ヴェルデュラン夫妻が借りたラ・ラスプリエールの別荘で語り手「私」はかつて指摘された。「すきま風がお好きなんですね」。その時の「すきま風」とはなんだっただろう。ヴェルデュラン夫妻のような社交家にとっては許しがたい「すきま風」。
それはせっかく盛り上がったサロンの空気を一度に崩壊させる。苦労して場の空気を読みつつ何十年も苦労して身に付けたばかりか、今なお好き好んで演じ続けてきている身振り(言葉遣い・振る舞い)の効果の一切合切を奪い去り無効化してしまう「間」という「間歇」。プルーストは繰り返し「間歇」について書き込み「ソドムとゴモラ」篇ではわざわざ「心の間歇」というサブタイトルまで設けている。
にもかかわらず肝心の身の処し方については何一つ知ろうとしないヴェルデュラン夫妻はフランスがフランス人を、ドイツがドイツ人を、戦争へ総動員しようとする動きを煽り立ててはばからない。そういう人々は「知らない人が何百人も死んだところで屁とも思わないし、むしろすきま風のほうを不快に思う」。
「といっても、ヴェルデュラン夫妻のサロンは政治的なもので、そこでは毎晩のように陸軍の状況ばかりか戦隊の状況まで議論されていた以上、夫妻はそのことを考えていた、と異を唱える人がいるかもしれない。たしかに夫妻は、全滅した連隊や海に呑みこまれた乗組員といった大殺戮に想いを馳せていた。しかし相反する作用がはたらき、われわれは自分の安楽にかんすることは何倍にも拡大する一方、それに関係しないことは何分の一にも縮小するので、知らない人が何百人も死んだところで屁とも思わないし、むしろすきま風のほうを不快に思うほどである」(プルースト「失われた時を求めて13・第七篇・一・P.220」岩波文庫 二〇一八年)
空気は読むものではなく呼吸するものだ。読んでばかりいるとたちまち「習慣・因習」へ繋がってしまい、自分たちで自分たち自身を自分たちで再構築した足枷へ自分たちだけでなく周囲の無関係な人々までも戦時動員して限度を知らない。しかしプルーストはどう述べているだろう。自分自身がもしフランス人でなくドイツ人だったら、あるいはドイツ人の家系と何がしかのただならぬ関係を持っていたとすれば、シャルリュスのように誹謗中傷される側へはみ出していたかもしれない。
ゆえにそう簡単にシャルリュスを誹謗中傷するわけにもいかない。ヴェルデュラン夫人が振り回す国家総動員令のような旗振り役とプルーストは同じ社交界に出入りしていてもまったく異なる異人だった。