四年ほど前になる。滋賀県大津市内で民俗学のフィールドワークを単独で行っていた。中世から第二次大戦をまたいで様々な職業集団が滋賀県内を回遊していたことがわかる。しかしサンカのこととなると一向に情報量が減少するので困っていた。この三年ほどで得ることができた様々な情報の中で、信頼できそうなものを上げればわずかに一点。滋賀県米原市を拠点とするサンカ集団があったのを覚えている、との情報だった。しかしそれも昭和三十年代を境に急速に失われた生活様式だったようだ。高度経済成長期の中でサンカとしての生活様式を捨て、一般大衆の生活の中へ、一般市民として溶け込んでいった。交通整備網の発達により旧街道筋は遥かに整備された。とはいえ昭和は、旧街道とまったく同一のルートをなぞったわけではない。そのためも影響してか、旧街道沿いにサンカの移動民としての回遊路も残された形跡がある。サンカの暮しがそのまま継承されたわけではない。ただ、その回遊路の拠点として東海道と中山道を結ぶ中継地点として今なお活用されている米原がサンカの移動民としての中継地点となっていたという情報は、今なお注目に値する。