夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

ペテン師大統領の誕生と中道主義の破綻の始まり(1)

2016-11-30 02:50:00 | 政治

1.誰がペテン師なのか?

 多くのマスメディアの予想に反して、ドナルド・トランプがアメリカ大統領選に勝利した。その要因については、クリントンの勝利を予想していたアメリカのメディアは言い訳がましく色々なことを指摘しているが、共通しているのは現実に対する白人中間層の不満が大きく影響したということだ。THE WALL STREET JOUNALに至っては、トランプを「歩く不満」と評しているほどだ(2016.11.10社説)。要するに、Rust Belt(錆びついた地帯)と形容される州の衰退した製造業の白人労働者たちに象徴されるように、多くの中間層の不満がトランプを大統領に押し上げたというものだ。しかし、現状に不満を持ち、トランプに投票した人びとが、トランプ大統領の誕生で救われるかと言えば、答えは逆だ。トランプの掲げた主張と基本的にはトランプ支持母体である共和党の政策から考えて、投票した人びとの暮らしをさらに悪化させる以外にはあり得ないからだ。人びとを惹きつけた言葉とは正反対のことを実行するという意味で、トランプは巧妙なペテン師なのである。

 トランプの掲げた政策のうち、国政に関する主なものは、減税、インフラ投資、保護貿易主義、規制緩和と対移民政策である。この内、共和党の従来の方針と異なるのはインフラ投資と保護貿易主義である。しかし、実際には、共和党の政策とはそれほどの違いは生じない。インフラ投資と言ってもトランプの場合は、同時に歳出削減を主張しているのであり、民間資本を導入すると言っているのである。これは、一種のトリックで、儲からない公共的なインフラに民間資本が投入される筈はないのだ。利益が見込まれるものなら、民間はとっくに投資している。実際には実行されるかどうかは、極めて疑わしいのである。保護貿易主義も、TPP離脱やNAFTAの見直しと言っているから、単純に自由貿易に反対なのかと思えば、そうではない。もっとアメリカに有利な二国間の自由貿易協定を結べと主張しているだけなのだ。

 大統領選と同時に行われた上下両院選では共和党がトランプの余勢を駆って勝利している。アメリカは大統領は独裁的権限を有している訳でない。多くのことは議会を通さなければ、何も実行できない仕組みになっているのだ。結局トランプは、支離滅裂な大言壮語を繰り返しながらも、ある程度の幅を持ちながら、共和党の従来からの政策に過ぎないものを実行せざるを得ないのだ。それは、トランプが人事では、共和党強硬派と主流派を任用しているようだとメディアは伝えていることもそれを裏付けている。経済学者のポール・クルーグマンもトランプをペテン師だと言った。しかし、彼はまたこうも言っている。「共和党の既成勢力は、トランプ氏をペテン師だと非難する。確かにそうだ。 しかし、トランプ氏は、彼を阻止しようとする既成勢力以上のペテン師だろうか? 実はそうでもない。」(朝日新聞2016.3.11)つまり、共和党の大統領候補だったマルコ・ルビオもポール・ライアン下院議長も、共和党で力のある者たちもまたペテン師だとクルーグマンは言うのである。要するに、もともとトランプも共和党も大きな差はなないということだ。エネルギー政策の規制緩和という主張をひとつとってみても、現在は石炭などの化石燃料産業に、温室効果ガスの削減という観点から規制がかかっているが、地球温暖化などまやかしだから規制を撤廃しろと言う。これも、共和党の従来からの主張に過ぎない。

 外交では、米軍の世界戦略の見直し、例えば日米安保の見直しもにも言及し、日本の経済的負担を増やせと言った。さもなければ、日米安保も解消すると。しかし、トランプはアメリカの軍事産業の役割をまったく理解していない。オバマ政権でいくらか削減されたとはいえ、世界の軍事費の半分近くを費やすアメリカの軍隊とその産業は雇用の創出という「経済効果」をもっているのだ。「日本のための」米軍が、居場所がなくなればどこかほかに移すしかないのだ。そうしなければ、兵隊の雇用とそれに伴う産業が保てなくなるからだ。そんなことを軍部も共和党も民主党も認めることは絶対にできない。

 マスメディアは、トランプの言動にとらわれ過ぎている。トランプは選挙での票目当てにメキシコとの壁を造れなどと非現実的なことを平気で言う人物なのだ。その言動は支持者を獲得することが第一であり、実行されるかどうかは別のことである。結局、トランプ政権で何が行われるかと言えば、共和党の従来からの政策だけが確実に実施されるということなのだ。それ以外は、未知数というより実行不可能なことばかりなのである。まず、人種間と宗教間の分断が助長されるだろう。減税によって、ヨーロッパに比べればただでさえ貧弱な社会保障は、さらに貧弱さを増すだろう。法人税率の引き下げで太る企業はさらに太ることになる。そもそも、白人製造業労働者の困窮化は、競争激化によって人件費の削減に走ったことによるものだ。法人税の引き下げで、労働分配率が上がった国などどこにもない。さらには、税収減によって、既に削減されている消防、警察、公教育といった公のサービスまで消えゆくことになる。トランプに投票した所得中間層以下の人びとは、彼らの期待とは裏腹にますます困窮を極めるだけなのだ。

 世界的にも地球温暖化対策は後退せざるを得ないだろう。また、世界貿易はアメリカ第一主義のもと、競争激化はさらに深まるだろう。アメリカは共和党の「小さな政府」、即ち軍事費だけが例外とされる外交に突き進むことになる。アメリカの外交はネオコン流に軍事力による解決という選択肢が増えることは間違いない。また、フランスFN(国民戦線)のマリーヌ・ルペンがトランプを歓迎しているように、各国の極右勢力を勢いづかせることになるだろう。日本の改憲派はトランプの安保見直しという言葉から、日本単独での軍事力増強が必要だ主張し、改憲に利用するだろう。トランプと共和党というペテン師たちによって、世界はますます協調から対立へ、不平等の拡大へと突き進むのである。

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