日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

老人日記(20)

2025-01-03 15:47:43 | Weblog
 「老人日記、その20」

 昨年は、実の次兄が他界しましたので、年賀状は、控えました。
 1月3日、「書初め」をしました。それと、「初詣」をしました。
 今年は、ラッキーセブンの「令和7年」、平成37年、切り良く「昭和100年」ですね。
 後がもう、長くないので(団塊世代の昭和24年生)、1日1日が、貴重な日々となっています。
 今、世界の国、200近くの国名(と、出来れば首都名、小学校の時に、頑張って、世界の国名と首都名を覚えていましたが。)それと、出来れば、簡単な現地の言葉で、「こんにちは」と「ありがとう」だけでも言える様に。

 今、普段よくしていることは、
1、篠笛・和太鼓
2、詰め将棋
3、多国語(フランス語と中国語とハングル、NHK教育テレビの内容を録画して見ています、時々、それ以外の言語も)
4、ヨガ・太極拳(もう、教室には、通っていませんが、自分なりにそれをしやすい様に変えて、楽しくしています)
5、ウォーキング
6、インターネット(時々、記載しています)
7、国内旅行(もう、海外旅行は、体力的に出来ません。国内旅行は、家内と一緒に、時々、大分に行っています。)
8、1時間のボランティア演奏(機会があれば、地域の盆踊り太鼓を打たせてもらっています。)

*https://www.youtube.com/watch?v=ubLjVF3WVaE(←延岡での演奏)
*https://www.youtube.com/watch?v=MHHUuWz3oro(←海外旅行の勧め、私の場合、延べ27カ国、内、海外での延べ演奏カ国数10カ国)
*https://www.youtube.com/watch?v=XQFe5LX530U(←海外旅行で得るもの)

 (令和7年1月3日、記載)





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老人日記(19)

2024-12-07 15:45:32 | Weblog
 「老人日記、その19、眼科受診」

 ドライアイの薬が、もう、なくなるのと、いつもの健診の意味で、掛かりつけの「眼科医院」に行きました。行きは、タクシーで、帰りは、歩いて帰りました。
 9時に医院に着いて、あまり待たずに、検査が始まり、それが終わって、しばらく待って、先生の診察を受けました。いつもの副院長の女性の医師で、直ぐに終わり、「又、薬がなくなったら来て下さいね。」と、言われました。
 (この日は、多くて、外来に30人ほどいて)しばらく待って、お金を払い、道路を隔てた斜め前にある調剤薬局に行きました。そこでは、あまり待つことなく、家に着いたのは、10時半過ぎでした。
 後期老人医療で、2割で、申し訳ない気持ちで、一杯でした。
 待ってる患者さん、いろんな人がいて・・・マイナンバーカード、難儀していました。お年寄りに家の人が付き、それに、医院のスタッフも付いて、かえって、手を取る感じに思えましたが・・・?!
 世の中、おかしなことが多い感じで・・・まあ、もう、反論する元気もなく、半分、諦めって感じでしょうか・・・・!

*写真は、12月6日の医院からの帰りに、通り道で撮ったもの。


 (令和6年12月7日、記載)




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老人日記(18)

2024-11-28 11:24:28 | Weblog
 「老人日記、その18、多国語でありがとう」

 「こんにちは」と「ありがとう」の言い方、海外では、必須な感じがしています。現地で、いろいろしてもらった後に、「ありがとう」だけでも言えれば、ホント、いいですね。
 海外に行かなくても、今や、アジアの各地から、日本を訪れる人が多くなりました。先々、日本に住んでいる人の10人に1人が、海外以外の人になるとか・・・?!
 ハングルでは、「カームサハムニダ」の言い方、今や、知っている人、多いですね。中国語では、「シェシェ」ですね。タイ語では、「コープクン」ですね。カンボジア語では、「オークン」ですね。ベトナム語では、「カム オン」ですが、正確に発音となると、難しいですね。
 タガログ語では、ちょっと難しいですが、「サラマッ」と言います。インドネシア語では、「トゥリマ カスィ」と言い、マレーシア語も、同じですね。英語で言った方が手っ取り早いですね?!
 難しくなりますが、スリランカのシンハラ語では、「ストゥティイ」、バングラデシュのベンガル語では、「ドンノバード」、パキスタンのウルドゥー語では、「シュクリヤ」と言います。
 ヒンディーでは、「ダンニャワード」と言います。ネパール語も似た感じで、「ダンニャバード」と言います。
 生きる上で、知識は、パワーだと常々思っています。

 (令和6年11月28日、記載、再掲です)


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老人日記(17)

2024-11-10 17:52:13 | Weblog
 「老人日記、その17、大道芸フェスタ」

 令和6年11月9日(土)と10日(日)に、「大道芸フェスタ」が開催されました。
 10日は、雨の中、傘をさして、「さいき城山桜ホール」まで、往復しました。その二日間共、見て楽しみました。
 特に、「張海輪中国雑技団」の二人の男性の演技、超、良かったです!目の前で、しっかりと見たのは、産まれて初めてでした。

*https://youtu.be/WIZi4ykjXaw(←11月10日の張海輪中国雑技団)
*写真は、11月9日の「大道芸人ひろと」の「炎ジャグリング」。

 (令和6年11月10日、記載)

 

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老人日記(16)

2024-11-02 09:49:34 | Weblog
 「老人日記、その16、駄菓子・角打ちの日など」

 10月は、暑い日が多かったり、大雨が続いたりって感じでしたが・・・(←次第に、毎年、こんな感じになるのかなあ?!)。
 10月21日~23日、長女の配偶者が佐伯に来てくれて、久し振りに義理の息子の元気な姿を見ることが出来、又、佐伯の「魚」でもてなすことが出来て、良かったのですが、23日、佐伯から宮崎に行く日に、日豊本線が雨で普通でした(←しかし幸いに、何とか、その日の内に行けて)。
 10月23日(水)(記念すべき)「駄菓子・角打ちの日」、同級生中心に、9人(内、女性3人)、墓に囲まれた家(?)に集まり、15:00~17:15過ぎまで、いろんな話で、盛り上がりました。
 27日(日)の総選挙は、自公で過半数行かず、国民は、賢い選択をしたと思っていますが・・・。
 10月は、27日(日)~大分市に3泊しました(←期日前投票を、それ以前にしていましたが)。大分市美術館で、「小野竹喬」の作品を見、29日(火)は、県立美術館で、「かわいい日本美術」を見ました。
 29日に、家内は、(ホテルの近くの園田ビルの3階にある)歯科で、いつもの歯石の除去をし、私は、(帰る日の)30日の朝、食事中に、第二大臼歯に被せていたのが外れて(←ビックリ!)、歯科まで直ぐに行って、無理言って、ちょっと待っただけで診てもらえて、良くしてもらえました(←とても有難かったです!)。
 野球に関しては、まだ、日本シリーズは、終わっていませんが・・・「ワールドシリーズ」では、「ドジャース」が、「ヤンキース」に勝って、あっけなく、4勝1敗で勝って、驚きましたが(←大谷選手の左肩の亜脱臼には、ヒヤヒヤでしたが・・・)。
 11月は、将棋の竜王戦の第4局目と第5局目があり、相撲は、九州場所があり、若い二人の活躍が、期待されます。

*「駄菓子・角打ちの日」の「雨月庵」

 (令和6年11月2日、記載)
 


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老人日記(15)

2024-10-02 17:04:30 | Weblog
 「老人日記、その15、予期せぬことが多いです・・・」

 もう、10月になり、ちょっとだけ涼しくなった感じで、秋が来てるかなって感じになりましたが・・・。(←台風17号と18号がウロウロしていて、気にはなりますが・・・)
 9月は)予期せぬことが多かったですね。
 9月22日の大相撲の千秋楽、関脇「大の里」が、4勝10敗の「阿炎」に勝てると思っていたのに、あっけなく負けて、13勝2敗の成績となりました。(←まあ、いいかな・・・)
 大谷翔平の活躍、予想以上に凄かったですね。「50ー50」で、大騒ぎしていましたが、9月20日には、「51-51」となり、更には、21日には、「52-52」となり、9月22日には、「52-53」→9月23日には、「53-55」となり、9月26日には、「53-56」→9月28日には、「54-57」→9月29日には、「54-58」→そして、ホームラン55本、盗塁60となるかとも期待してましたが、9月30日の「54-59」で、止まりました、(←でも、超凄いですね!)
 9月27日の自民党の総裁選、てっきり1回目の投票の結果、「石破茂」氏が負けると思っていましたが、何と、「石破茂」氏が、5回目の最後の挑戦で、勝って、念願の総理に選ばれました。(←ホント、驚きました!)
 10月1日、5番勝負の3局目の「王座戦」で、藤井7冠が、3勝0敗で勝利し、見事、タイトルを防衛しました。これも、最後の方、両者共、1分将棋で、藤井7冠、数%しか勝率がない中で、逆転して、勝ったのです。(1分将棋だと、トイレも行けずに、心配していましたが・・・)
  
*写真は、夕方の散歩道で、2024-09-21に撮った蜘蛛で、左の大きいのがメス、右の小さいのがオス。知っての通り、オスの方が小さくて、交尾中に、メスから食べられることもあり。

 (令和6年10月2日、記載)






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老人日記(14)

2024-09-17 22:55:19 | Weblog
 「老人日記、その14、観月会」

 令和6年9月17日(火)、夕方5時から、(360度、お墓に囲まれている?!)「I」君の自宅で、恒例の「観月会」をしました。参加者は、今までで一番多い感じで、11名(内、女性3名)でした。
 人数が多いので、アチコチ、いろんな話題が飛び交っていました。歴史に強い人、多いですね。政治家になってもよさそうな人もいたりして・・・?!
 私は、前半の終わりに、「炭坑節」→「月の砂漠」、後半の中頃に、「影を慕いて」→「人生の並木道」→「人生劇場」→「悲しい酒」、計6曲を演奏しました。あまり練習してない割には、まあまあだったかな?!


*https://youtu.be/Y3qzauMF6N4(←炭坑節)
*https://youtu.be/FErsYz7VNIc(←月の砂漠)

 (令和6年9月17日、記載)

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老人日記(13)

2024-09-04 17:30:56 | Weblog
 「老人日記、その13、大分市2泊3日」

 久し振りに佐伯市を出て、大分市に泊まりました。

・9月1日(日)
 10時過ぎの「にちりん」で、いつもの様に行けると思っていたのですが(前日に電車で行けるかどうか調べてはいたのですが)、この日は、「台風10号」のせいで、特急は、全て、佐伯からは、運休となっていました。止む無く、1時間半ほど、佐伯駅で待って、普通車で行きました。
 佐伯駅で待っている間、欣ちゃんの愛した澄子さん(←肺がんで亡くなる)の内容をi-phoneで、真剣に見ていました。24時間テレビでも、真剣に見ていましたが・・・。
 普通車に乗ってからは、綺麗な緑の景色を見つめていました。
 大分駅では、アミュプラザ内の「萬吉」で、又、二人とも、1.000円足らずの「萬吉鶏そば」を美味しく食べました。
 ホテルの17階の部屋からの眺めは、昼間も夜も、良いですね。

・9月2日(月)
 10時から予約していた「S]歯科に行きました。左上3番目が、欠けているのと、左下4番目が、穴が空いているのと、それに、昨年同様、歯石除去で。
 左上犬歯は、虫歯があって欠け、写真を撮ると、1回で終わりますと言われ、左下の小臼歯は、周りと適合しているので、治療の必要はないと言われ、ラッキーでした。後期高齢者、保険を使って、1.310円でした。
 午後、ルンルン気分で、大分県立美術館で、「北斎と広重」の作品を見ました。二人の生き方、対照的でした。「後10年、命があれば、少なくとも5年、命があれば」、との「北斎」の70歳を過ぎても、探求する精神、凄いですね。超良かったです。(←会員になっているので、1年間、それで何度でも入れます!)

・9月3日(火)
 10時から再び、予約していた「S]歯科に行って、歯石除去をしました。私の場合、歯石があまり付いてなく(←1日、3回、電動歯ブラシを使っているから?!)、1年に1回でもいいとも言われました。
 (無理言って)自費で1回で終わることにしてもらっていて(←保険を使うと、2回)、消費税を入れて、5.500円。

・9月4日(水)
 12時過ぎの「にちりん」で帰りました。
 佐伯駅の前にある「番匠亭」で、1.500円の花籠御膳と甘酒を二人とも、取って、3.330円でした。(←満足です!)
 
*写真は、9月2日、「北斎と広重」展で、家内から撮ってもらったもの。

 (令和6年9月4日、記載)



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老人日記(12)

2024-08-18 09:37:30 | Weblog
 「老人日記、その12、女島地区盆踊り大会」

 令和6年8月17日(土)、恒例の女島地区の盆踊りがありました。今年から、女島地区と新女島地区が合同しての「盆踊り大会」でした。
 19:00からあり、夕食を摂って行ったので、ぎりぎり間に合いました。
 何と、仕事で二人来れなくて、もう一人は、病気で来れなくて、リーダーの「T」さんと私の二人だけでの太鼓打ちでした。
 合同したこともあってか、参加者は、それなりに、昨年よりは多くて、賑やかでした。
 曲名は、「佐伯音頭」「炭坑節」「ばんば踊り」「佐伯めぐり数え唄」の順で、それぞれ、2回ずつで、途中で休憩があり、前半と後半は、全く同じ感じで音楽が流れ、二人で、頑張って、打ちました。
 西田病院の「K」先生夫妻が見学に来ていました。いたく、感激していました。以前保健士さんだった人から話し掛けられました。
 疲れましたが、楽しかったです。
 ただ、高齢の細身の男性が、私が打っている時、つかつかと近くに来て「強く打て!」と言われました。そうですね、私、後期高齢者なので、それなりの音しか、出せないのですが・・・。
 後で録画を見て、背中が曲がっている、やはり突っ立って打っている、ゆとりがないなど、私に、沢山の問題点があることを知りました。
 次第に地方の文化が消えつつあります。細くても、続くことを願います。

*https://youtu.be/LEseKXiDyKg(←佐伯音頭)
*https://youtu.be/VEgFCXcqSIM(←炭坑節)
*https://youtu.be/SxCKXIwSxGk(←ばんば踊り)
*https://youtu.be/zDIm17WduDY(←佐伯めぐり数え唄)

 (令和6年8月18日、記載)



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老人日記(11)

2024-08-17 08:59:06 | Weblog
 「老人日記、その11、長島盆踊り」

 令和6年8月16日(水)、19:00過ぎから、長島町の「やまばと公園」で、恒例の「長島地区供養盆踊り大会」が、ありました。
 昨年のよりも踊り手が多くて、意外でした。
 踊りの曲は、「佐伯音頭」「ばんば踊り」と、二曲だけに変更になっていました。
 打ち手は、地域の小学1年生から6年生まで、男子5人、女子4人で、いつも世話をしている「K」さんが、1週間掛けて、教えていました。それで、縁は、上手に打てない子がまだ多かったのですが、リズムは、しっかりと合っている子が多くて、それに、スポーツしている男の子は、太鼓の音が大きくて、良かったです。
 前半と後半の間、休憩の時間があって、その時に、「佐伯めぐり数え唄」と「佐伯小唄」の曲が流れ、それに合わせて踊っている人がいたので、その時だけ、私が打ちました。結構長く独りで、打ちました。打っていると、じっと見ている視線を感じました。楽しかったです。
 後半、踊る輪が、二重から三重にもなった所もあり、昔は、もっと多かったのですが、やはり、こんな感じで賑わうと、活気付きますね。
 ありがとうございました。
 関係者の方々、お疲れさまでした。

*https://youtu.be/jQP-RVXzuFQ(←佐伯音頭)
*https://youtu.be/4IyGBr6OQMo(←ばんば踊り)
*録画は、家内がとの時に撮ったものです。
 
 (令和6年8月17日、記載)



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