妄人妄語 衆議院議員野田聖子さんの選挙公約消去 有権者・国民を愚弄するサイト一時閉鎖に抗議します!「非道」はどっち?

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Winny判決がよく分からん。日経クリックには違法コピー防止技術実地テストという記事もあった

2006-12-30 23:58:17 | Weblog

Winny判決について書こう、書こうと思っているうちにいつのまにか年末になってしまった。

新聞各誌の社説がネット上にあるうちになにか書こうと思っているうちに社説はおろか前回のエントリーに入れたリンク先のYahooのニュースのページすら消えてしまった。

さて、この判決に関してはほとんどの新聞が社説で取り上げていて、判決に否定的だったのがたしか朝日新聞で肯定的だったのが日経だったようである。


日経の社説はネット上に見つけることはできないが、たとえばこちらhttp://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/news/061219_winny/のページを見ると判決に関してやや疑問を投げかけるものとなっている。


前回のエントリではこの「事件」では著作権侵害の幇助の罪が問われたということを書かなかったので、今回は特にその点について考えてみたいのだが、その点に関しては、こちらhttp://www.itmedia.co.jp/news/articles/0612/19/news023.htmlのページを参考にしたい。


その上で、日経のある雑誌の表紙などが自分には非常に気にかかる。

その雑誌とは「日記クリック」2002年5月号である。

その表紙の一番上にはこう書かれている


噂のコピー防止音楽CDを52台でチェック!


また雑誌のタイトルのすぐ下には「違法コピー防止CD実地テスト」と書かれており、その下には「エイベックスの新譜CDは本当にコピーできない?」とも書かれているのである。

この雑誌を出している会社が日経新聞の関連会社かどうかは知らないし、日経の社説を書いた人がこのような雑誌を読んでいたかどうかも知るよしもない。


むろんこの雑誌の発行からは4年以上も過ぎているし、幇助罪の成立にはそのもとになる犯罪が摘発されなければならないということもあるであろう。

しかし、自分にいわせればこの日経の表紙はいかにも「著作権侵害」を幇助する内容をほのめかしているように思える。

こうした雑誌などの記事はむろんこれに限らないであろうが、いかにも犯罪そのものを助長する書き方であることは明らかではないだろうか。

しかしながら、この記事の冒頭のページの一番下にはこう書かれている。


音楽CDは、私的利用の範囲を超えた複製は禁じられています。

複製した曲データをネット上で配布するなどの行為は違法になります。

この記事はそれらの行為を助長する意図のものではありません。あらかじめご了承ください。


なんでこのようなことを書いているのかと言えば、こう書かなければ著作権侵害幇助の罪に問われかねない内容の記事だからではないか。

あまりにも馬鹿げた話だが、著作権幇助に当たる内容の記事でなければこのようなことを書く必要はないのではないか。

なんとも不思議なのは、この記事の中でエイベックスの人がコピー防止技術導入に至った経緯などを述べている点である。

このコピー防止CDに関しては、複製だけでなく、PCの機種などによって再生すらもできない場合があるようなのだが、非常に疑問なのはこの記事では「再生」だけでなく「複製」できるかどうか、記事の中でPC本体、コンボその他に分けて、それぞれの機種による検証結果を「分かりやすく」示していることである。


記事の中では「気になるパソコン/ドライブの結果だが、完全に正しく再生とコピーができたマシンはほとんどなかった」としてるが「ほとんど」だから、「できた機種」もあるわけで、そういうドライブも紹介されていた。

「なお、いうまでもないことだが、CDの複製は私的複製の範囲で行なってほしい」としている言葉はどれだけの内実があるのか疑問といわざるをえない。

エイベックスの担当者がこの技術の導入に関して「違法にコピーしているという意識がないという人も多い」としているのに、コピー防止CDでも複製できるドライブがあることを示すというのは、エイベックスの違法コピーを防ごうという意図自体を無にさせるものであると言っても言いすぎではないのではないか。


「私的複製」ということ自体がまずこの記事において何度か言及されているものの何が私的複製で何がそうでないのかまとめて書かれてはいないので何が違法行為か実はこの記事の最後まで読まないと分かりにくいのではないだろうか。

この記事の最後のページには「音楽CDから曲をコピーしてネットで配布するのはもちろん違法。だが、CD-Rに焼いて友人に配ることが違法であることを分かっていないユーザーは多いようだ」としているが、こういう文章は最初に書くべきではないだろうか。

この雑誌は表紙で「違法コピー」という文言で人をひきつけているのだから、このようなことを書いていることで著作権侵害の幇助に当たらないとまではいえるかどうか疑問に思う。

この雑誌の情報をもとにここで紹介されているドライブを使って著作権侵害に当たる行為をした者がもし摘発されて、もし「この雑誌を参考にしました」と言ったらどうなるんだろうか。


不思議なことにこの記事の中で日本レコード協会の人に対するインタビューで「レコード業界では、ネット上のファイル交換サービス交換をそうとう気にしているという印象があるんですが」という質問に対して「今後のブロードバンドの普及の進み具合にもよりますが、現状では、個人がネットを介さずパソコンで手軽に複製するカジュアルコピーのほうが問題が大きいと思います」としている。

著作権侵害に関してもそのあとに注意を促していることもあるとは言え、ようするにCDをPCで複製するという行為がネット上でデータがやりとりされるということ以上に犯罪に使われる可能性があるということをこの記事を書いた人たちは充分意識していると言えるのではないか。


むろんこれは違法コピーを助長させかねない記事などの一例に過ぎない。


この問題はなかなか論じきれず、というか話がまとまらずにまたしても疲れてしまったので、とりあえずここであやめることにするが、ようするに自分の考えとしてはWinnyの開発者が、著作権侵害の幇助の罪で真っ先に逮捕されるというのはどう考えても納得がいかないということである。





Winny判決に思う。そもそもこの問題は裁判になじむのか?

2006-12-14 23:57:27 | ど素人による法律問題

ウィニーの開発者に対する判決が出た。自分はこのソフトを使ってはいないし、この事件に関する情報も断片的なものしか見ていない。またこの判決に関する情報もこちらを見ただけである。

しかしそれにしても気になる部分は多い。

まず事件そのものよりも自分としてはこの事件が事件として成り立つにあたって考えなければならないことをいさか主観的な書き方になるがまず記しておきたい。

ウィニーというソフトはまずネット上でファイルを「やりとり」できるソフトであるらしいが、そのソフトを使うにあたって匿名性が保たれる細かい工夫が幾重にもなされていることに特徴があるらしい。

まず自分に言わせれば「匿名性が保たれる」ということが、このソフトを際立たせているようだが、これがこの事件を事件として成立させる要因足りうるのかどうか極めて疑問である。

もっともこのソフトの性格自体に判決において違法性が認められているのかどうかは上にリンクを貼ったページを見ただけでは判断はつきにくい。

すでに以前にもこのブログで書いたと思うのだが、他にもビデオ・テープなど著作権を侵害する利用の仕方もされかない機械などはもちろん匿名どころか利用者の状況は全く誰も把握できるわけがない。

つまり、このウィニーというソフトはネット上でのファイルのやりとりは「足がつきやすい」という状況のなかで、他のソフトと比べて著作権侵害に使われる可能性が高いということであって、もちろん著作権侵害に当たらない使い方もできるはずであろう。

つまりそもそもこのソフトが問題視されやすかったのはネット上でのファイルのやりとりというものが「匿名」ではしにくかったという状況があったからであって、このソフトそのものが匿名性を高めるという点では際立ったのものであったにしても他にも複製をする機械やソフトはいくらでもある現代においてこのWinnyというソフトだけを著作権侵害を助長するものとしてとりしまること自体無理があったと自分は思わざるをえない。

ましてや開発者一人を逮捕して起訴するにはよほどの状況証拠がなければまず無理であると思ったのであるが、上にリンクを貼ったところを見てもそれに充分な証拠が挙げられているとは思われない。

先ほど自分はビデオ・テープも著作権侵害に使われうるということを書いたが、何を言っているのか、と思われる方もおられると思う。

しかしそのようなことを思わせているのはビデオ・テープという機械がすでに世界中に広まっているからではないだろうか。

これはすでにここで以前書いたことだが、たとえばDATなどが開発された時にかなりこの機械に関して疑問を呈した人が少なからずいたはずである。

たとえば今はCDの複製ということもみんながよく知っている大会社のソフトの機能の一部でできるようであるが、ほんの10年ほど前はCD自体を複製する機械が単体で売られていて、それと相前後する形でCDを複製するソフトが流通しだして今は大会社のソフトの中に組み込まれた形になっているため、CDの複製ということがきわだつソフトや機械が単体としてはあまり見なくなってしまっているということになっているにすぎないが、実際にはそのようなソフトにしろ、何にしろ著作権侵害に使われる可能性は充分ありえることであって、Winnyだけがなぜこのように開発者が起訴され、身柄拘束だけでなく勤務先の捜索などをへて起訴されしかも有罪になるかといえば自分に言わせればこの開発者に対する「心証」が悪いということをぬきに考えることはできない。

裁判における心証というものは非常に厄介なものであって、本来否定すべきものであっても否定しつくすことのできないものであろう。

これは裁判において被告が裁判官に与えた心証というよりも自分がこの人からえた心証ということになるかもしれないが、ようするにこのソフトの流通の仕方というもの、あるいは「巨大掲示板」を使ったいわば自分にいわせれば「おきて破り」のPRの仕方というものがようするにこの開発者の「今のところ」ではあるが、「身の破滅」をもたらしているのであって、たとえばこれをフリー・ソフトとしてどこかの名の通ったソフト会社を通じて流通させれば全く問題なくこの開発者も社会的名声を売ることができたのではないだろうか。

むろん、このソフトの性格上それは無理であろうが、いずれにしてもようするにここで言いたいことはこの開発者が最高学府に身を置く研究者でありながら、「巨大掲示板」に出没して自分のソフトをPRしたという点がもっとも問題なのであって裁判において、あるいは警察に対して心証を悪くしたということもったのではないか。

この開発者がどのような発言をしていたかということに関してはあまり確認できてはいないが、ようするにこの開発者が国家の側にいながら、おそらくはその身分や境遇よりも巨大掲示板で活躍できるということにおそらくはそこにある危険性に気づきながらもその抗しがたい魅力に思わず身をゆだねてしまったという時点で国家から断罪されるのはいたし方ないわけである。

巨大掲示板に公務員は書くな、というと非常に単純化した言い方になってしまい、あまり同意される方はいなかもしれないが、内容などにもよりますが書くなら目立たないようにやったほうがよさそうだということならおそらくおおかたの方は理解してくださるのではないだろうか。

結局内容や書き方にもよるのだろうが、この開発者の方はどう考えても自分から見ると国家の側からすると「裏切り者」とは言えないまでも、そこにおさまり切れない人であることは間違いないでろう。

そして国家の一部である裁判所においてこのような人物の言い分が果たしてどれだけ認められるかと言えば、どのようなことを言うにせよある程度のバイアスを通してしか理解されない可能性は高いのではないだろうか。

裁判所というのはまず司法試験を通った裁判官によって裁判が行なわれるわけであるが、司法試験にインターネットに関する科目がないことを考えてもこうした問題がどの程度の理解や検証をへて審理されるかということははなはだ疑問である。

極端な話し、全ての裁判官がパソコンを使えるとは限らないわけで、その点をまずこの開発者が裁判で裁判官に裁判の場で聞いたとすれば裁判官の心証は悪くなること請け合いだが、いずれにせよこの裁判を審理する側にはただ単に「判事」という肩書きだけでは不十分であることは明白であって、裁判官がITに関してどれでけの知識があるのか本来なら公開されてしかるべきではないだろうかとさえ思う。

これはあくまでも想像だし、開発者のかたにとっては厳しい言い方になるかもしれないが、はっきり言えばこのような判決が今後も出ることによって、このような先端的な技術に関してこの国の裁判という制度が全く対応できないというようなことが明らかになってそのことに国民の耳目が集まりなんらかの改善が希望されるようなことにでもなればいいのではないか、とすら自分は思っている。

それもはっきり言って望み薄ではあるが。

それほどまでに先ほどリンクを貼ったページの判決の骨子のようなものは自分には納得がゆかない点が多い。

ここで誤解なきように断わっておくが自分は著作権は守られるべきものであるし、これからも法整備がすすめられてしかるべきものであるとは思っている。

しかしこのような自分には曖昧な心証を並べ立てたような判決の骨子がでるようでははたしてこれからむしろ著作権というものが守られてゆくのかどうかさえ心もとないとすら感じられる。

これも曖昧な言い方になるが、科学技術が進化し、複雑化した社会において全ての裁判に対応できる能力が司法試験においてとわれるわけではないし、既存の法律では判断できないこともあるわけでだからこそ判例というものがある程度重んじられてゆくわけであるが、たとえば著作権ということひとつをとってもこれに限らず色々と難しい問題などが起きてくることは充分ありうることではないか。

ここで全く話は変わるが、NHKの『生活笑百科』という番組で最近著作権を扱った回があったそうだ。

そこでの回答に疑問を呈した人がメールで番組に問いあわせて、結局12月23日の放送でそれと同じ内容のものが再び扱われることになったらしい。

それほど難しい問題ではなかったと思うのだが、どうも番組でこたえた弁護士の答えかたが疑問を生じさせるものであったらしい。

裁判というものは複数の裁判官が参加し、三審制という制度ももちろん裁判というものが必ずしも無謬というわけではないことから保証されている制度であるから、今後このWinnyの開発者の裁判がどのように推移するかは分からないが、すでに逮捕され、勤務先も捜査されている人が無罪になるのはかなり難しいでのではないかと自分は思う。

判決の骨子に関して自分は一つずつ論駁したかったがもう腕が疲れた。

自分はこの開発者のように頭がよくなくてよかった、といっては怒られるというよりも笑われるであろうが、この国においてはこういう人は表社会で復権することはまず不可能だという気がする。

自分は理科系の人間ではないし、あまり優秀なわけではないが、優秀な人間が社会からつぶされるということが色々な場面でありうることは想像できる。

おそらくこの開発者もそのように社会あるいは国家から現実に握りつぶされてしまう人間の一人のように思えて悲哀の情を禁じえない。

むろん自分は人を同情している場合ではなく、うらやましいという点もあるが、それについてはここには書けない。



佐藤ゆかりは記者会見で全部自分で勝手に「支部長」という言葉を何度となく発したのだろうか

2006-12-14 02:01:32 | 野田聖子批判


最近色々と人様に抱いていた期待が裏切られたというかもろくも崩れ去ったというようなことが相次いでいるわけだが、自分を省みてみるともちろんそういうことはあったであろう。

はっきり言ってそういう自分だから人にも裏切られるのかも知れない。

自分が裏切られたと思っている人から言わせれば「お前こそ」ということになるんだろうと書いてきて、このことは前にも書いたな、と思い当たる。

よく考えてみるとここもだいぶ放置するようになってしまって申し訳ございません。

それといわゆる刺客候補の方にも失礼なことを書いてしまったかも知れないので自分もそうしたことなども含め色々な人のご期待を裏切っているかも知れないのだが、それでも安倍総理だけでなく、小泉元首相にも大変失望させられたということは言わせていただきたい。

小泉にしてもこれだけ造反議員の復党が世間的に注目を浴びているのから「使い捨ては当たり前」のようなことを「小泉チルドレン」の前で言ってないで、造反議員の復党に関してきちんと国民に対して説明すべきではないのか。

とにかく政治家であれ自分の周囲の人間であれあまり期待しないことだと感じる今日この頃。

先週あたりのワイド・ショーやそのダイジェストのようなものなどを見ているとあいかわらずテレビや週刊紙などというものはいとも簡単に世論操作というものをやろうとしているな、と感じられる。

何がまずいといってたとえば、ゲストのコメンテーターみたいな人たちに何か言わせるだけでなくて、岐阜一区の選挙民の声を聞いたりする場面がいくつか流れるが、たとえば「野田聖子に裏切られた」と怒る人がまずいないということである。

テレビに向かって思いっきりいかりをあらわにすることはさすがにできないという人が多いだろうが、街角のインタビューでそういう風に怒る人がいないと見てるほうまで、怒ってるのは自分だけで、きっと自分は大人気ない人間だ、あるいは怒りやすい人間だ、と思っておとなしくしなければ、あるいは政治家に期待しても仕方ないという、まさに「政治に対して無感心」な人をますます作りかねないのではないだろうか。


テレビではおもに選挙区調整と言った話しばかりが取り上げられているようだが、ようするに政策の中身は伝えられることはない。

早い話が、こういう政治風土、あるいはこうしたマスコミの世論操作によってこの国の政治というものは形づくられてきたと言っても過言ではない。

そのような政治風土をくずす政治家が小泉純一郎であり安倍晋太郎ではないかと思ったのは自分だけであったろうか。

最近佐藤ゆかりの記者会見で「支部長」という言葉がいくどとなく繰り返されたということが、これまたいくどとなくテレビで報道されている。

しかし、われわれが目にすることができるのは、「支部長」という言葉を佐藤ゆかりが口にしている場面ばかりであって、記者からの質問の場面などは全く映っていない。

他にも何度も繰り返された言葉があったはずだが、いずれにせよ、記者からの質問があったのか、無かったのかは記者会見の全てが流れたわけではなかったので判断はできない。

もし記者の質問に答える形で「支部長」という言葉を繰り返したのだとしたら、そのことにはもちろん触れるべきであろう。

佐藤ゆかりのほうでももしそういうことがあったならば自分のサイトで説明してもよいのではないだろうか。

もしかしたら何か書けば誤解される、あるいはねじまげられる、と思っているのかもしれない。

自分は佐藤ゆかりが支部長ということを繰り返しても問題はないと思うがテレビをみる限り、まるで佐藤ゆかりが威張っているかのような印象操作をしているように思えてならなかった。

もし支部長という言葉を引き出させるマスコミの質問があったなら佐藤ゆかりが「支部長」という言葉を繰り返すのは当然だと思う。

その事に関しては確かめようがないが、記者からの質問にこたえる必然性からというのではなく、自分一人で20回以上(たしかテレビの番組では「21回」だったように記憶している)もこの言葉を本当に発したのだろうか。


たしかに今は選挙期間中ではないからある程度の報道の自由はあるだろうが、あまりにも一方に不利な報道のしかたは明らかに問題である。

このように書けばすぐに「報道の自由」あるいは「言論の自由」などということを言い出す人もあるかもしれないが、たとえば週刊紙にかかげた写真にあまりよろしくない言葉を載せているあるところもあるようだ。

こうしたものを見過ごしていてはよくない。

政治家本人だけでなく所属する政党が全ての党員を守る立場にあるなら、しかるべき対応をしてほしいものだがもはやあの政党に期待すること自体が間違いであるようなので、どうしようもないという絶望の言葉で今日もこのブログをしめくくらなければならないのがとても残念だ。

最後になるが小泉が「チルドレン」の前で「使い捨て」云々まくしたてていたのもたしかその「演説」の一部であったと思う。

最近、政治に限らず何がなんだかわけが分からなくなってきたが、これもテレビに関して昔言われたところの「一億総白痴化」とかいう効果?なのかもしれない。




東京ワンダーサイトの館長と副館長が夫婦ですって。東京MXテレビの都議会の解説は不公平でないですか?

2006-12-12 01:50:06 | クダ


東京ワンダーサイトなるものがいつ発足したのか知らないが、なんでこのようなものをまた新たに作ってしまったのか驚いている人も少なくないだろう。

東京都がいろいろな「箱物」を作って批判を浴びているのは今に始まった事ではない。

東京ワンダーサイトには行ってはいないので、どういう建物なのかなどいったことに関しては自分は分からない。


しかし、最近報道されているところでは、都知事の四男の出張など公私混同の面があるように指摘されている。


自分は決して共産党を支持する者ではないが、こうした件に関してはこの政党が頑張って調べたり追求したりしてて、たとえばこちらに問題点が主張されている。

こちらをご覧ください


自分にいわせれば、まず館長と副館長が夫婦だということがまず驚きである。


そしてテレビで都知事の四男の作品であるとされるステンドグラスなるものを見たが、はっきり言って特に印象に残るようなものではなかった。

やはり共産党のサイトのこちら

のほうから見ることができます。

どうですかみなさん、それほど偉大な作品に見えますか?

むろん芸術家と言ってもほかに奨学金などをえている人もいるでしょうし、この人だけが話題にならなければならないということでもないでしょうが、客観的な判断基準が見出しにくい現代芸術の世界においてもし有名人の息子が世間に認めてもらおうと思うなら、よほど傑出した作品を残さなければ、「親の七光り」のような批判をされても仕方ないと思うのですが間違いでしょうか。

それと東京ワンダーサイトに関する質問を都議会で共産党がしていたのですが、そのもようの一部が東京MXテレビで中継されていた。

自分は共産党の議員さんの質問の途中から見たのですが、メールなども持ち出して色々質問していたようですが、都知事のこたえは「ブリティッシュカウンシルのえらい人に東京ワンダーサイトがほめられて感謝された」といった曖昧な回答が多かったようです。

そしてそれ以上に驚いたのが、都議会での質疑の内容をダイジェストで首都大学東京とかいう大学の助教授だったかの人が解説していたのですが、その解説があまりにも自民党の質問に対して懇切丁寧に解説し、アナウンサーも一々うなづいていながら、共産党の質問に関してはほとんど解説のようなものはなく質問を大雑把に言って、都知事の回答を繰り返して非常に短く終えてしまったことでした。

東京MXテレビというのはどういうメディアかよく分からないが、これではまるで為政者による為政者のためのテレビという感じさえしました。

都議会のもようを映すのならカット無し、解説やダイジェスト無しでやってほしいです。


質疑の中できいたことですが、どうもこうしたステンドグラスに関しては「公募」ではなかったようですね。

都知事の言い分では公募にしたっていいものは集まらないなどといっていたようです。

そんなこと言ってたら若手の芸術家の発掘にもならないし、自分の息子やそのお友達などを集めて何かやるならどこかギャラリーを借りて自分たちでやったらいいいんじゃないですか?

たしか都知事は都内だけでなく逗子かどこかにもお宅はありましたよね。

かなり大きなお宅だったと思いますから、そこで美術展でもやればそれで充分でしょう。


なにもわざわざ世間から後ろ指刺されるようなことをしなくてもいいと思うんですが、都知事の四男の方はお父さんとは関係ないところで自分の才能を発揮することはできないんでしょうかね。








自民党および安倍晋三には完全に裏切られた!誓約書は郵政造反議員でなく安部総理が書くべきではないか。

2006-12-02 01:58:54 | 野田聖子批判

最近はニュースなどはあまり見ない。

なぜかと言うとはっきり言ってあまりにもばかばかしいからだ。

そんなことは最初から分かってはいたが、「ブログ」というものである程度意見をいうことができることの興奮を味わっていたのかもしれない、と毎日更新していた頃のことを思っている。


しかし最近嫌でも目や耳に飛び込んでくるニュースを見たり聞いたりしていると、どうも「自民党」という組織や安倍晋三という個人に関して自分はとんでもない思い違いをしていたような気がして残念でならない。

はっきりとは分からない、というより、信じられないことだが、この首相の座についたとされる人物は「郵政造反議員」の復党に関してGoサインを出したようだ。

一体どういうことなのか、この人の言い分を聞いてみないと分からないが、先の総選挙でこの安倍という人物はいわゆる造反議員に対して刺客候補を送る立場にあってその選挙手法を実行した人物であったはずだ。

こちらをご覧ください

自民党に投票した人はその選挙手法をも認めて投票したものと思われるが、首相になってまもなく、あの造反議員に対して恩赦のようなことをしているのは一体どういうことなのか。

はっきり言って選挙権を持つ国民の一人として言わせてもらえば、「誓約書」を造反議員に出させる前にまず安倍首相をはじめとする自民党幹部に誓約書を書いてもらいたいです。

というか、いわゆる刺客候補の方々も契約書のようなものをきちんと自民党と取り交わしておくべきだったと思うが、まさかこんなに早いとこ造反議員が戻ってくるとは自分も思わなかったし、「刺客候補」の方々も思わなかったということでしょう。

早い話が「世間知らず」というか、政治の世界が「一寸先は闇」ということが頭では分かっていても実感できていなかったのかも知れませんね。


安倍さんには国民に対して誓約書を書いて公開してほしいわけですが、その中身は自分で考えるか、それが無理なら昔の家庭教師だった平沢勝栄さんにでも考えてもらってくださいな。

こういう人が総理大臣とは全く情けない、というよりあきれますな。

こういう人は政治家ではなくてサラリーマンをずっとやっていたらよかったんでないですか?

すいません、サラリーマンのみなさんに失礼なことを申し上げました。

やっぱり「生まれつきの政治家」だということなんでしょうか。。。


この人が政治家にならなければ少なくとも自分はこんなにストレスがたまることはなかったでしょう。

なんつったってこの方のお父様が亡くなった時には本当に残念に思ったものの一人として、これほどまでに私を失望させてくださるとは思いませんでしたよ。

ようするに政治家というのはいわゆる世渡りというのは違うかもしれませんが、柳が揺れるようにあっち行ったりこっち行ったりするのが出世の秘訣なんでしょうか。

あるいはどんなに周りから批判されても全くおかまい無しの人たちの集まりなんですかね。



ちなみに最近安倍首相は全国の知事にお説教されたそうですね。


こちらをご覧ください

不祥事に関して述べたものですがこんなことをおっしゃってますね。

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政治家にとっての初心とは選挙で選ばれた時の民意だ。一連の不祥事が事実なら知事は民意に背き、選挙時の熱意や志を忘れたのではないか。
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やっぱり政治家の人とかテレビに出てる人というのは自分のことを棚にあげられる人がもっとも成功するということでしょうかね。

先ほどリンクで示したニュースのページの内容を少しでも覚えてる者には知事のみなさんに安倍総理が言った言葉はまず安倍総理が自分自身にいうべき言葉ではないかと思うのですが、ようするにこの人も自分のことは棚の上に上げて恥じることがない人だということのようですね。

「士は過ちなきを貴しとせず、過ちを改むるを貴しと為す」(過ちがないことを重んじるのではなく、過ちを改めることを重んじる)という言葉も引用したそうですが、今ご自分のなさってることが「過ち」だと思ってくださるよう希望します。


このままもし野田聖子をはじめとする「造反議員」が復活するとすれば、国民から見ればいわゆる刺客候補の方々は「だまされた」ようなものではないでしょうか。

委員会採決に欠席したとかで、処分されかねない状況にある方も数名おられるようですが、まず今の自民党幹部がやろうとしていることから果たして本当に自民党のためになるのか、有権者を裏ぎることにならにのかよく考えてほしいけど、無理でしょうね。

造反議員が自民党にもどったら刺客候補の方々はそのうち政治家なんてやめてしまって評論家としてコメンテーターや講演活動などをしたほうがいいかもしれません。

政治家になるにはあまりに優秀な人が自民党のような組織でつぶされてゆくのはあまりにお気の毒な気もしてきました。


それぐらい自分はあきれてるということです。


自分も決して完璧な人間ではないですが、とにかく正直者が馬鹿を見る世界だとつくづく思う今日この頃です。