日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

感謝すること・・・

2008-11-30 09:47:34 | Weblog
 昨日、三輪明宏が司会の民放で、岸辺シローが出ていて、岸辺氏がどうしても自立出来ない悩みを相談していた。で、三輪氏が次の様な感じで言われていた。
 いつもブツブツ言っている人は、自分の周りに毒をどんどん吐いている様なもの。最後はそれに囲まれて、自分でアップアップして身動きが取れなくなって苦しんでいる。そうでなくて、全て、人の忠告も、いろんな苦しみも、感謝して受けること。そうすると、次第に、どんどん幸せな気持ちになって来る。そう、貴方の気持ちの持ち方次第で、人間どうにでもなるって感じで言われていた(なるほどと思った)。
 そうだよな、万事塞翁が馬で、いいと思っていたことが、後になって考えてみると、逆だったり、又、その時いいと思っていたことが、先々逆になったりと、いろいろだ。人生なんて、ずっと楽(らく)して楽しく何てある訳ない。苦しいことを経験して、楽しいことがそれに反比例して感じられるのだ。人生は、自分なりにいろんなことを味わう、それが生きると言うことじゃないのかなあ。
 自分が産まれた時は、昭和24年(5月)で、既に戦争は終わっていた。皆、貧乏で、近所の子で、お腹空かして泣いている子もいた。腹一杯食べたらどんなにいいだろうと思っていた。卵やカマボコは、贅沢って感じで、栗まんじゅうが、最高のお菓子だったかな。周りは子どもだらけで、いつも子ども同士の喧嘩が絶えなかった。中学の時でも、経済的な理由で、修学旅行に行けない同級生がいたなあ。自分の場合、お金がなくても、2年間も浪人させてもらって、親には、深く感謝している。大学に行っても、貧乏学生の集まりって感じだったなあ。多くの人が、バイトをして、生計の足しにしていた。専門課程に入ると、忙しくて、又、ちょうどバブルがはじけた時で、金欠病で多くの医学生が苦しんでいたなあ。しかし、今思うと、これが良かったかなあ。医者になっても、初めのまる1年間は、額面月わずか8万で、それからいろいろ引かれていた。しかも、自分の場合は、卒業と同時に結婚までしていたので、苦しかった。初めの県病時代は、家内の100万円を小刻みに使って、何とか餓えをしのいでいたって感じかな。
 仕事は、メチャクチャしていた。朝から晩まで、殆ど休みなし。初めに県病に就職した日に、小児科部長から言われたことは、「小児科医は、お金と無縁だ。お金儲けがしたければ、早いとこ、他の科に変われ。365日24時間、休みはないと思え。そんな中で、ちょっとコーヒーを飲んだりして、息抜く道を覚えなさい!」と言われた。
 (宮崎)大学に行っても、開設したばかりで、スタッフがわずかに7人、教授と助教授以外の5人で当直を回していた。つまり、平均5日に1回は、大学で当直をし、外来・入院・学生の教育(それに、学外の健診や時にバイトにも出て)、そして、研究も少し手伝わされていたのだ。
 今思えば、いい思い出となっているが、後輩がこれを読んで、どう思うかなあ、今では通用しないことだけど。過労死寸前で仕事していたのは確かなことで、文句も表だって言えず、諦めていたかな。


 話は、ずっとずっと先があって、県病→大学→佐伯と地元に帰ってきた。佐伯では、正に、お産の多い小児救急の多い救急病院で、独りで24時間365日8年半余、年間500の新生児・未熟児と毎晩の小児救急で、大学どころの忙しさどころじゃなかった。ホント、初めのまる3年間なんて、休みが1年間に1日もなくて、毎日が当直って感じで、よく体がもったものだと今でも思っている(いつ倒れても不思議でなく、病院側も心配していた)。
 で、(19床持っての毎日診療の)8年半余の開業時代が、一番楽だったかな。しかし、採算で苦しんで、潰れたけど。(開業している時に、趣味の基礎が出来たかな?)
 で、それから又、勤務医になって、5人で当直をし、それから、又、大分県に帰って、救急病院で2人~3人で小児救急をし、そして、今の職場になっている。
 今は、昔のことを考えれば正に天国。来年の3月までで、一応、退職。還暦前で、もう、頑張れない。それでも、今年は、12月27日~1月4日までは、小児科は、全て自分がすることになっている(いつも、年末年始は、している。数が少ないので、さほどきつくないかな)。
ここまで無事に来れているのは、多くの人のお陰。感謝、感謝、感謝、家内孝行も今からしないといけないなあ。

この日、17歳の石川遼選手が、年間1億円を最年少記録で突破した。皆さんのお陰です、自分の技量よりも成績が先に走っている何て言われていた。素晴らしい発言だなあ。彼は、若くして感謝と謙虚さの塊って感じだなあ。見習わないといけないなあ。








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病院のホームページ

2008-11-29 09:17:42 | Weblog
 病院のホームページを手掛ける様になって、2年近くになろうとしている。
 病院のホームページは、業者に作ってもらうと、確かに見た目は綺麗で、立派なのだが、変化がない。それよりも手作りって感じで、病院の温かい内部のことがよく理解できる様に、しばしば更新するべきだと思っている。で、お金もさほど要らないことだし、もっとそれを宣伝に利用すべきだと会議の時に私が発言し、結局自分がそれをすることになってしまったのだが・・・。
 元々、自分が開業医時代にホームページの作成をしていたこともあり、ホームページビルダーを使うことにさほど抵抗がないが、文字の間違いなどがあると、クレームが来る。又、載せて欲しい依頼原稿が、忙しくしている時でも、容赦なく来る(多くはないが)。で、もちろん、報酬は全くなし。って感じであるが、何とか、自分なりにこなしているかな。
 11月から、コンピューターのシステムを新しく病院が入れたこともあり、病院のアドレスも昨日変え、それを変更するのに上手くいかず、一つ一つ入れて行く作業をしていった。それをすることで、古いのを消すことも出来たし、整理が出来て、良かったかなとも思ったが、疲れる長い単純作業だった。
 時に、他の病院の人に、もっと病院のホームページを充実させて、それを宣伝に使ったらいいですよとアドバイスすることがあるのだが、多くの病院で、何故か、それが出来ない感じだなあ。どうしたかなあ・・・?

(以下は、新しい病院のホームページ)
http://www.cityhosp-kamiamakusa.jp/

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2兆円減税の使い道・・・

2008-11-28 09:12:13 | Weblog
 朝、7:30~8:10まで、(月1回の恒例の)運営会議で、「11月は、実質診療日が18日しかなかったので、その分、売り上げが下がっています。12月も1月も2月も、毎年のことですが、少なくなっています・・・」って感じで、院長が言われていた。
 そうだよな、考えてみると、公の病院の多くは、土日祝は、救急以外の一般診療外来は休みだ。今度の年末年始何か、12月27日(土)~1月4日(日)まで、何と9連休となる。(しかし、病棟は、フル回転し、どのスタッフにも、残りの日が全て休みなんて人は殆どいないけどなあ)
 我が自治体病院、いつも、12月30日と1月2日、普通通りに(医療費も平日料金で)診療してきている。まあ、それなりに評価されてもいいんじゃないかと思っているけど、毎年慣例でしていることで、どう思われているのかなあ。個人病院では、公立病院がしない時間帯や休みの日に頑張って、それなりの人件費を払いながら何とか維持出来ている所も多いはず。
 今度の2兆円減税も、良心的に一所懸命にやっても潰れそうな病院に使っていたら、それなりの評価があったかも知れないかな?!

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ミニバレーボール大会

2008-11-27 12:26:49 | Weblog
 ミニバレーボール大会があった。今回は、全く練習なしで本番だった。それでも、サーブのミスは一度もなかったかな。チームの成績は、2勝1敗だった。
 院内の職員の親睦の意味を込めて開催され、今回で39回目となっている。春の時よりも、参加者が少し少なかったかな。病棟が今それなりに忙しいこともあるのかな。
 で、サッカーと同じ様に、J1J2J3って感じで、ABCと20チームが能力別に闘い、それぞれの1位にはビール各人1ダース、2位米って感じで、決勝戦では、ビールが頭によぎって試合をしていた人もいた様だ。
 前回は、(自分が属するおもしろおかしチームは)ドクターの数が足らなくて、不戦勝でなく不戦敗で、BグループからCグループに落ちてしまった。今回、Cグループでは、3位だったので、次回も、Cグループのまま(残念)。もう一つの(樋口)ドクターチームは、前回の成績の結果、AからBグループに陥落していたが、今回、3勝0敗で、Bグループで優勝、次回、Aグループ昇格になった。
 樋口ドクターチームの決勝戦をみたが、院長(上からのパイク、凄いなあ)を先頭に、ドクター同志のチームワーク、素晴らしかったなあ。

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続・イラクからのメイル(11月26日の昼に受ける)

2008-11-26 15:02:58 | Weblog
 お世話になっています。
 師走も近づき、熊本も随分冷え込んできたと聞き及んでいますが、みなさんお元気でお過ごしでしょうか。イラクより○○です。こちらも朝夕は随分冷え込むようになり、ここ△△先生宅には、ストーブが引っ張り出されました。
 こちらでの生活も、早いもので残り10日ほどとなりました。最初の1週間は何もかもが慣れない環境でしたので1ヶ月もつかな?との不安にも駆られましたが、幸い、ここ内視鏡センターのスタッフは皆とても優しく接してくれ、和気藹々と過ごすことができています。心配していた衣食住も、△△先生宅に住んでいるので、あまり不自由は感じません。食事も、肉(牛、鶏、羊)、ナン、トマトベースのスープを中心としたハイボリューム、ハイカロリー食で、なかなかいけます。お陰で随分太ったので、最近は、△△先生と朝から近くの公園で30分ほどジョギングをし、一汗かいてから仕事に向かっています。
 ここに来て、一番の収穫は、やはりイスラムの文化に触れることができた事ですね~イスラムというと、悪い印象が先行してしまっていたんですが、実際に接してみると、信心深く、平和を愛し、家族の繋がりをとても大事にする人達です。家族のキズナは日本以上だと感じます。内視鏡センターでは、昼休みには癒し系音楽を聴く感覚で、コーランを流します。それを気持ちよさそうに聞き、時にはそれにあわせ鼻歌を歌っています。きっと脳からはα波が湧き出ているのでしょう。毎日、犬の遠吠えのようなコーランを聴いていると、こちらも気が滅入るので、試しに長渕剛を流してみたところ、「心に響く!」と好評でした(笑)。
神への祈りを1日5回、しっかり守っているスタッフも数名います。検査を始めようとスコープを握ろうとすると、「お祈りするから5分待って」と、患者がすでに検査台に寝ているにも関わらず、手足顔を清め、その隣でお祈りをはじめます。お祈りによって心と体の両面が健康になるとのことです。
 患者への対応ですが、日本人医師の感覚から見ると、目を丸くするような信じられないことが多数あります。多少の無礼(かなりの無礼と言った方が正確かも?)も何のことなしです。ERCP検査前のインフォームドコンセントは30秒で終了。結果についても2分以上話しているのを見たことがありません。でも、これらは医師患者関係の全面的な信頼関係から成りたっているからできることで、良し悪しの問題ではないんですね。文化の違いを見ることができ楽しいです。
 またイスラム文化は、客人を本当に大切に扱ってくれます。入れ替わり立ち替わり、夕食やピクニック(休日はピクニックに限る!という習慣あり)に誘っていただき、毎晩のようにアルコールが入ります。△△先生はアルコールが入るとさらに元気になり、おもしろ話で皆を惹きつけ、ついつい遅くまで深酒してしまっています。
 こんな状況でなんとかやっております。最後になりましたが、寒さが日一日と増して参ります。風邪などひかれないようご自愛ください。


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24歳の青年の最後の手紙

2008-11-26 09:01:02 | Weblog
 11月24日(月)の19:30から、NHKで歌謡チャリティーコンサートがあっていた。で、その時に、大腸癌をわずらっている鳥越キャスターが、若干24歳で正に特攻隊として飛び立つ直前に、妹に送った手紙(遺書)を朗読していた。

 沢山もらったお手紙は
 みなポケットに入れて
 持って行きます。

 これからは兄ちゃんは
 お星様の仲間に入って
 千鶴ちゃんが立派になるのを
 見守っています。

 泣いたりしないで
 朗らかに笑って
 兄ちゃんが手柄を立てるのを
 祈ってください。
 
 お兄ちゃんやお母さんの
 言い付けを守って
 立派な人になってください。

 さようはら
 三月二十五日
 千鶴ちゃんへ 正文
(高知県出身、戦死)

 (合掌)
 戦争で生き延びた人は、亡くなった人の分まで、余生をしっかりと生きなければいけないと思います。


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金・・・

2008-11-25 12:11:42 | Weblog
 お金の使い方を見れば、その人の生き方が分かると言う人がいる。
 自分の為だけに使う人、家族に稼いだ金を入れなくて奥さんに難儀させている人、100億円も稼いでも、その後、借金地獄に陥っている人、いろいろ。お金をあの世に持っていけないと思って、夜も眠れないおばあさんもいるとか。
 あぶく銭って言葉がある。泡みたいに直ぐに消えてしまうのだ。この言葉って、人を騙したり、不正なことで大金を得た時のお金に使われるみたいだなあ。これは、正に「銭(ぜに)」って感じかな。
 そうでなくて、親から大金をもらったり、宝くじが当たって大金が手に入ったり、努力しないで思いがけなく入るお金は、単なる「金(かね)」と言うべきかな。
 sれ等と対照的に、家族の為にと思って、汗水垂らして、一生懸命に働いて得たお金は、正に、これは、「金(きん)」と言うべきお金だなあ。お金って、銭と金(かね)と金の3種類があるのかなあ。
 子どもが努力して賞を取った時、その時にもらった景品をいつまでも大切にしている光景をよく見かける。これって、この子どもにとっては、単なる景品ではない。人知れずに頑張った努力した結果得たことこそが、この子に取っては、景品以上に価値があり、それを具体的に見える形となったモノが、それ等の景品なのである。
 今は、金よりも、不正に得た銭や、あまり努力しないで一瞬に得るお金を当てにしている人が多い様な気がする。しかし、生きる上で、人間として、やはり、金(きん)なるお金に一番の価値観を持って、それを得る様に努力するべきだと思う。
 お金持ちの親がポンポンと馬鹿息子に、高級車や遊びの為に沢山のお金を上げてるケースが時にあるけど、良くないことだと思います。

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アレルギー

2008-11-24 11:58:27 | Weblog
 昨晩、NHKで、「病の起源」と題して、アレルギーのことが放映されていた。
 乳児期に家畜に接しているとアレルギーになりにくい。1歳までにそれに接した子は、そうでない子よりも、花粉症で4分の1、気管支喘息で2分の1の発症となっている。モンゴルでは、世界の中で極めてアレルギーの人が少ないと言われいるが、それは、家畜に小さい時から接触しているからと説明していたかな・・・。
 ベッドの衛生状態を調べてみると、花粉症や気管支喘息を持っている子の割合が、家畜の糞からのエンドトキシンが多い子に少なく(2%)、少ない子には多かった(15%)とのこと。
 家畜が持っているエンドトキシンなどが、細菌型免疫力アップにつながり、IgE型免疫がアップしないからと説明されていた。何人もいる兄姉だと、下の子どもほどアレルギーが少なくなっている。これも、上の兄姉が細菌(のかけらも含めて)を家に持ち帰って、それを小さい時から下の子に接触させるからだと説明されていたかな・・・。
 又、日本人、昭和30年代生まれから、アレルギーを持つ人が明らかに多くなっていて、これも、環境によるものではと説明されていたかな・・・。
 人間が遺伝的に持った免疫のメカニズムが、直ぐに環境の変化に対応できるはずがない。人間にとって最も免疫力を落とすものは、次の2つ、「移植」と「放射線」と言われている。放射線の後遺症は、原爆の後の後遺症でも分かる様に、実に悲惨で、長いこと残っている。移植にしても、自己以外から移植は、それなりにずっと薬を飲んでそれと一生闘って行かなければいけない。
 科学の発達は、確かに、人間に延命効果と快楽さに関しては寄与してきた。しかし、自然を破壊してきたことも、確かなこと。人間は、自然の一部であり、今の様に、車社会・競争社会・消費社会は、明らかに自然の生き方に反していると私自身、思えてならないのだが・・・?!
 もしも、直ぐに人類が滅んだら、そして、それから1万年も経てば、地球は緑に囲まれた地上の楽園に完全に戻れるとのこと。
 まあ、人類は地球にとっては、正に癌ですね。

*病を克服するには、やはり、自然の生き方をすることが大切ではないでしょうか。太陽が上がれば、起き、太陽が沈めば寝る。食事は出来るだけ自然食を食べ過ぎない様に摂り、睡眠を充分に取り、運動も適度にして、背筋を伸ばし、多くのことに感謝し、皆と仲良く(共生)、必要以上のモノを過度に求めない(知足)ことが必要ではないでしょうか。・・・以上は、当たり前のことかな、しかし、これが出来ないのが現代人・・・?!



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たけしの日本教育白書

2008-11-23 11:42:04 | Weblog
 昨日、280分も掛けて、民放で夜に「たけしの日本教育白書」と題して、教育問題をしていた。日本のいろんな教育の矛盾点を指摘していた。真剣になって私は見ていた。親の躾の仕方、教育委員会の問題、モンスターペアレントの問題、教師の実態など。
 最後に、丸い円卓で、石原東京都知事と橋本大阪府知事と東国原宮崎県知事が対談していた。
 それの最後にたけしが、所謂聖職者をマスコミが痛めつけてきたことを反省した弁をちょっと述べていたかな。
 石原氏が高圧的なものの言い方をし、橋本氏も、怒ると叱るの区別が出来なかったのを東国原氏が指摘していたが、その点、東国原氏は、私には、正に、オバマ的な存在に思えてならない。
 アメリカのクリントンもブッシュもオバマも、大麻の経験者、そして、東国原氏も、いろんな経歴を持っている。が、そんな男がそれまでの経験を生かして立派に政治をしていること、これこそ、今後にあるべき日本の姿だと思っている。
 子どもは大人の縮図だ。大人が日々をそれなりに納得する感じで毎日を送っていることが大切だと思う。
 やはり、躾は、小さい時にそれなりにしっかりと家庭でしてもらわないと困る。人のモノを取ってはいけない、人を傷つけてはいけない、してもらったらありがとうと素直に言う、そんな基本的なことで学校が悩むべきでない。
 又、東国原氏が言われる様に、今、地域の力が確かに落ちている。市町村の合併で、地方の行事が減少し、又、現実に行われている祭りの行事にしても、多くの箇所でそれに参加する若者の数が減少している。
 教育なんて、国がどうこうするよりも、基本的には、具体案は都道府県に任せ、更には、その地域に任せるべきだと思う。何故なら、一番いい方法が、その地域でないと分からないからだ。
 国と国との交流も、草の根運動からするのが一番確実で、近道だと常に私は思っているのだが。

 私の茶道の師匠の話2つ。

その1、しつけとおしつけ
 「しつけ」と「おしつけ」は、全く違う。躾は、身を美しくすると書いて、字の如く、親が子に、生きる上での基本的なことを教えること。挨拶をすることや箸の持ち方などは、躾。おしつけとは、押付と書いて、教えられる方は迷惑に思っているのに、周囲から押しつけられること。子どもに小さい時から塾通いさせたり、いやいやながら英才教育をさせ様とするのは、おしつけ。正に、しつけにおがついたものは、不必要のおしつけ。
 今の時代は、「しつけ」と「おしつけ」を混同している親が多い。昔の様に、三世代が同居していると、いい躾が出来ることが多い。しかし、核家族では、それは、難しい。核家族で、親が仕事に出ているとなると、尚更難しい。それに、飽食の時代で、モノが豊富になっているから。理想的には、ほどほどの金持ちか、ほどほどの貧乏がいい。

その2、教育では、上と下の関係を、はっきりしておくべし。
 ○○高校の校長先生が、学校の前の道路の掃除をしていた(師匠の家は、道路を隔てて、この高校の前にある)。で、師匠は、「ここの学校は、生徒に掃除させないで、先生にさせるのですか?校長先生は、自分の校長室を掃除するのはいいかも知れませんが、それ以外は、生徒にさせるべきですよ」と言った。そしたら、しばらくして、校長先生の姿はなくなり、生徒がホウキを持って門の前の掃除をしていた。しかし、掃除機にしか慣れてない生徒達、ホウキの基本的な使い方も出来てなかった。ホウキの使い方ぐらいは、家庭で躾けておくべきこと。
 教育では、上と下の関係をはっきりさせておかなければいけない。教わる方が上に立っていて、教育が上手く行く訳がないと。
 ムムッ、師匠の意見、なるほどと思った。

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小児科医のドラマ・・・

2008-11-23 09:49:09 | Weblog
 看護学校の生徒から、「先生、小児科医のドラマ見てますか?」と言われた。テレビで、「小児救急」と題してドラマがあっている様だが、そう言われて、私はちょっとだけ見て止めてしまった。
 自分と同じ小児科医で、自分と同じ感想を持っている人のサイトを見つけた。以下がその内容。無断でそのまま記載させてもらっているが。
 小児救急病院でのきつさは、実際にした人しか分からない。これが私の実感である。小児科医の犠牲的精神に頼るべきでない。これも私の実感である。
 多くの救急病院の小児科医は、萬年睡眠不足で、訴訟に怯え、採算を考え、休みなく働く。しかし、歳と共に体がいうことをきかなくなってくる。
 来年の5月で、(満60歳の)還暦だ。今まで自分なりによく頑張ってきたと思ってきている。今まで診た時間外患児数10万人、年末年始でも、1万人を越えている。それに、新生児・未熟児もしてきているのだ。しかし、今からは、頑張りたいけど、もう頑張れない。そして、自分と同じコトを後に続く小児科医にさせたくない。
 
■2008/10/17 (金) 青空クリニックで働くのはイヤだ(1)
 昨日始まったドラマ「小児救命」。以前にも書いたが、医療ドラマは基本的に見ない。腹の立つことが多いからだ。医療ドラマというと、ほぼ100%外科系の医者、それも神業の技術を持つスーパードクターが主人公である。しかし今回は小児科医が主人公というのと、どこぞの医者が「このドラマはとてもリアルで、私たちの希望です。」などと言っていたらしいので、昨日はとりあえず見てみた。で、本音の感想。
 予想通りツッコミどころ満載。私は青空クリニックでは働きたくない。ドラマは道を歩いていた主人公の小児科医が、火事で受傷した親子の受け入れ先がない救急車と遭遇する場面から始まる。受け入れ先がなく困っている救急車に同乗し、強引に自分の病院に搬送するのだ。自分の勤めている病院は、実はもう既に2回断っていた。もちろん面倒くさくて断ったわけではない。搬送依頼があった時、自分の上司は当直中で心臓マッサージをしていた。つまり死にかけている患者がいる状態で、
受け入れ不可能と返事をしたのである。至極真っ当な返答だ。目の前で死にかけている患者の処置に追われているのだ。しかし強引に連れてきてしまった親子を受け入れざるを得ない。そして、運ばれてきた親子の処置をする。そのようなてんやわんやの状態であるのに、何とかなってしまうのだ。心臓マッサージをしていた患者はどうなったのだろう?亡くなったのか!?現実なら、先にいた死にそうな患者に大わらわとなり、火傷の親子は病院に搬送されても数時間放置。一緒に運んできた医者が一人いても、看護師や他のスタッフの手が回らない状態ではやれることは限られ、最悪の場合は親子とも手遅れで死亡。とっとときちんと受け入れられる病院に運んだ方が正解だった、となるかもしれぬ。
結果オーライで強引に運び込むのは危険すぎる。

■2008/10/17 (金) 青空クリニックで働くのはイヤだ(2)
 主人公はその総合病院を辞めて開業する。24時間患者を受け入れる病院だ。この医師不足の中、小児科医が6人も集まっている。開業二日前のシフト説明の最中に怪我をした子がやってきてしまい、院長であるその主人公は強引にその場で開業してしまう。保険診療上はどうなんだ?ということをさておいても、最低限その子の応急処置をして、しかるべき所に送る程度で良かったはずだ。準備段階で、わざわざ他の病気の子まで引き受ける必要などない。実際に営業を始めてしまい、外来は患者で溢れてしまう。当日、話し合いのために来たはずのスタッフは、なんとそのまま徹夜でぶっ通しで働くのだ。
 ヒドイ経営者だ。シフトがあってないようなものなら、仕事はエンドレスだ。数ヶ月は何とかなっても、絶対に過労死する。徹夜であんなにはつらつとしている医者なんて見たことがない。大抵、顔は土気色となる。病院は医者だけで動くのでは決してない。看護師や受付などの事務も、全員それに付き合わされるのだ。夜泣きで悩んでいた、赤ちゃんを連れた母を病院に入れる。結果的にその子は腸重積だった。その母とのやり取りで、主人公の言う、「100人の中の1人の重病を見つけるのが仕事」という言葉は、まさしくその通りである。しかしながら、「病院はコンビニで良いのだ。」と言い切る。母の不安が少しでもあれば連れてきて良いし、今回の例で言うなら、夜泣きでもつれてきて良いのだ、と。前に書いたコンビニ受診をやめようとする親たちの運動とは雲泥の差である。たくさんの軽症の中から重病を見つけることと、どんなに軽症でも、いつ何時でも病院を受診して良い、ということとは根本的に違うと思う。このドラマは、理想はそれなりにわかるが、結局病院のスタッフに負担のしわ寄せがいっているのだ。

■2008/10/17 (金) 青空クリニックで働くのはイヤだ(3)
 現在の医療崩壊の原因の一つには、こういうことがある。それまで入院患者やすごく重病の時に備えて病院に泊まっている当直医が、善意で軽症の患者も診てきた。それが最近では患者側の権利意識が高まり、モンスターペイシェントと呼ばれる理不尽な患者が増え、夜間の受診数が激増した。その割に夜間当直できない子持ちの女医や、軽症ばかりでやりがいもない割に夜も眠れず、翌日も普通に仕事で36時間勤務という激務の救急をやりたがらない医者が増えた。医者の総数が増えても、結果的に夜間に働く医者は減ってしまったのである。不要が増え、供給が減ったのだ。そのためフルで働ける医者にそのしわ寄せがいき、ついにその限界を超えてしまった。過労死や過労のため欝病→自殺などが実際に起こった。その結果、夜間救急外来の停止、当直回数の多い地方病院からの医師の引き上げ、夜間の救急をやっている病院の負担が倍増、救急車のたらい回し、などになったのである。もう理想だけではどうにもならない世の中になってしまったのだ。何度でもいうが、医者は不眠不休で働けるロボットでもなければ、神でもない、普通の体を持った人間なのである。このドラマのような、医者が頑張ればどうにかなるぞ的な考えは、我々の仕事がようやく少し認識されてきた時代の流れに逆行しているのだ。安易な需要が多すぎて、もうこれ以上は頑張れない、と医者が自覚してきたからこそ、医療崩壊が促進したのである。

■2008/10/17 (金) 青空クリニックで働くのはイヤだ(4)
 もといた病院の患者が行方不明になったからといって、その場の仕事を放り出して当てもなく探し回ったりしない。深夜に行方不明になった患者がいて、病院中を探し回っていなかったら、これはもはや警察沙汰である。ましてや再生不良性貧血だ。血小板が低かったら、頭をぶつけても脳出血を起こす可能性もある。そのような重患であれば、病院の面子もなにも関係ないのだ。ましてやその病院を離れた、現在は担当医でも何でもない医者が、何をしようというのか?
 テレビの影響力は大きい。これで夜間に泣いた子がいたら、腸重積かと思って連れてくる親が増えるだろう。「1リットルの涙」の時には、
寝不足でふらついただけで脊髄小脳変性症だと思った人がいたし、「本当は怖い家庭の医学」で川崎病を取り上げたら、熱と発疹が出たら心筋梗塞になると思った親がいた。夜中に泣きやまない赤ちゃんなど、どれだけいるだろうか?それが全部病院に「夜間に」押し寄せるのを考えると気が遠くなる。断っておくが、日中普通に病院が営業している時間帯なら、どんなに軽症であっても来てもよいと思う。このドラマに出てくる病院は24時間救急を謳っているので、いつ何時どのような軽症者であっても来てもよい。そのような病院のニーズがあるから、理想論としてそういう病院を作ろうというのは分かる。使命感に燃えている医者なんぞ何千人も何百人もいる。でもそれが現実問題としてなかなか成り立たないのは、使命感だけではどうにもならない現実があるからなのだ。理想を求めるドラマの中ですら解決方法はなく、結局医療者が殺人的に働くことが美徳であるかのような描き方は不快だった。今後どのように展開していくのかは分からないが。
 まあ、散々書いてしまったけれど、何を書いたって結局はこの一言で全て片づけられてしまうのだ。「どうせこれはドラマだから」と。


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