日本の心・さいき

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暇つぶしの話(その11)

2017-02-20 17:05:54 | Weblog
 人生の指標

1)私が、若い時にお世話になった、(地域の民間の大きな救急病院の)理事長、そこでの職員がいろんな事情で退職する時、必ず、最後に会って、理事長自らが辞める職員に丁寧にお礼を言って、一番最後に、「良かったら、又、いつか、ここに就職して下さい・・・」って感じで言われていました。
 多くの職員がそれを聞いて、涙していました。
 多くの病院と退職する職員の関係が、いつも、こうだといいですね・・・。

2)私の父も家内の父も、他界した後のことを、前もってそれなりにいろいろと話していましたが、その時は、しっかりと受け止めていませんでした。両父とも、子どもや孫たちが墓参りで難儀しない様にと、生前に、お墓の場所を、便利な所に決めていました。
 昔は、盆と正月は、故郷に帰って墓参りするのは当たり前でしたが、今は、なかなか難しいですね。交通の便は、以前とは格段に良くなっているはずなのですが・・・。
 今は、ビデオなどがあって(写真も沢山あって)、いつでも故人が見れる感じになっているので・・・それが却って墓参りを妨げているでしょうか・・・?
 兎にも角にも、70歳近くになれば、終活、しっかりしておくべきだと思います。私の場合、それなりに、もうしていますが・・・。

3)来月の3月19日で、天草を発ちます。
 30歳なる前に、郷里(佐伯)の救急病院に就職して、そこで10年半余(独りで8年半ほど)、勤務しました。天草では、それ以上の期間(11年7カ月)でした。
 その間、いろんなことがありました。
 私の住むアパートの前の道路が出来(10年以上掛かっていましたが・・・)、新しいトンネルが出来、小学校と中学校が合併して1つになりました。古い建物が壊され、同じ場所に、5階建ての立派な看護学校も出来ました。病院がへき地拠点病院になっていることもあり(県下に3つあり)、医学生や研修医など、いろんな人の出入りがありました。
 私も、いろんな勉強が出来ました。当院の外科と眼科で、手術もして頂きました。
 惜しまれて退職するのは、私にとっては、とても有り難いことで、深く深く感謝です。

4)平成11年5月に私の医院が閉院した時のことを思い出すと・・・→開業するよりも、閉院する方が難儀しましたね。
 その時のカルテなどが、まだ、家の倉庫に半分近くあります。少しずつ、処分して来たのですが、個人情報のことなどもあり、まだ、残っていて、慎重に対処しています。
 人の一生も、産まれる時よりも、最後が大事ですね。
 いろいろあっても、最後がハッピーエンドで終わると、今までの苦労が帳消しになる感じがしますが・・・?!
 反対に、最後、いい加減に過ごすと、今までの努力の成果が失われてしまう気がします。飛ぶ鳥、跡を濁さずですね。

5)ベートーベンやモーツアルトの曲、今も、世界中で、多くの人が聴いています。それと同じで、世の中の為に、その人がしていた事や言われた言葉、後世の人が、しばらくの間、覚えていますね。これって、その人が、死後もこの世にしっかりと生きていることになるのではないでしょうか?!
 父が言った言葉・・・→「若い時の苦労は、買ってでもせよ!」。
 父から、小さい時、将棋も囲碁も教わりました。で、全て、父に負けました。一度も勝った記憶がありません。将棋は、私が習い始めに、歩3丁で、囲碁は、9目以上置いて、完全に負けていました。勝負の世界の厳しさを私に教えてくれたのだと思います。
 それと、私の名前の事を、次の様に時々、説明していましたが(同じことを何度も、聞かされましたが・・・)・・・→「織田信長に仕えていた家老の平手政秀(まさひで)、若き信長が無鉄砲なことばかりするので、それを正さないと、私は自害しますと言い、本当に自害してしまった。その時、信長、深く悲しんで、それから自重する様になった。」で、そんな政秀の生き方をしなさいと言われました。
 母が言った言葉・・・→「他人が喜ぶことをすることが大切、高漫が一番いけない!」。
 家内の父親が言った言葉・・・→「自分の力だけで今の自分があると思っている時は、まだ、子ども。他人様のお陰で今の自分があると思える様になったら、大人の仲間入りが出来る。」と。
 高校の数学の先生が言われた言葉・・・→「個性を失くすな!」。
 茶道の先生が言われた言葉・・・→佐伯市の市民茶会で、「どうして飲めばいいんですか?」と聞かれると、「鼻から入れなくて、口から入れて下さい・・・」と説明していましたが・・・。この先生がいると、場が、急にパッと明るくなり、皆の緊張が取れていましたが・・・。
 書道の先生が言われた言葉・・・→「書は、心である!」
 篠笛の先生の先生が言われた言葉・・・→「音色に、その人の人生(観)が出ます。いろんな人生経験を積んて、ある年齢に達しないと、どんなに上手に吹いても、他人には、響きません。」。
 研修医の時に、小児科部長が言われた言葉・・・→「赤ちゃんは夜作られる、小児科医も夜作られる!」。
 皆、故人となられていますが、私の頭の中では、まだ、今もしっかりと私の人生の指標となっています。
 
 
 
 


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