夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

ペテン師大統領の誕生と中道主義の破綻の始まり(2)

2017-02-26 13:03:46 | 政治

2.中道主義の破綻の始まり

(1)クルーグマンは、アメリカはトランプが言い募るほど悪くなってはいないと言う。確かに、アメリカ経済は数字で見る限り、それほど悪くない。それを重要な二つの指標、経済成長率と失業率で見ると下記のとおりである。

 実質GDP成長率  2011~2015年通算

   アメリカ 2.0%   日本 0.6%  ユーロ圏 0.6%

 失業率  2011年   2015年

   アメリカ 8.9%     5.3%

   日本  4.6%     3.4%

  ユーロ圏 10.2%    10.4%              (以上 IMFより)

 相対的には成長率は高く、失業率は改善している。また、株価もトランプの勝利以後上昇している。しかし、大衆の不満は小さくないという。これは一体どういうことなのか?

 答えは、それほど難しくはない。経済指標と、人びとの実際の生活感とは別のものだということだ。これは、安倍首相が国会で、国民の生活は厳しいという追及に、経済指標は改善していると答弁していることと同じだ。所得が1%上がると経済指標では大きいと判断されるが、もともと低賃金の人の給料が1%上がっても、生活が改善されたと感じる人などあり得ない。また、雇用の改善と言っても、日本同様に低賃金労働にシフトしていれば、生活の改善にはつながらない。さらに、地域や産業で差が著しければ、平均賃金の変化だけでは格差を表すことができない。それらを考えれば、経済は指標から考えて悪くないと言っても、大衆の不満が小さいなどとは言えないのはすぐに分かることだ。

 エマニュエル・トッドは、アメリカでは最近の15年間で白人の45歳から54歳の層の死亡率が上がったと再三指摘している。それは生活の困窮とまともな医療を受けられない層が存在していることを示している。死亡率が上がることなど、通常の先進国では起こりえない異常なことだ。それが、やや好景気でもあり、最も進んだ資本主義国家で起きていることなのである。トマ・ピケティはトランプの勝因を「経済格差と地域格差が爆発的に拡大したことにある」(朝日新聞2016.11.23)と言っている。この見方はアメリカ内部で起きている異常を説明しているし、的を射ていると言える。これらの格差がRust Beltをもたらしたのであり、大衆の不満を増幅したのである。

 こういった著しい不平等が何から生じているのかは、トッドの言うように、一言で言えばグローバル化であることは間違いない。自由貿易、公共部門の民営化などの自由市場の拡大、資本の移動の自由、、それらが人びとを競争に駆り立て、強者と弱者を生み出し、富裕層はより豊かに、中間層以下はより困窮化したのである。こういった政策的な動きを新自由主義と呼ぶが、そこでのペテンが、金持が豊かになれば、一般大衆にもおこぼれがある筈だというトリクルダウン理論であることは言うまでもない。そんなことはあったためしはない。金持は1円でも1ドルでも多くため込み、せっせとパナマ等の税金逃れに精を出すのである。それは勝ち残った大企業も同じことだ。莫大な内部留保をため込むか、金融市場で投機的に利益を上げようとするか、或いは企業買収に走るかぐらいなのだ。

 このようなグローバル化を民主党のオバマ政権は、そのまま受け入れたと言って良い。 オバマ政権が「成果」とするもののひとつにオバマケアがある。その狙いは言うまでもなく国民皆保険にあるのだが、結局は民間の保険に入ることを義務づけただけに終わったのである。確かに、低所得層に対する補助金の支払いなど一定の成果があったとは言える。しかしそれは、公的な医療保険制度とはほど遠いものだ。保険需要が増し、保険料の上昇を招き、かえって国民医療費の増大をもたらす結果になってしまったのだ。グローバル化とは国家のしばりからの資本活動の自由の拡大を意味する。だからグローバル化に対抗するためには、オバマ政権は医療システム自体に介入しなければならなかったのだ。日本の薬価制度のように先進国では医療は国家の規制の中にあり、医療費に国家が介入していないのはアメリカだけである。だからアメリカの国民ひとり当たりの医療費は日本の2.3倍(総務省統計局2015年)にのぼるのである。要するに、他の先進国並みの医療制度をつくるためには、大胆な国家の介入が必要だったのだ。かつてのビル・クリントン政権は、金融と貿易の規制緩和を実施したし、NAFTAも推進している。オバマ政権でもその自由貿易主義は堅持されていたのである。ヒラリー・クリントンは若者を中心に支持のあったバーニー・サンサースのTPPに反対する主張を、苦し紛れに途中から取り入れたが、信用されたとは言い難い。

 トランプの勝利と同様に、極右勢力の身長が著しいヨーロッパでも、グローバル化によって大きな格差に見舞われている。英国が離脱しようとしているEUは、ひとつの自由市場を作り上げただけに過ぎないからだ。経済的にはドイツの独り勝ちであり、英国を除けばEU内GDP第2位のフランスでさえ不況に喘いでおり、緊縮財政を強いられているギリシャ、スペインなどは失業率が2015年でそれぞれ25%、22%に上っている。また、独り勝ちのドイツ国内でも貧富の格差が拡大している(「ドイツでも蔓延するトランプ現象の正体」東洋経済オンライン2016.4.30参照)。グローバル化は、多くの負け組国家をつくり、勝ち組国家の中でも負け組の地域と産業、即ちそれらに携わる困窮する人々を生み出しているのだ。元々力の強弱のある者が、自由な戦いを強いられれば、強者はさらに強く、弱者はさらに弱くなるのは自然の成り行きである。それは関取と子供がハンディキャップなしに相撲をとれば、子供は負けるという当然の理屈と同じものに過ぎない。

 トランプもヨーロッパの極右勢力も移民を攻撃する(トランプの場合は、不法移民だが)ことによって、支持を拡大させている。ヨーロッパの場合は、中南欧では主に東欧からの移民が職と福祉や公共サービスにかかる税金を奪っていると攻撃し、元々の経済弱者である東欧は自由主義でますます産業が育たず、ハンガリーに見られるようにフィデス=ハンガリー市民同盟による極右政権が排外主義を強めている。これらのことは、ナチスがドイツ社会の窮状を、「アーリア民族」以外をすべて劣等民族として、特にユダヤ人と、ドイツを取り囲む国々のせいにし、ユダヤ人虐殺と周辺への侵略を始めたことと類似している。同じようにトランプもヨーロッパの極右も移民をスケープゴートに、排外主義を煽るという極右の常套手段を使っているに過ぎない。

 これらの問題をポピュリズムの観点から批判する者がいる。確かに、右派のポピュリズムにはトランプの発言に見られるように数多くの「嘘」が混じっている。しかしそれは、彼らの政治スタイルであり、現に社会に進行している問題とは別の話しである。ポピュリズムの観点を強調することは、現に社会が陥っている問題から目をそらすことになりかねないのだ。

 

(2)なぜこのようなことになってしまったか? 誰がこのような世界的な仕組みを作り上げたのか?

 経済協力開発機構OECDは2014年7月に、世界の貧困層と格差の拡大は1820年代と同じ水準にまで悪化していると報告し、過去200年で「最も憂慮すべき」事柄のひとつだと警告した。この報告書の中で、OECDは所得の不均衡が急速に拡大したのはグローバル化が進み始めた1980年以降だと指摘している(AFP通信 2014.10.4による)。これは、1979年に英国でサッチャー政権が、80年代以降アメリカのレーガン、日本の中曽根といった新自由主義に基ずく政権が誕生したのと符号している。労働・金融その他の資本を取り巻く規制の撤廃、公共企業と公共サービスの民営化、福祉の後退、大きな政府の廃止といった新自由主義を推し進めることを前面に出した政権である。グローバル化はこの時期に急速に拡大し、OECDの報告のとおり貧富の差も拡大し続けることになったのである。そしてその貧富の差の拡大は、グローバル化を最も推し進めたアメリカの国内においても例外ではなかったのだ。

 その後、英国では1997年にトニー・ブレアの労働党政権、アメリカで1993年にクリントン民主党政権が誕生した。ドイツではCDUとSPDが、フランスでは共和国連合と社会党がコアビタシオン(左右両派の共存)や政権交代を繰り返している。また、その他のOECD加盟国も、概ね中道右派と中道左派の政権交代を繰り返している。つまり、新自由主義をあからさまに前面に出す政権は少なくなったのである。しかし、それでも自由市場の拡大というグローバル化は止まることはなく、今でも貧富の差はさらに拡大しつつある。初めは右派の政策であった自由市場の拡大を基本とした新自由主義的な政策が、実際には中道左派政権になっても変わることはなかったのである。

 ヨーロッパの中道右派と中道左派の政策の違いは小さくなったとマスメディアから言われて久しい。どちらの勢力も、EUという巨大な自由市場を作り上げることに腐心している。違いがあるとすれば、中道左派の方が少しだけ、貧者に手当を給付しろなどと心配りがあるぐらいである。それは右派が左派近づいたというよりも、フランスの中道左派であるオランド政権も規制緩和という形で労働者にとっては改悪となる労働法の改革を目指したことに象徴されるように(日本でも右派の安倍政権によって労働法の改悪が目論まれている)、中道左派が従来の左派の基本理念から遠ざかったことによるだろう。

 ここで言う中道とは、あるいは中道主義とは、中道主義という確固とした思想があるという意味ではない。それは右に近い左、左に近い右、右と左の寄り合い、または右でも左でもないと公言する勢力のことである。これらの中道主義勢力の政権は、経済成長を政策の基軸に置いている。最優先されるものが経済の成長であり、それによって国民に分配されるパイを増やすことができるという考え方のためだ。だから、新自由主義的な政策を放棄することができないのだ。だが、実際には低成長に喘いでいるのが実情だ。現在の世界的経済システムの難問に直面している理由は、ヴォルフガンク・シュトレークが「民主的資本主義における危機の先送り(Die vertagte Krise des  demokratischen Kapitalismus: Wolfgang Streeck)」の中で指摘しているとおり、すべての政策が危機の先送りに過ぎず、本質的な解決には至らないという点にあるだろう。(日本の国債の膨大な累積赤字が解決不可能のまま、据え置かれていることもそのひとつである。)様々な政策を行っても、経済システムの危機は一向に去らないのである。

 トランプやルペンなどの極右と中道勢力との違いの思想的な側面は、それがひとつの固定的な思想ではないにしても、日米のマスメディアが好む言葉で言えば「リベラル」というものだ。「リベラル」対「保守」という使い方をされる時の「リベラル」のことである。(ここでの「保守」とは、国家主義、国粋主義、排外主義、ナショナリズム、人権軽視等を主張する勢力のことを指している。まさしく、トランプやルペンのことであるが、それが言葉遣いの間違いであるのは、英国の保守党を見れば分かるだろう。英国の保守党は完全に「リベラル」であるからだ。ここで使われている「保守」とは、言葉本来の現状を維持するという意味でもなければ、保守主義という思想を意味する訳でもない。単に、極右を指しているだけなのである。)「リベラル」の意味するものが日本語の自由と全く同じではないにしても、自由がliberté libertyの訳語である以上、ほぼ同じものと見做しても間違いとは言えないだろう。そうであるなら、確かに、自由が中道両派にとっての共通する価値であると言える。特に、政治的、文化的自由についての立場は、両者は同じだと言っていい。また、極左まで含め、多くの左派も今では政治的、文化的自由を尊重する立場にある。だから、世界中の極右以外の勢力から、トランプが危険視されるのである。しかし、自由にはもうひとつの側面、経済領域の自由という問題が残されている。資本活動の自由という問題のことである。

 かつての社会民主主義政党は、英国労働党の国有化政策を見れば分かるとおり、資本活動については大幅に規制をする立場だった。それが、英国ではブレア政権の「第3の道」以降、フランス社会党もドイツ社会民主党も早いか遅いかの違いはあっても、新自由主義的政策、即ち資本活動の自由の拡大へと方向転換して行ったのだ。それが、政治的、文化的自由のみならず、経済領域までの自由を右派と共有することになったのである。英国労働党は「第3の道」で政権についた。オランド政権も中道よりに近づくことで政権についた。経済領域の自由の拡大という右派と同一の政策では、大衆の不満を解決することはできなかったのだ。それでは大衆の不満はトランプやルペンのような極右にかすめ取られるだけに終わるのである。

 アメリカの大統領選では、トランプに対しては、クリントンより明確な左派のバーニー・サンサースの方が勝ち目があるというメディアの世論調査があった。英国労働党では、最左派のジェレミー・コービンが党首選を勝ち抜いた。フランス社会党ではオランドより左のブノア・アモンが大統領候補選に勝った。ドイツ社民党では、旧来の社民党に近いマルティン・シュルツが首相候補になった。これらの動きは偶然ではないだろう。明らかに社会民主主義的な中道左派の諸党は、中道よりも左派に踵をかえしつつある。彼らは気づき始めたのだ。中道に近づき選挙に勝ったとしても、それでは中道右派の政権と本質的に変わりはない。社会民主主義が目指した社会問題の解決から、かえって遠ざかることになる。制度としての民主主義、政治的、文化的自由、そして何よりも公平と平等、それらの価値を志向するためには、かつての社会民主主義に戻るほかはないとということに。

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