エサ

「啄木伝」の演出Ｋさんは、仕事が終わってから稽古が始まるまでの間に、赤提灯だの縄のれんだのの誘惑に負けて、稽古をすっぽかすことがある。助演出としては仕方ないので、そんな日は、Ｋさん抜きで稽古をするのだが、さすがにそろそろ本番まで３週間くらいになると、そうばかりもしていられない。

で、エサを置くことにした。

６日の稽古から、演出の机の前には「鷲の尾」の一升瓶が鎮座ましましている。
俺がうちで飲んでたヤツを持ってきたのだ。

果たして６日、Ｋさんは稽古にやってきた。酒を勧めてみたものの
「今日は、いい」と言って、手をつけない。

おお！　誘惑に負けない！
「休肝日ですか？」と聞けば
「ん……まあ……」と歯切れは悪い。稽古に飲んじゃってから来ることはあっても、稽古場では飲まないというポリシーなのかしら？

そして、今日の稽古はＫさんお休み。まあ、当初の予定通りと言いましょうか。来られるかも知れないとは言っていたのだが、やはり来られないと言う。

そんなわけで一升瓶を前に、助演出である俺がまあ演出してたんだけど、今日は車で来なかった。それがいけなかった。

誘惑に負けた。

飲んじゃった。

いい気分で演出しちまったよ。