白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

自由律俳句──二〇一七年四月十二日(4)

2017年04月14日 | 日記・エッセイ・コラム

フォトチャンネル「猫から来た挑戦状・解決編」

何が起こったのか。そしてそれはなぜ起こったのか。振り返ってみましょう。始めに和室の写真をよく御覧になって下さい。異変が起きた書店内の一角に常設されている推理小説コーナーの一部をほぼ正確に復元したものです。ハヤカワ書房から出ている<クリスティー文庫>がずらり。ミステリ愛好家なら何度見ても見飽きない美しい光景ではないでしょうか。また昨今の書店らしく独自色の演出に力を入れている好ましい姿勢もすぐに見て取れると思われます。向って右から有名な『そして誰もいなくなった』『マン島』『メソポタミア』『ナイル』『白昼』などいわゆる<孤島・中近東のリゾート地>を舞台とした力作が丁寧に並んでいる。几帳面な店員の性格とアイデアの結晶と言っても過言ではないと思われます。さらに<クリスティー文庫>には特徴があります。同じハヤカワ文庫の装丁であっても背表紙は目の醒めるような赤、タイトルは白抜き、値段表示は黒地に白抜き、ミステリの象徴として黒猫と並ぶ鴉の模様が黒と、すべて統一されている。この装丁は刊行以来変わっていません。ファンからも変わらぬ熱い支持を得ています。ただハヤカワ文庫のかつての装丁とは少しばかり違いがあります。サイズです。’00年以前と以後とで異なります。以前は縦150ミリ×横105ミリ。以後は縦156ミリ×横105ミリのトールサイズに順次変更されてきました。とはいえ猫に装丁の違いが認識できるのか?できます。大型の壁画などは勿論、メモ用紙に描いた単なる線描画でも違いを認識できるのです。鴉のことを知らなくても何らかの黒いデザインとして理解します。ところで右から3冊目の背表紙に注目してみましょう。赤色に違いはない。でもタイトルや黒地部分は他と違いますね。さらにサイズも異なっているのがおわかりかと思います。たった今述べたように横は変更されていないので1冊だけ手前にはみ出したり後ろへ押し込む必要はありません。でもなぜか縦はちょうど5ミリだけ短いままです。猫は視覚的に違いを感知し実際に触れて肉球で確かめ、つまり両面からすぐさま違いに気付いたことでしょう。もうおわかりのように3冊目の装丁だけが旧式なのです。良い機会です。実際に手に取って奥付を確かめてみましょう。『1988年10月15日発行』とあります。規格変更が決まった’00年より12年近くも古い。だから縦はちょうど5ミリだけ短い。むしろきっちり5ミリだけ短いことがこの文庫の発行時期の証拠になる。しかしです。なぜこのような異変が起こったのでしょう。背表紙の装丁が大変似ているため大抵の客は気付かず見逃してしまい、まったく気にも掛けないことすらあり得ます。だんだん見えてきました。本来この位置に置かれているべき本は何でしょうか。文庫新刊のはずです。とすればこの書棚のコンセプトから見てその作者名はクリスティー以外に考えられないでしょう。’17年4月11日発売予定のクリスティー作品。ところが何とそれが見当らない。いや、見当らないよう工夫されている。<孤島・中近東のリゾート地>を舞台とした力作の中でも常に上位を占める大切な作品が欠けています。それは『オリエント急行殺人事件』(光文社刊)でなくてはならないでしょう。ちなみにハヤカワの邦題は今なお『オリエント急行の殺人』であるという違いもあります。入れ換えられていた本はローレンス・ブロック『八百万の死にざま』(ハヤカワ文庫)。まさしく真っ赤な嘘ならぬ真っ赤な背表紙ではありませんか。ところで店員さん。あなたは大変几帳面な方だ。いち早く新刊に目を通しておきたかった。それが書店員たる者の本来あるべき務めだと実直に考えていた。よくわかるつもりです。良質のミステリに出逢う楽しみは何物にも替え難い。しかし1冊だけ抜き取ると目立ってしまいます。恐らく在庫切れだったのでしょう。何か別の似た本をこっそり差し込み偽装した。しかし偽装するに当たってさえあなたは几帳面過ぎた。ミステリはミステリでもできる限り良質でなおかつ見た目はそっくりなだけでなく旧式の装丁、店員の立場に立って古い在庫から捌いてしまいたい。そう考えたのではないでしょうか。それが『八百万』に目を付けた動機だ、と言うべきでしょうか。第二回PWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)シェイマス賞受賞作。実に輝かしい。でも今や『WAYS TO DIE』(死に方)に『EIGHT MILLION』(八百万人には八百万個の方法)なんてなくなりました。大量の戦死者や大量の失業者。死にざまを自分で選べる時代などもうとっくの昔に終わってる。几帳面な書店員であるあなたにはそのことがよくわかっていた。幾ら良質だとはいえいつか通用しなくなる時代がやって来る、もうそこまで来ているのではと、薄々お気付きになっていたのかも知れませんね。そして心の底では売れてほしい、いや、読んでもらおうと口には出さずとも本当に願っていた。だから不意にあの場所こそ『オリエント急行』と同等かあるいはそれ以上にふさわしく輝いて見えたのではないでしょうか。人一倍書籍を愛する者であるがゆえに。(’17.4.14)

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