現状で」それが、戦争への危険を増大させるという認識が示されている。東方拡大したNATOがここ数年、ロシア周辺で大規模な軍事演習を行ったきたことなどを踏まえれば、当然の認識である。つまり、ロシアもNATOも危険を増大させてきたということである。
この肝心な指摘が、ロシアの侵攻以後は、西側メディアに蔓延するロシア100%悪玉論に合わせるかのように完全にトーンダウンするのである。5月3日の憲法施行75年の党の「主張」にも、同日の書記局長小池晃の談話にも「ロシアの野蛮な侵略を断固糾弾し、『国連憲章を守れ』の一点で世界が団結することをよびかける」とあるだけで、NATOの動きには、一切言及がない。
4月30日の「志位委員長が大学人の集いで講演」では、「ロシアとウクライナの双方に問題があるとして同列におく『どっちもどっち』論 」の「立場はとらない 」としている。確かに、ロシア側のプロパガンダを100%信用し、侵略を正当化する言説も、ないわけではない。しかし、戦争へのリスクを増大させる行動をNATO、特にアメリカ側が採っていたのは、日本共産党も認める事実であり、「どっちもどっち」論ではない。講演の中で志位は「侵略に対する軍事ブロック的な対応は、……、戦争の拡大を招きかねない 」とも言う。実際には「軍事ブロック的対応」は、ロシアの侵攻以前に、NATO側が行っていたことである。その懸念が現実のものとなったのであり、軍事力の強化が戦争の危険を増大させたことが現出したのである。そこに言及しなければ、何故、軍事力の強化が戦争のリスクを増大させるかの論理的整合性も、説得力もない、と言わざるを得ない。
自分の足を撃つ
岩波書店「世界」5月号で、東京外大名誉教授の西谷修は、「新たな『正義』のリアリティーショー」と題し、「いまメディアは一色に染まっている」「国際政治の舞台はいつの間にか、……ヴァーチャル・スペクタルに呑みこまれている。シナリオは『悪はプーチン』」「現にいま世界(欧米・日本)はこの状況に煽られて好戦気運を蔓延させている」と書いている。まさしく、冷静になれば、そのとおりである。この「悪はプーチン」論に日本の護憲・平和勢力は、それこそ、「染まっている」のだ。「悪はプーチン」から導き出される多くの人の結論は、「悪はやっつけろ」であり、NATOを強化する欧米のように、日本の軍事力の強化以外にはないのだ。当然のように、「悪はプーチン」から、その仲間の習近平も「悪」と見做される。そこから多くの人の考えでは、導き出されるのは中国の脅威であり、それに対処するための日米軍事同盟の強化以外にあり得ない。
日本の極右からリベラル、一部左派まで、これまでのNATOの動きやウクライナの状況は一切不問に付し、ロシア100%悪玉論に「染まっている」。それをそのままの形で、護憲・平和勢力は結論だけ「非戦を選ぶ」と言う。そんな論理は通用しない。前提としているロシア100%悪玉論が間違いなのである。ロシア100%悪玉論のまま、護憲と叫んだところで、「悪の国」から、現憲法では日本は守れない、という主張を後押ししているようなものである。国会で、日本共産党も社民党もゼレンスキーを称賛した。ゼレンスキーの最も欲しがっているのは、武器である。ゼレンスキーを称賛しておきながら、憲法上、武器を送れないというのなら、憲法を変えるべきだと考えるのが自然だろう。
プーチンは、明らかに自分の足を撃ち、ウクライナだけでなく、ロシアも奈落の底に沈めようとしている。そして、日本の護憲・平和勢力もまた、自分の足を撃っているのである。