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報道ステーションで殺人容疑の男性の母親にマイクを向けたのは人権問題ではないのか

2007-03-07 23:21:58 | マスコミ批判

この大学入試センター職員による殺人事件の話です


加害者と被害者の別れ話がもつれた結果とはいえこれはいわゆるストーカー的殺人事件であろうが、これは防ごうと思えば防げた事件であって、どうして防げなかったかと言えば、こういう個人的なことに警察は「介入」しないという「常識」があるからである。

その常識はたしかに警察によって作られた「民事不介入」の常識であると同時に朝日をはじめとするマスコミによって作られた「常識」でもある。

しかもこれは先ごろ問題になったいわゆる人権メタボ社会が産んだ犯罪だと自分は考えていて、そういう社会を作り上げたのは朝日をはじめとするマスコミであると思う。

まず先ほどの報道ステーションを見たところでは加害者は今日被害者の職場に電話をしたそうであり、危険を感じた被害者は職場の同僚と帰ろうとしたらしいが、ここで警察を呼ばなかったのはまさに警察はこういう場合に何もしないという暗黙の了解があったからであろう。

警察だけでなく、被害者の周りにいた男性にしても一時的にせよ被害者のそばを離れたのであるからまったく責任がないとは言えないし、とにもかくにも警察に連絡すべきであったのではないか。

こういう場合にとにもかくにも警察に連絡して加害者が来たときにストーカー規正法を最大限利用して加害者を取り調べるなどしていればこの事件は防ぐことができたはずである。

ここで話は変わるが朝日新聞は伊吹文部大臣の「人権メタボ」発言を批判する社説を一週間ほど前に掲げるに際して最近ニュースになった警察の取り調べの件を取り上げた。

たしかに間違った取調べが行なわれたことは大変遺憾であるが、まず伊吹はそういうことを言ったのでないであろう。

そんなことを言ってしまえば、そういう発言はいくらでも批判できて葬り去ることはできるわけだが、今の日本社会においてたとえば教員が君が代の伴奏をしないからといって処分されたことを不服としていつまでも裁判をしたり、いじめたほうの側の出席停止を巡っていじめた子供が自殺した件なども問題になったりと「人権」というものが非常に複雑多岐にわたっていることをまったく無視してひたすら「人権」を大切にしろ、というのはあまりにもお粗末な論調である。

いうまでもなく人権は大事である。しかし、ある人の人権を守るためには、旧来の人権概念からすればほかの人の人権もある程度拘束されねばならないこともあることは自明の理であると思われるが、朝日新聞などにはそういうことは思いもつかないようだ。

ようするに新聞やテレビというのはきわめて単純な頭脳によってしかものを考えられない人たちによる意見表明の場であることがあらためて非常によく分かったのだが、そのような頭脳の持ち主によって防ぐことのできたはずの殺人事件が起きてしまったかと思うと非常に残念である。

今回の事件はもし加害者が一時的に警察の取調べを受けていればそのようなことを加害者も思いとどまったであろうと思われるし、人権ということをいうなら何より加害者の母親に報道ステーションがマイクを向けてインタビューしていたのを流していたようであるのは明らかに人権問題だと思う。

しかも自分が見たインタビューの様子では母親はまだ息子が殺人を犯したことを承知していないようであった。

それを伝えるアナウンサーも本当に心無い人だと思う。

親は関係ないのだし、ある意味被害者だと思う。

テレビもただ単に視聴率稼ぎのために面白がっていろいろ映しているだけなのに古館と来たら佐木隆三が書いた話をしゃべっていたが、こういう人権感覚のかけらもない人間たちがまじめなふりをしてしゃべるのはチャンチャラおかしい。

こういうストーカー事件のたぐいというのは単に男女交際に限った話ではないと思う。

朝日は自分たちの人権感覚を自らにこそ問うべきではないか。

出入国管理の仕事がいかに大変か、あるいは

ひき逃げしたかのごとく一方的に報道された船会社の人たちがどのような気持ちでいるかなど少しは考える頭脳があれば、と思うが、テレビや新聞こそは人権抹殺の機械かも知れず期待するほうが馬鹿であろう。

追記:23:28分タイトルは最初「殺人犯」と書きましたが、現段階でふさわしくなかったと思われますので訂正しました。