妄人妄語 衆議院議員野田聖子さんの選挙公約消去 有権者・国民を愚弄するサイト一時閉鎖に抗議します!「非道」はどっち?

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アニマル浜口のNHKの番組

2005-11-30 22:47:42 | つぶやき

を再放送で昨日見た。

こちらです。

自分の母校を訪ねて授業をするというもので結構昔からあるものだ。

アニマル浜口については国際プロレスの頃、何度か見に行ったことがあって新日に移ってからはあの体でよくできるなと思ったものだ。

長州もそれほど大きくなかったが、浜口は本当に小さいレスラーだが、ヘビー級のほかのレスラーともやっていたわけでかなり無理して戦っていたという印象があった。

子どもの頃の話で彼がよく学校に遅刻して来たのだが、その理由が家計を助けるための牛乳配達だったことを知った担任の教師が「浜口君悪かった」とないてあやまって抱きしめたという話を涙ながらにしていた。

そういえば「牛乳配達」というのもいつのまにか見なくなった気がする。

朝早く起きると新聞配達の音は聞えるが、牛乳配達の音は最近聞くことはあまりない。

パックのものが増えて、牛乳瓶自体もあまり見なくなった。

アニマル浜口は世の中にいろんなことがあると言って「嫉妬、誹謗、中傷、挫折・・・」などなどたしか12ぐらいの言葉をそらんじていたが、そういう言葉の意味がどれだけ子どもたちの胸に響いたか分からない。

今のこどもたちはわりと大人たちの現実社会のことについてすぐに知ってしまう世の中になっているので意外と分かるかもしれない。

むろんアニマル浜口だけではなくて、どのレスラーも、あるいはどの人もいろんな苦労や挫折があってそれを乗り越えてきたのだろう。

むろんそこでも語りつくせぬことが数限りなくあっただろうし、どんな人でもそうだろう。

自分の苦労は大きく、人の苦労は小さく見えるものだ。

それを全く違うと思わせてくれる人の話、しかもいやみくさくなく、というのはあまり多くはないがアニマル浜口の話しはそんな貴重な話の一つだったと思う。


プロレス観戦

2005-11-25 00:26:06 | 格闘技

とはいっても全女と西口プロレスの合体で半分吉本みたいでした
実際吉本の人もいたのかもしれません

井上貴子選手すごくきれいでした

試合の後は流血して、最後の最後までダンプ松本にやられてましたが、
とにかくきれいでした

なお関係者の人に画像の使用について聞いたらぜんぜんいいんじゃないすか、
と言われました

なんだか忘れてしまった花の写真

2005-11-24 00:29:32 | つぶやき

気づいてみたら結構更新をサボっていた。これからもサボるかもしれない。別に更新しなくちゃいけないと言うものでもないけど、せっかくお越しいただいたみなさまには大変もうしわけないと思っている。

自分はこんな感じでひどく気まぐれでたとえばしょっちゅういろんな写真を撮ってはいるのだけれど、時間がたつと撮った写真のことをすっかり忘れてしまう。

たとえばこの花の写真は大体先月末に撮ったのだが、どこで撮ったか全く分からない。

フォルダをあまりきちんと区分けしていないため忘れてしまったのだろうが、今思い出した。これは悲しい出来事があった時に撮った写真かもしれない。

ようするに自分はそんなことも忘れてしまうのかもしれないし、そういうときでも写真を撮るネタをさがしてるんだな、と思う。

デジカメと言うのはいつでもどこでも撮れるから本当にとりまくってしまう。

これからはずっとわすれられないような写真をとりたい。

こんな感じであまりたいした物ではないかも知れませんが、時々写真をこれからも載せてみます。

東武鉄道の運転士の懲戒解雇 同情して電話するぐらいなら経済的支援というわけにはいかないのだろうか

2005-11-18 00:16:24 | つぶやき

東武鉄道の運転士が自分の子どもを運転室に入れたということで、いきなり懲戒解雇になった。

それでこの会社に抗議が殺到したらしいのだが、結局当初の方針通り会社はこの運転士を懲戒解雇したそうだ。

こちらをご覧ください。

この件に関しては自分は当初誤解していて、てっきり最初から自分の子どもを勝手に運転室に入れたのかと思ったらそうではなくて、子ども二人と奥さんが先頭車両に乗っていて子どもが運転室のドアをたたくので仕方なくあけたら入ってしまったということらしい。

その様子を見た乗客の一人?が「通報」してこのようなことになったらしいが、自分でもこの問題は非常に難しくてなかなかこうすべき、と判断しかねる部分もある。

自分としてはこの運転士の処分以上に、このことが大きく報じられるようになった経緯とでもいうべきものも検討すべきだと思う。

そのほかにも検証すべきことはあるかもしれない。

最初の通報に対する会社の反応、そしてそれに対する抗議の殺到、その抗議に会社が決定を変えなかったこと、次に問題の場面における母親および運転士の子どもの管理である。

正直なところ、自分は会社の決定や反応はそれほど間違ったことには思えなくて、やはり一番の問題は最後にあげたことではないかと思う。

つまりこれは自分の感覚では子どもをつれて歩く場合、どのような場所でも子どもがむずがってしまうことはよくあるので、そういう場面において「ある程度」子どもを厳しく管理すべきことは当然で特にこの場合自分の父親が安全にかかわる仕事をしているのだからその邪魔にならないようにすべきことは言うまでも無いはず。

逆にそのことを教えて分からない段階で父親のいる運転室に近いところにいたとすればそのこと自体にも問題はあるのではないか。

あるいは自分の父親は多くの人命をあずかる仕事をしているのだということを教えるためだったとしたら母親の管理やこの運転士の行為はなおさら問題のようにも思える。

子どもを親の職場につれてゆくことはよくあって、自分も何度か親の職場に行った記憶はあるが、そこは運転している現場のような安全性とかかわる場所ではまったくない。

公共の場所などで子どもを野放しにしたり、逆にやたらとしかっている場面と言うのは自分もたまに見るのだが、自分だってそばで子どもが騒いでいたら不愉快に思うことはあるのだし、ましてや運転室に入れる場面を見れば通報するかも知れない。

しかし、普通の感覚で言えば、通報した人は果たして「懲戒解雇」まで望んでいたのであろうか。


その点に関しては自分は今のところ情報はないが、この点も気になるところではある。

これは全くの推測だが通報した人にしてもまさかくびにしてくれということではなくて、どうせなんにもならなんだろうけど、ぐらいの気持ちで言ったのではないか。

自分の中でも処分自体に関しては意見を言うのは難しい。

しかし、自分はこの件に限らず、メールはともかく電話で抗議するというのはあまりいよいことのように思えない。

最初にこの件を会社に通報した人がどのような手段でどのような通報をしたのかは分からないが、会社の処分に対して抗議の電話をした人たちに関してはあまりよいことをしたようには思えない。

もちろん電話にしろ、メールにしろかけ方、や書き方と言うのがあうのでもちろん一概に駄目とはいえないが、特に電話の場合には強制的に相手の時間を奪ってしまうことになるのでこういうことで抗議の電話をするのはどうかと思う。

またそうしたことがあったからといって、もし会社が当初の方針を変えるようなことがあれば、なた今度はどうして方針を変えたのだというような抗議が殺到する可能性だってなくはないだろう。

自分としても運転士の方は大変お気の毒だと思いはするが、懲戒解雇の決定は変えないのは仕方がなかったと思う。

もし、運転士の人に同情するなら何らかの経済的支援のようなものを申し出る人があったらそれはそれでよいことだと思うのだが、そうしたことも難しいかもしれない。

いずれにしろこの件全体を通じてとにかく残念極まりないことにはかわりはない。

MSN第一回ベストブロガーコンテストは分からない点が多い。

2005-11-16 23:28:34 | ど素人によるマイクロソフトへの疑問

MSNが「ベストブロガーコンテスト」なるものをやるそうだ。

こちらに書かれているが、テーマは「挑戦」らしい。

こんなチャレンジを待ってます、とかかれていて、いろいろ載ってるのだが、これではもうなんだか学校の課題作文みたいで面白くないと思った。

はっきりいってテーマをもうけること自体「ブログ」というのをどう思ってるのかな、とさえ思う。

つまりブログって、タイトルも中味も自分で決めるものであるはず。

あんまし道をはずしたものは駄目と言うことはあるだろうけど、最初からテーマを決められて、しかも「こんなのがいい」みたく書かれてたら独創性のあるものが選ばれるかどうか非常に疑問がある。

参加方法にも疑問があって「、コンテスト期間中にMSNスペースのご自分のブログに「挑戦」のカテゴリーを作ってもらい」という部分はこれからブログを開始する人に向けて書かれているようだけど、すでにMSNブログをもってる人はどうすればいいのだろう。

もしかりに、すでに「挑戦」のカテゴリがある場合、あるいは最初から「なにかに挑戦する(記録の)」ブログである場合はそのままでいいのだろうけど、「現在MSNブログをお持ちでない方はMSNスペースでブログ開設していただき、「挑戦」のカテゴリーを作って、エントリーしてください」とあるということは、もしすでに今まで何かに挑戦することを書き続けたブログとこれからそういうことを始めるブログを同じレベルで競争させようということなのだろうか。

ブログ同士の比較自体が難しいと思うのに、すでに挑戦について書いてあるブログとこれからコンテストに向けて挑戦のブログを書き始めるのとをどうやって比較するというのだろう。

しかも「選考にあたっては、テーマである『挑戦』が最も伝わってくるブログということで、文章だけでなくオリジナリティ、センス、更新頻度も含めてさまざまな角度から総合的に判定されます」ということは、今までになんらかの挑戦の記録を書いているブログの場合すでに更新された機会は多かったりするわけで、どうやってこれからブログを始める人と比較できるのかよくわからない。

たとえばすでに何かについて書いている人は、それをいきなり「挑戦」と書き改めてしまうことだってあるだろうし、コンテストに参加するにはそうした方がいい場合が多いだろうということも考えられる。

自分は参加する意思は今のところ?!ないけれど、賞金や商品の比較などをしても大賞と優秀賞で、賞品に関して言えば優秀賞の方がよさそうな感じもするとか、いろいろふにおちない点はある。

ちなみにお勧めのブログのなかには「つながらなくて何とかして」ということが書かれているものもあった。

自分も実はほとんど更新してないブログをもってるのだが、本当につながりにくい。

それとそこはコピぺして記事を書いたり、記事からコピぺしたりできないようだが、これは自分だけかも知れない。

それとMSNのIDはたしか30日だかの間サインインしないとIDが消滅してしまうのではなかったかと思うけど、これが正確な数字ならちょっと厳しい気もする。

もちろん参加する意思はないなどと書きましたが、断言は出来ない?ので少し表現を改めました。



紀宮様結婚を前に思うこと

2005-11-15 00:06:45 | マスコミ批判

紀宮様が結婚されるようだ。

結婚の発表があったときはまだまだ先だと思っていたが、いつのまにかその日を迎えてしまった。

しかし紀宮様が住むマンションはすでに週刊新潮が暴露してしまって、宮内庁が遺憾の意のようなものを発表したらしい。

それでたとえばそのマンションの価値が上がるのかもしれないが、いずれにせよこれはあまりよいことではないだろう。

今日はある新聞には他の一般人も交えたプライベートの写真も載ったようだが、そこに写ってる一般人はもちろん許可は得ているだろうが、いずれにせよその写真も本当にそこへ載せてよいものなのかどうか。

かりに許可がでていない写真だとしたら、そういう写真がマスコミに出ることは本人たちはどう思うのだろうか。

ちょっと見ただけなので、どこからどういう許可が出ているのかいないのかよくわからないが、いずれにせよ、これからまたこういう写真を撮ろうとか載せようとする人たちが増えないといいのだが、と思う。


路上ライブ

2005-11-13 23:13:55 | つぶやき

今日の夕方図書館に行く途中で路上ライブに出くわした。

かなりいいライブだった、ボーカルもアコースティックギターも。


今日は図書館へ行こうかどうしようか迷っていた。

行かなかったらもしかしてこの二人とは一生出会うことは無かったかもしれない。

ボーカルは鬼束ちひろみたいなタイプの歌い方だった。

よくみるとマットを敷いてそこにはだしで立って歌っていた。

すごくいい歌だ、そのうちうれるよになるだろう、今ここでCDを買ってサインをもらえばのちのちすごいプレミアがつくかもしれないとかいろいろ考えていたが、それもよこしまな考えだと思ってやめてしまった。

あとで調べてみたらすでにある程度活躍している人たちのようだった。

路上ライブでもやはり生の歌はいいなと思った。

ぜひまた機会があれ聴いてみたい。


去年もこの時期ヒルズに行ったんだが。。。

2005-11-11 23:35:28 | Weblog

今日はヒルズによったが、ここは行くたびに疲れてしまう

別に行かなきゃいいだけの話しなんだが、なんとなく行ってしまって、入り口の前にたくさんあるついたてのおかげでトイレを出た瞬間いやなやつにぶつかりそうになったりして切れそうになった

そういう気持ちでけやきどおりに出て写真を撮ってみてもあまりよい気持ちにはなれなくて、みんなこんなところで同じ写真を撮ってそれをまたいっせいにブログにのせるのか、無駄なことではないかなどと思う

去年はデジカメが無かったので、ただ歩いていただけなのだが、デジカメをもって写真を撮りながら歩いていると、なぜか無駄なことをしているような気がして、しまいにはこういう照明全体、東京タワーなどを含めて電気の無駄みたく思えてきた

そういう考え方ばかりしてるのは自分でも正直つらいときもあるが、それはそれとして自分の特徴をいかしてこれからも生きてゆこうと決意した一日でした

というわけで、こんな気分で撮った写真はぶれたのが多いですが、無駄とか言いながら、一応載せます


石原東京都知事・東京都建設局の神・仏をないがしろにするかのような青山霊園外人墓地改葬計画

2005-11-11 00:05:27 | つぶやき

青山霊園外人墓地の改葬の話があるそうだ。

以前日本で活躍された外国人の方の墓があるのだが、一部の墓に関して管理費が払われていないことなどからこれを「改葬」する話が持ち上がっているようで、このことに関してはすでにいくつか動きがあるようだが、とりあえず石原都知事の会見からの引用を見てもらいたい。


 あそこを整理してですね、お参りする人もいないんで、そこを再開発して墓地と して売り出すと同時に、一部、公園をつくってね、一種の憩いの場所にもしよう ということで、外人墓地を整理するという計画があるようですけど。それはせっ かく日本のために尽くした人たちなんでということで。


ということはようするにこういうことですか?

墓守りされてない墓(週刊新潮など見ると管理費が払われてないということのようですね)に関しては改葬というよりはっきり言えば「撤去」するということですね。

そういう契約とかきちんとしてあったのですか?

死人に口無しというけれど、死んだ人たちだって、別にお金を払いたくないということではなくて、子孫がいなくなったとかいろいろ個人的な事情があるだろうと想像できるのですが、そういうことは全く考慮しなくていいのですか?

どうも管理費を払ってくれる人をボランティアみたいな感じで募っているようでもあるけど、それってほとんど脅して金を取るみたいですごく感じが悪いですね。

これではバブル期に活躍したコワイ人たちみたいですね。

石原東京都知事も東京都建設局はもしかしたらそういう人たちよりはるかにおっかない人たちかもしれないですね。

管理費といいますが、まずその前に「管理」をどれだけやってるのでしょうね。

自分も最近何度か関係ないのにその中を歩かせていただきましたが、管理人さんのような方をお見かけしたことは無いですね。

しかも外人墓地ではないところですが、自転車があるお墓の前に捨てられてあったりして自分は勝手に入り口のほうにどかしたりしました。

こういう状態で管理費が集まらないことを取り上げていいんでしょうか?

かりに私が見たことが偶然のことであったとしても、そもそも管理費といったって巨大な建物のようにエアコンや照明などが必要なわけでなし、ようするに、管理費が集まらないことよりもあたらしく墓を作ってお金を集めたいということではないでしょうね。

とにかくどこの国の人であれ、墓を撤去しようという計画を具体化させたりするだけでも私はこわいですね。

私は何の宗教心も無い者ではありますが、死んだ人までいじめているようで本当にこういう人たちが役人や知事でいていいのかな?と残念でなりません。


Web of the Year にmixiなどがノミネートされているのだが

2005-11-10 00:56:45 | つぶやき

Web of the Yearとかいうコンテストみたいのがあってmixiも投票を呼びかけている。

こちらの部門ともう一箇所でノミネートされているらしいのだが、mixiなどがこういうところで賞をもらったからといってどうということはないのではないかと思うのは私だけだろうか。

ものすごく利用者数が多いので今さらなにかの賞をもらっても仕方がないのでは、と思う。

そして非常に分かりにくいのはmixiの場合には一応招待状が必要ということで、そこにいる人以外は一切見られないわけであろうから、そこへ投票する人は利用者に限られるわけで、それがコンテストのようなものの性格にあうかどうかはよく分からない。

こういうものはあまりまじめに考える必要がないのかもしれないが、そこに名前があるコミュはほとんどどれも言わずとしれた巨大サイトとでも言うべきもので、別に今さら賞などもらう必要もないのではないか。

コンテストとか、投票などというものは、あまり堅苦しく考える必要もないかもしれないが、あまりそういうものにこだわるのはよくないかもしれない。

ブログにもたしかよそのサイトでコンテストのようなものがあって、いろいろ抗議のようなこともあったようだ。

たとえばアクセス数なども一種の投票のようなものであろうか。その数字に自分も一喜一憂したりしているわけであるが、できれば自分がまず最初に「中身がある」と思えるものを書きたいとも思う。

アクセス数も気になるが、数字では表せないものもこの世界にはおおく存在しているはずだ、などとガラにもなく最近思ったりする。


フジモリ元大統領の出国に思う

2005-11-08 22:05:13 | クダ

こちらのBBCののニュースなどにも出ているが、ペルーのフジモリ元・大統領が日本を出国し、チリヘむかったがすぐに身柄拘束され、ペルーの当局者と今現在交渉が行われているらしい。

私はついこの間、この人が長く日本にいることに関して疑問を呈するエントリーを書いたのだが、このニュースを聞いてまたしても複雑な思いがするのを禁じえない。

それともう一つ、つい先ほどホワイト・バンドの売り上げの一部がある基金に寄付されるという報道もあった。

もちろんフジモリの場合も、ホワイト・バンドの場合も「私の声が届いた」などということはないであろうが、自分が問題提起をしている人たちの一部に加わったかもしれないぐらいのことは思ってもいいのではないだろうかなどと思ったりする。

しかしどうも考えさせらてしまうのは、自分は自分なりに問題提起したのであるけれども、いっこうに問題は片付かないどころか、問題そのものが消し去られてしまった、ということになってしまったようで非常に歯がゆい気持ちが強い。

たとえば私は野田聖子の選挙公約に疑問を呈したが、その後しばらくして、その公約の一部は消されてしまい、他の部分についても批判しだしたところ、ついにはサイト全体が消されてしまった。

この場合は私の批判を「かわそう」、あるいは私の批判の根拠を消してしまって、私がまるで根拠がない批判をしているかのような印象を国民に与えようとしているのではないかと思われるが、ただ単に野田聖子だけではなくて、もしかして世の中全体で一般的にネット上の批判に対する「かわしかた」のようなものが出来上がりつつあるような気がしてどうも釈然としない。

野田についてはここで多くは書きたくないが、私は別に郵政民営化に賛成しろ、といったのではなく、反対するなら、反対するできちんと分かりやすく説明した上で自民党からでて批判してほしいというつもりで書いたのだが、最近の動きに関してはどのように自分でとらえてよいのか難しい部分もある。

いずれまた野田についてはあらためて書くかもしれない。

もちろん私の意見など別に誰にも強制するわけではなくて、自分としてはこうした点が疑問である、ということを書いているだけなのだが、どうも世の中全体の動きというのは自分の疑問を解決してくれるように働いてくれることはなくて、自分が呈している問題が次から次へと消え去ってしまうようなきがして仕方がないのである。

逆に言うとこうしたことがあるので、取りあえずある時点における自分の疑問なり意見なりを書いておいて違う局面が現れた段階であらためて自分のブログを見るということもそれなりに意義があることになるということもあるだろう。

しかし、非常に自分が危惧していることはたとえばフジモリに関して報道されているところでは、日本出国時にはホテルに滞在していたらしいし、チリへは羽田からチャーター機で向かったらしい。

隠し資産があるとかいろいろなことがこの人の関しては言われているが、隠し資産もなくてどうしてこのようなことができたのかとか、日本政府が具体的にどのような援助なり保護をこの人に対して行っていたのか、たとえば要人警護のSPはつけていたのかとか、などなどいろいろな疑問が、この件が次の段階に移ったことで吹っ飛んでしまうような気がして仕方がない。

ホワイト・バンドに関しても今ある程度の寄付をすればそれですむような問題なのかなどいろいろ疑問はわくが自分は当事者ではないのでなんとも言いようがない。

フジモリに関する疑問は本当にたくさんあって、たとえば日本政府が再三の身柄引き渡し要求を拒否して約5年間も滞在させたことには問題がないかどうか。

親類の方も日本にいられるわけだし、状況が変わったからと言って、手のひらを返すような対応をすることなどは自分もよいことだとは思わない。

しかし、元・大統領だからと言って手厚く保護するというのはあまりよいことではないだろう。

かりに保護するにしてもどのような状況でどのように保護などをしていくら税金が使われたのかなどといった情報が全くないままうやむやになったらそれはよくないと思う。


                  文中敬称略


本田美奈子さんのご冥福をお祈りします

2005-11-07 22:46:35 | つぶやき

このページにあるいくつかの歌のさわりを聴いてみてなんとも切なく感じている人はきっと莫大な数にのぼっているに違いない。

昨日も少し触れたが、本田美奈子が死んだ。

自分はこの人とほぼ同年代で「アイドル時代」にはやたらとこの人がテレビに出ていた。

「まりりぃ~~~~ん」というあの曲である。

たしか「へそだしルック」が多かった。

そして自分はあまりよい印象は持っていなくて、実際かなり嫌われている向きもあったと思うが、その印象があまりに強かったため、ミュージカルに出演しているということを聞いてもあまり関心は持てなかった。

したがって先ほどリンクを貼ったところなどでいくつか曲を聴いてみると驚かざるをえない。

そして画像もまるで天国に旅立ってゆかんとしているかのような雰囲気さえあるではないか。

アイドル時代のイメージをもたれることをきらっていたようなことも報道されている。ある程度地位を気づいてまた少し別の分野で努力するというのはたしかに大変なのかもしれない。

自分はミュージカルというのは見たことがないが、できれば何かの拍子にまかり間違って金持ちになってこの人の舞台も見たかったと思う。

この人がなくなったことに関してはずいぶん多くの仕事仲間の人たちがメッセージなどを寄せているようだが、そうした人の多さもさることながら、一人一人のこの人の死に対する慨嘆ぶりが故人の人となりを偲ばせるに充分なものがある。

たとえば岸田智史などはこの人が福山雅治の大フアンでその写真をいつも持ち歩いていて、その写真をいつも持ち歩いていたことをテレビで言っていた。

「今だから言いますが」ということは全くそういうことは今まで言われていなかったということだが、すごく純粋な話しだと思った。

またある以前大ヒットした曲を出した現在ロンドン在住のある女性シンガー・ソングライターがテレビ電話でコメントしていたが、意外なことにこの人もデビューは同期で仲が良かったらしい。

雰囲気は全く違うのにこれまた非常に意外な話だと思った。

ちなみにこの人はもう20年ぐらい前に都内のある場所でたまたま10分以上すぐそばでお茶していたことがある。

いわゆる業界の関係者のような男性と日常的な話をしていたが、そのころはすでに大ヒットした曲が出てから4年ほどたっていたころだったろうか。

全く違う世界で接点などないはずだがなにかの拍子に意外とすれ違っている人も実はこの世には多くて、どこかでみな繋がっているように考えてしまうのはあまりに空想的かもしれないが、とにかくそんなことを思った。

ちなみにこの人のサイトも見てみた。

そんなことをしたまではいいが、これを書き出したら、もしかしてその人も自分の名前が出ることでサイトにアクセスする人が増えるということを考えたかもしれないなどとつい余計なことを考えてしまった。

ようするに自分という人間はそういうことをあれこれ考えてしまう人間なのであるが、音楽というものはどのジャンルであれ、そうした余計なとも言うべき現実上のさまざまな想像や気づかれみたいなものをふき飛ばしてくれるものであるべきものだと自分は以前からおぼろげながら考えている。

残念ながら本田美奈子の舞台を自分は見ることができなかったのであるが、とにかく時代を共有した人がまた一人天に召されたということは痛惜の念に耐えない。

つつしんでご冥福をお祈り申し上げます。

数日前に「長生きしてやる」と書いたが、「長生きする」ということは毎日のようにこうした悲しい訃報に接してゆかなければいかないということで、それはすでにかなり前から始まっていることではあるが、これからさらに一体いくつの訃報に接してゆかなければならないのだろうか、などとも思ったりする。



                   文中敬称略

瀬川晶司さんのプロ棋士合格にあれこれ思った。ひょっとして順位戦はでなくていいのかな???

2005-11-07 00:07:03 | クダ

瀬川晶司がついにプロ入りを決めた。この人は奨励会の年齢制限(26歳?ぐらいまでにプロになれなければ退会を余儀なくされる規定)をクリアできなくていったんプロをあきらめた人だ。

その後大学に入り、一般企業に就職しながらもプロと対戦して勝つことも少なくなかったので今回の「プロ編入試験」というのが特別に行われて、瀬川はプロになっわけだが、自分は今回の編入試験というのに反対で、その理由とともにいずれここに書こうと思っていた。

正直な気持ちを言うと、瀬川がプロになれないことも充分に考えられたので、その際に書こうという腹積もりもあった。

しかし、今、瀬川がプロになったという情報を得て久しぶりに将棋連盟のサイトに行って見ると、なんとトップから大手プロバイダのところにかなり目立ったリンクが貼ってあって、そこにはこれまでの「プロ編入試験」の対局のトップ棋士の解説などを動画で見ることができる。

正直、自分の認識よりはるかに時代は進んでいるという感慨をもよおさざるをえない。つまりここまで日本将棋連盟がこの「プロ編入試験」というのを大々的にマスコミなどに取り上げさせているところを見ると、もうすでに瀬川という人物は、言葉は悪いが、下手なプロよりよっぽどプロらしい仕事をしているといえるのかもしれない。

もちろんそれほど世間に知られていない棋士でなくても、オリジナルの戦法を編み出している人などもいるし、プロの仕事といってもさまざまであるからなんとも言えないが、世間がこれほど将棋に注目したという点ではかなりな功績があると言わざるをえないのではないだろうか。

ということもあり、自分が今回の「プロテスト」に反対だった理由に関しては今さらここに書いても仕方がないし、他のこともそうだけれど、このことに関してもあまり調べてはいないので、なおさら書きにくいのだが、おもに以下の二つほどの理由がった。

こうした特別の「プロ編入試験」をやるならやるで、きちんとした制度として確立してからにすべきではないかということ。

たしかこうした制度でプロになった人としてはかなり昔「東海の鬼」と言われたすでに物故した棋士がいたが、他にもプロになる話がうわさレベルではあったとしてもいたはずでたとえば小池重明もそうだったのではなかったか。

ちなみに小池もかつては奨励会に所属していたのでなかったか。小池もすでに死んでしまっていまや伝説的な人物になった感さえあるが、他にも15年ほど前だったか、アマチュアで当時たしか千葉大学の六年生の人がプロをどんどん負かしていって八段クラスの人も負かしていったこともあったと記憶している。

そういうアマチュアの強豪が出てきた場合に「プロ編入試験」を行うかどうかということに関しては明確な規定を設けて、奨励会の規則にも盛り込んだほうがいいのではないかということである。

自分は奨励会の規則などに関してはあまり詳しくはないのでなんとも言えないが、そうしたことも考えるべき時期が来ているような気がする。

それと、こういう事態が起きているということはすでにプロとアマの交流が充分できているということを如実に物語るものであって、自分の感覚からすればそれで充分であろうということもある。

今現在のプロと将棋ソフトの対戦ではないが、昔はあまりプロとアマの平手戦というのはなかったはずだ。それを打ち破った企画が「将棋世界」という雑誌の「プロ・アマオープン戦?」とかいう企画で20数年前に始められて今はたぶんないだろう。

そのころプロがアマに負けたというのは正直衝撃であったが、最近はそういうことが決して驚くべきことではなくなってしまった。

そういう時代を知るものにとっては今の将棋会の雰囲気というのは隔世の感があるが、もう時代も昭和から平成に変わっているのだしむべなるかな、などとも思う。

あとこちらのニュースの下のほう
で気になったのは、「名人戦の予選を除く9つの公式戦に参加できるが、今後10年間のうちに規定の成績を上げないと公式戦の参加資格を失う」という部分である。

自分はプロになるというのは順位戦に参加できるようになるということであったが、この記事の「名人戦の予選」というのはひょっとして「順位戦」のことだろうか。

順位戦に出られないということであれば、これでプロになったといえるのが自分などは疑問だが、プロ棋士に関する規定などは見てないのでなんともいえない。

自分の知識では順位戦に出られるようになって初めて他の棋戦にも出られるようになるはずだと思っていたのだがこその制度も変わったのだろうか。

これも正確かどうかはわからないが、たしか米長邦雄はA級在位がすごく長くて、A級を陥落したら引退すると言っていたのではなかったか。それで実際に陥落したら順位戦には出ずに他の棋戦には参加していたようだ。

この辺のところも自分は非常に納得がいかなかったのであるが、瀬川の場合、「今後10年間のうちに規定の成績を上げないと公式戦の参加資格を失う」という部分で規定の成績という部分が具体的にどういうものなのかは分からないのでなんとも言えないが、もし「名人戦の予選」というのがいわゆる順位戦の事を指すとすれば、順位戦というのはこれに「出られない」ということは逆に、「順位戦に出なくてもプロでいられる」ということなのだろうか。

実は以前は順位戦で司会のクラスで負けが込んでいいても一度プロ棋士になると永久にプロ棋士の座は保障されていたのである。

それで次々とプロ棋士は誕生しても、引退する棋士はいなくていわばプロ棋士の数というのが非常に増えた(今でもかなり多いはずである)。

それに対して毎日新聞の有名な観戦記者が非常に強く異を呈していて、当時の大山康晴会長にかなり強く改革をせまった大山邸での対談がかなり前の将棋世界に載って自分はそれを興味深く読んだものだ。

その後順位戦の最下位から陥落してプロの地位を追われる人も出てきたようだ。

この制度に関してもいろいろあるようなのでちょっと大雑把な書き方になるが、その順位戦にもし出ないでいいとなると、もしかして10年間はプロでいられるということだろうか。

順位戦の規定によれば最悪の場合にはもっと早くプロの座を終われる場合も無きにしもあらずだったとも思うのだがどうなのだろう。

いずれまたいろいろ分かったら、この記事は訂正などをしたり、大幅に書き換えるかもしれませんし、なかなかまとまりませんが、今日はこんなところでしめたいと思います。

それと全然関係ないけど本田美奈子さんのご冥福をお祈り申し上げます。

さらに全く関係ないけど、ネット上の情報で、やや意外な事実を今日も知ってしまった。

そのことに関しても詳しいことは分からないし、そういう事実があるからといってどうこうという問題ではないかもしれないが、少なからずショックだった。

もしかしたら以前にもまして自分は人をあまり信用できなくなっているのかもしれない。
もちろん自分にもいろいろある。

いつ消えるかも分からないネットにはまってる人間がこんなことを言うのもおかしいかもしれないけれど、そういう自分が純粋すぎるなどと思ってしまったらまずいのかなできればこのまま???ずっと純粋でいたいと思うけど、などと今日もとりとめのないことを思ったりする。


                   文中敬称略


料金後納の封筒のDMに関する疑問

2005-11-06 00:37:00 | つぶやき

今日何気なくDMの一つをあけてみた。

その中に入っていた申し込み用紙を送る封筒は切手を貼らなくてもそのまま封をすれば送れるように「料金受取人払」の表示がある。

以前から気になっていたのだが、これは指定されたところ以外へ送ることはできないのだろうか。

あまり調べていないのだが、その会社以外に送るのに使えるような気がして仕方がない。

たとえば自分の知り合いの外国人は自分のところに送る封筒は新品を用いたことはなく、一度使われた封筒に貼られた切手をはがしあて先のところは新しくあて先を書いて貼り、その封筒にある会社の住所などが印刷されているところを修正液で適当に消して、後ろに自分のはんこうを押して送ってくる。

もちろんこれで全く問題なく届くものだが、概して郵便というのはすごく雑なものでも、あて先さえきちんと明示されていれば意外と着いてしまうものなのである。

なぜこういうことを書いているかというと、以前かなりわけの分からない料金不足の葉書き(これはノートの切れ端のようなものであった)が来て、郵便局に取りに行ったことがあるからだ。

さてDMにはいっていた返送用の封筒の場合、あて先にあたらしい住所などを書いて貼ればもしかして届いてしまうのだろうか。

あるいはそういうことをした場合、法律違反に問われるのだろうか。

もちろんそういうことをしてみたいとか、そうしてくださいということを言っているのではない。

自分はよく分からないのだが、もしかしたらそういうことをこうした会社や郵便局が防ぐために何かしているのかということが知りたいのだが、よくみるとこちらへ送られてきた封筒には普通は切手を貼るようなところに「料金後納郵便」と書いてあるのだが、こちらから送るものには「那覇中央局承認○×△」と書かれている。

ちなみに「料金後納」以外に「料金別納」というのもあったはずで、「料金別納」の方はたしかまとめて郵便を送る場合に郵便局でそのハンコをそれぞれ押すのだが、実はそれを自分も郵便物を送るさいにそれをやった記憶がある。

これは郵便局の人がやるより自分でやったほうが確認もできるのだろうが、いずれにせよそれが正確な手続きかどうかはわからない。

あまりこの辺のことはよく分からないし、勝手に想像してよいのか分からないが、一つ気づいたこととして、「那覇中央局承認」などと書かれていればその封筒に違うあて先を書いて貼った場合にも那覇以外には届かない、あるいはある登録してあるあて先にしか届かないのではないかということだ。

つまり切手を貼るところの表示があて先をかねているような感じさえするということである。

逆に「料金後納郵便」とだけ書かれた方は、どうなのかよく分からないが、これはなんだか正直よく分からない。

はっきり言ってこんな大雑把な書き方でついてしまうのはまずいような気がする。

それと細かいことだが、なぜこの会社は本社が東京にあるのに沖縄に送ることにしているのだろう。

そこであれば他へ送るのにその封筒を使えないということなのか、それとも事務所などを借りるのにそいうところのほうが安いということなのだろうか。

両方かもしれない。

いずれにせよ分からないことだらけだが、そこに「重要書類在中」と書いてあるが、これ自体は書留でもなんでもなくて、取り扱い上は全く意味がないのではないか。

いかにもそういう表示で個人情報が書留と似たような扱いできちんと届くかのごとき印象を持たせるとすればまずいような気もする。

個人情報といえばなぜか送られてきたものには自分の名前だけでなく生年月日なども書かれていた。

とにかく不思議なことだらけである。

レイザーラモンでなぜか加藤茶のタブーを思い出した

2005-11-04 23:55:09 | つぶやき

レイザーラモンHGの本が発売になった。

こちらです。

まだ発売になったばかりなのに本で何位という表示が出ていてしかも二桁。そして早くも売りに出されている「ほぼ新品?」の本もあるようだ今のところAmazoneのほうにはレビューはないようだが、mixiにはいくつかレビューが載っている。

Amazoneの方は一応検閲があるのに対して、mixiの方は自分でアップすればすぐ載るという違いだろう。

この本はどうも本というか写真集という感じだが、「ハード・ゲイ」などといっても、実施にハード・ゲイの人たちがこの本を買うかどうかはわからない。

とにかくこの人のキャラはなんだか表現するのが難しいがプロレスにも出たりとにかくいろいろテレビに出まくっているので、人気があるということは言えそうだけれど、「ハード・ゲイ」そのものが受けてるのかどうかは難しい。この人は吉本で漫才をしてたらしく、ようするに「お笑い」ということだろうか。

ようするにこの国では性風俗を含めいろいろなものが「お笑い」のネタになるということなのかもしれない。

むかし加藤茶が八時だよ全員集合という番組でストリップの真似事をしていて、自分もおなかを抱えて笑っていた。まだ子どもだったのでそれがどういうことなのかあまりよく分かってなかったりするのだけれど、とにかくおかしくてどうしようもなかった記憶がある。

 レイザー・ラモンは加藤茶とは全く違うが、とにかく人気があるようなのが不思議である。もしかしたら今までになかったタイプという点が受けているのかもしれない。

                   文中敬称略