メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」。
怪物とは何か。
一七八九年「フランス革命」とそれに続くナポレオン戦争が達成したヨーロッパ全土の金融自由化を憎悪する絶対王政支持者から見れば怪物は資本主義であり絶えざる商品交換によって貴族社会を壊滅させた魔物以外の何ものでもない。作品に対するいわゆる「保守的見解」とされているのがそれに当たる。
一方、一七八九年「フランス革命」とそれに続くナポレオン戦争が達成したヨーロッパ全土の金融自由化により実現され到来した資本主義社会の中では、資本主義そのものがもたらす無数の悲劇が怪物に見えざるをえない。
フランケンシュタインを創造主とする怪物は、今なお気の利いたことに、匿名で登場する。そして匿名の怪物自身が創造されてから連続殺人を犯すに至るまでのあいだ、自身がどのように学問に励み社会の中で何を経験してきたかをたいへん理論的に、なおかつ順序立てて物語る。さしあたり次の二点に注目しよう。
(1)「私は、財産の分配のこと、莫大(ばくだい)な富と浅ましい貧乏のこと、いやしい血統と中位の血統と高貴な血統のことを聞いた。こういうことばにさそわれて、私は自分をかえりみた。人間のもっとも貴ぶ所有物は、富と結びついた高貴なけがれのない家柄である。人は、この二つの利点のうち一つだけをもっていても尊敬されるだろうが、どちらももたない場合には、ごくまれな場合をのぞいて、無頼漢や奴隷と考えられ、自分の力をえらばれた少数者の利益のために浪費する運命にあるのであった!」(メアリー・シェリー「フランケンシュタイン・P.145~146」角川文庫 一九九四年)
ジジェクの指摘を待つまでもなく、「フランケンシュタイン」発表の約百五十年後、アドルノが語ることになる言葉と驚くべき一致を示している。
「今日の人間が陥った『自然への頽落(たいらく)』は、社会の進歩と不可分のものである。経済的な生産性の向上は、一方ではより公正な世の中のための条件を作り出すとともに、他方では技術的機構とそれを操縦する社会的諸集団とに、それ以外の人民を支配する計りしれぬ優越性を付与する。個々の人間は経済的諸力の前には完全に無力であることを宣告される。その際経済的諸力は、自然に対する社会の強制力を想像を絶する高さにまで押しあげる。個々人は自分が仕える機構の前に消失する一方、前よりいっそうよくこの機構によって扶養されることになる。不公正な状態では、大衆の無力と従順さとは、彼らに配当される物資の量につれて高まっていく。物質的にはめざましいが社会的にはお粗末な、下層階級の生活水準の上昇は、精神のみせかけだけの普及のうちにその姿を反映している。精神の真の関心事は物象化の否定にある。精神が固定化されて文化財となり消費目的に引き渡されるところでは、精神は消失せざるをえない。精細な情報とどぎつい娯楽の氾濫は、人間を利口にすると同時に白痴化する」(ホルクハイマー=アドルノ「啓蒙の弁証法・P.13~14」岩波文庫)
二点目。二〇二三年十月四日、日本の不登校児童生徒数について約三〇万人に達したと文部科学省は公表した。内訳は次の通り。
小学校:不登校児童生徒数=81448人。不登校児童生徒数の割合=1.30%。前年度比=128.55
%。
中学校:不登校児童生徒数=163442人。不登校児童生徒数の割合=5.00%。前年度比=123.10
%。
高等学校:不登校児童生徒数=50985人。不登校児童生徒数の割合=1.69%。前年度比=118.43
%。
ところが文科省発表はいろんな点で不備がある。例えば「隠れ不登校」といわれる生徒数をカウントしただけですでに約三十三万人に膨れ上がるにもかかわらず、なぜかスルーされている。さらに登校してはいてもヤングケアラーとして十代の半ばにはもう心身ともに不調をきたしている生徒数は骨身を削って登校して見せてはいるだけに逆にカウントされないというおかし過ぎる逆説を呈している。
そこで考えてみたい。かれら不登校児童のほとんどは未だかつてないネット環境に恵まれている点に「おいてのみ」一般的成人より「敏捷」だといえよう。その意味をこめてメアリー・シェリーが怪物に言わせる言葉はこうだ。
(2)「ところで私は何者であったろう?自分のつくられた事情とつくり主のことについては絶対に何も知らなかったが、自分がかねをもたず、友もなく、いかなる種類の財産ももたないことを知った。そのうえにおそろしく奇形ないやらしい姿を与えられていて、人間と同じ性質のものでさえなく、人間より敏捷(びんしょう)であって、しかも人間より粗末な食事で生きてゆけるし、極端な暑さ寒さにあっても人間ほど痛められることはなく、背丈はずっと高くて、あたりを見まわしても、自分と同じような者は見かけもせず、いるという話も聞かなかった。それでは自分は怪物なのか、この地上の汚点なのか、だからすべての人間が自分を見ては逃げだし、自分を拒むのであろうか?」(メアリー・シェリー「フランケンシュタイン・P.146」角川文庫 一九九四年)
例えばその点でジジェクが怪物の姿に見出すのは「怪物」こそが「<啓蒙>の主体である」という観点である。怪物というのは、資本主義を嫌悪する保守的絶対王政支持者から見て「怪物」であると同時に、資本主義成立後の社会の中では愛されたいと願いながらも常に疎外されるほかない「おんな・こども・高齢者・障害者たち」と名称だけを置き換えられたに過ぎないこれまた「怪物」であるという二重性につき纏われているにもかかわらず、そんなかれらに「応えられない社会」を問題にする。
「怪物は生粋の<啓蒙>の主体である。つまり、蘇生後の彼は『自然人』であり、その精神は無垢の白紙状態なのだ。創造主に捨てられ、ひとりぼっちになった彼は、成長に関する<啓蒙>を実演しなければならない。つまり、彼は、読書と経験を通じてすべてをゼロから学ばねばならないのである。彼の過ごす最初の数ヶ月は、実際に、ある種の哲学的実験を現実化したものである。彼が道徳的に堕落した、すなわち彼が復讐に燃える凶悪な怪物になったからといって、彼が悪いわけではない。悪いのはむしろ、善意と愛されたいという欲求を抱いて接近してくる彼に応えられない社会である」(ジジェク「大義を忘れるな・P.122」青土社 二〇一〇年)
メアリー・シェリーが生きていた時代に「フェミニスト」という言葉はなかったしメアリー・シェリー自身、自分が何を書いているのかわかろうはずもなかったに違いない。ジジェクはその点に触れて少しばかり補足している。
「フェミニストにとって『フランケンシュタイン』は、進歩の危険性に対する保守派的な警告ではなかった。それは、世界の支配と人間の生命そのものの管理を目論む男性的な知と技術の危険性を批判する、フェミニズムの元祖だったのである。この恐怖は、学者の作り出す新生命体あるいは人工知能はいずれ制御不能になってわれわれに反抗するだろうという形で、今も存続している」(ジジェク「大義を忘れるな・P.122~123」青土社 二〇一〇年)
見たくないと言われても見ないわけにはいかない言葉だ。「世界の支配と人間の生命そのものの管理を目論む男性的な知と技術の危険性」というのは今でいうAIに相当するだろう。さらに「学者の作り出す新生命体あるいは人工知能はいずれ制御不能になってわれわれに反抗」し出したがゆえに先進国首脳陣はひきつった微笑を浮かべながらAI開発規制に名を連ねなければならないレベルに立ち至った。にもかかわらず今後ますます「制御不能」になっていくだろう「人工知能」。この問題は日常生活の至るところへ入り込み、加速的に増殖しながら「今も存続している」。
メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」は言うまでもなく、ジジェクの論理はただ単にいたずらに危機感を煽っているわけではまるでない。
またヤングケアラーの増大がどんな事態を引き起こしていくことになるかについて、もどかしさを覚えつつプロフェショナルの研究を待つほかない現状は否定できない。とはいえ少なくとも一九九〇年代、専門的なアルコール・薬物病棟入院患者の内訳を見るとすでに十代の頃、今でいうヤングケアラーに相当する修羅場をかいくぐってきた患者が目立つようになっていた。
九十年代後半で四十代が圧倒的に多い。団塊世代。主に学生時代の経験として「高度経済成長<神話>」が永続すると本気で信じていたような人々。
一例を上げるといっても実は幾つもある。例えば高校時代に生徒会長と文芸部長を兼ねてさらに帰宅すればすぐ幼い弟妹を抱っこしながら近所の市場(今でいうスーパー)やおんぼろの商店街を走り回って食材を買い集めもう一度帰宅して食事の用意。
その間にようやく父が会社から帰宅。ところが当時のサラリーマンの多くは帰宅途中でたらふく酒が入っていて何か相談しようにも話にならない。母はといえば病気を患って体が不自由。そういうケースはざらにあった。ちょうど「大阪万博」開催に日本中が湧いていた前後だ。
一方、万博に浮かれていい気になっている暇ひとつないかれらヤングケアラーは誰をも信じることができず勝手に就職。そしてやってきた八十年代バブルのさなかひたすら「金の力のみ」を信じ、新自由主義を神に見立てて崇拝。いろいろ手を出し始める。アルコールだけでなく薬物もカクテルすれば、近所の大人たちから蔑まれせせら笑われ続けていたもはや思い出したくもない惨めこの上ない過去を忘れ、人生史上空前の生活環境を手に入れ、我が世の春に終わりなしとばかりに大金運用から得られる快楽を連日謳歌するようになる。あげく破産。
一文なしどころか数千万の借金を背負ってみて始めて正気にかえるというのはどこかカルト被害のケースに似ている。実際、カルト被害救済運動に今なお奔走している弁護士や宗教者がまず被害者脱会へこぎつけるために用いる方法はアルコール・薬物治療のプログラムを土台に築き上げられたもの。
そもそもを言えば第一次世界大戦後すぐアメリカで起こった世界大恐慌。ウォール街の金融関係者を中心として大量出現したアルコール依存症者の社会復帰を目指して作り上げられた回復プログラムがヨーロッパや日本へも輸出され、地域性を考慮してさらに練り上がられたマニュアルがものを言った。
さて、経済のことに詳しくなくても当然のことながらバブルは必ず終わるか、そのまま泥沼の不況へ突入するということだけは誰でも知っている。九十年代後半の日本へ戻ろう。とにかくバブル絡みでお金に困った当事者の話を聞いてみると、専門病棟入院時に背負っている借金はだいたい二〇〇〇万程度。四十代半ばを過ぎて、しらふに戻ったとしても果たして返済していける額だろうか。ごく当たり前に考えて。当事者自身がもはや笑うほかないといった感じだった。
借金を背負っていても家も妻子もかろうじて残っている場合。「苦労人」。高卒で一から会社を作った。決して威張らずひとりひとりに気を配る温厚な性格。見た目もやわらか。絵を描くのが好きだ。しかし大卒者が急増した時代になお高卒という学歴がどこまでもついて回る時代を生きてきたことがふだんの極めて気の利く温厚な性格をがらりと変えてしまう。薬物ではなくアルコールで入院したケース。アルコールでは薬物よりたぶん多いと思われるパターンのひとつだろう、それまでやり遂げてきた苦労と受けてきた侮辱とが一度に蘇ってきて悔し涙がとめどなく流れ落ちる。珍しく優し過ぎる人柄だったし妻子のためにという思いも人一倍深かったのだろう。無事退院していったが一週間ばかり後に病院に連絡が入り、聞いてみると退院後ほぼすぐ飲み続けて死んだとのことだった。妻子がいるにもかかわらず、と考えるべきだろうか。それではマス-コミのコメンテーターが口走ってやまないように完全に間違ってしまう。退院時に車を運転して本人を家まで帰宅させたのは本人ではなくその妻。いわゆる「しっかりもの」。家のことは妻に任せておけばいいし仕事にも出てくれている。では本人は妻が仕事に出ている間に何を考えるだろう。答えは目に見えている。
京都という土地柄も関係なくはない。周辺の大阪や滋賀を入れると伝統工芸文化従事者がことのほか多い。空前のバブルが伝統工芸文化従事者の手元にもたらしたのは何か。
滋賀県から治療に来ていた陶芸家の場合。習得するまでは苦労の連続だが一度身に付くと「ぐい呑み一個で何十万」になった時代だ。ほんのちょっとした技を施すわけだがそれがどんな方法かはいえない。ほかにも京都には様々な伝統工芸がひしめいている。絶滅危惧種に近い技術を忠実に守ろうと必死になるあまり、あと数年で人間国宝間違いなしというところまで打ち込んだ職人であっても、アルコールが抜けると手が震え出すようになってしまえばそれまでの生涯はほとんど無意味になる。
しかし一方、話を聞くことができた信楽の陶芸家のやや特異な技にせよ西陣の職人にせよ、もはや絶滅危惧種とされ風前の灯火にまで廃れつつある日本の伝統工芸をたいへん若い頃から常にケアしてきたという意味ではもう一つのヤングケアラーというほかないようにおもえるのである。正直なところ。