雀庵の「現実を正視する勇気こそ」
“シーチン”修一 2.0
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/95(2020/4/11】奢れるもの久しからず、盛者必滅の理・・・今年に入ってから中共が断末魔の如く激しく、時にジタバタと暴れまくり、のたうち回っているから、小生の投稿やブログ記事もそれにピクピクドキドキ反応して、従来の定番記事=過去の回想がお休みになってしまった。
後ろを振り返るより前を見た方がオモシロイのだが、振り返ると「今」や「未来」が見えることもある。古人は「温故知新」と言った。小生が我が身を振り返れば「そこは一木一草もない荒野だった」というわけではないが、スリル満点の断崖絶壁、ジェットコースター、空中ブランコの絶叫マシンだったという感じはするなあ。
バカとキチ〇イをシェイクした危険カクテルのような、あるいはクスリのような、一歩間違えたら塀の中か病院、棺桶行きという怪しさ、胡散臭さはある。
昨日、最首悟(さいしゅさとる)という人が論考を書いていることを知った。1971年に小生を取り調べた千葉県警のベテラン公安デカがまだ生きていたのか!?と調べたら同姓同名の人、千葉出身、早稲田の革マル臭い騒動士、安田講堂籠城組、今は教授、作家だった。
最首は千葉に多い姓だ。デカの最首は「俺の子供もアカにかぶれて困ったもんだ」とパチンパチンと爪を切りながら完黙小僧の小生相手に言っていたが、革マル臭い最首はもしかしたらデカの最首の子供じゃないかなあ、年齢的に合うし。
革マルは寄生虫サナダムシ路線で組織に忍び込んで組織を乗っ取る。JR総連はその代表例だ。枝野は国会に寄生している、そのうち乗っ取りたいのだろう。
中核派は猪突猛進の単純脳細胞のバカ、革マル派は深く静かに宿主(しゅくしゅ、やどぬし)に寄生する害虫、悪党、コロナ菌だ。日本の至るところで「えっ、あの人が!」というほど蔓延している。「あなたの隣に革マルが・・・気をつけよう、明るい笑顔と豊かな知性」だな。
沖縄と北海道は革マルに乗っ取られたようなものだ。秘密結社、カルト、利権集団の革マルが目指すのは「革マルによる、革マルのための、革マルの独裁国家」、麻原彰晃とその子分が目指したオウム帝国とそっくりだ。
創価帝国、日共帝国は少子高齢化などですっかり下り坂だが、秘密結社、シンジケートの革マルは親子や夫婦でも「えっ! うちのお父さん、革マルだなんて、ウッソーッ」、それくらい、まるで蒼龍の如く、革マル(トップクラス)は深く静かに潜航しているのである。
頭脳明晰、嗜虐趣味、秘密主義、公然部隊と非公然部隊・・・スターリン帝国、習近平帝国がモデルなのだろうか。革マルの公然部隊(チンケな労組の専従など下っ端の兵隊)は以前は南京虐殺記念館詣でをしていたが、「中共礼賛は反帝反スタと相容れない」と苦情が出たためか、いつの間にかやらなくなった。
この柔軟性は、思想ではなく「利」が組織の背骨になっているからだろう。教祖クロカン(黒田寛一)曰く「ひたすら静かにこっそりと宿主をのっとって、そいで食べちゃう!」。クロカンは著書を子分に買わせるという「寄生」で食っていた。池田先生そっくり!
まあ、他者のことは言えないが、この世の人は目糞鼻糞、喜怒哀楽を重ねているうちにあの世行きになるのだが、ちっとは「公」の役には立ちたいもの。小生は我が家ではいささかお荷物、オジャマ虫、異端児の感があるが、せめて、せめて北京に一太刀を・・・「絶壁のヂヂ」だな。
温故知新、昔の名前で出ています・・・久し振りに病棟日記から。
【措置入院 精神病棟の日々(184)2017/1/25】産経、西見由章「中国 アパホテル利用ボイコット」、藤本欣也「北京、中小企業を追い出そうと・・・パンケーキ店に幕」、同「北京春秋 ドキドキの空港検査」。
“眠れる獅子”と畏れられていた大清帝国は眠りこけ、やがて中共・毛沢東が蒋介石軍を台湾に追い払った後は「竹のカーテン」に引き籠り(隔離され)政敵や貧民5000万~1億を殺しまくった、餓死させた。
トウ小平の改革開放で1990年代から四半世紀、中共は飢餓を克服したもののイノベーションの壁を越えられずに停滞、習近平は毛沢東時代の「原始共産主義的国家独占資本主義」に戻ろうとしている。
今は跛行しているが、ソフトにせよハードにせよ、ランディングは避けられない。低賃金、低価格を武器に「世界の工場」として飛び回ることはない。中小零細企業をつぶし、アパホテルを脅し、空港はテロの不安でびくびくしている。
小雲規生「米、TPPから永久離脱 トランプ氏 日本たたきは過去の恨み?」、湯浅博「米が秩序を壊すのか」、加納宏幸「多国間協調排し直接交渉へ『私の政権、1対1が基本』」・・・産経のリベラル的な記者諸君はトサカに血が上ったか?
曽野綾子「トランプ就任式 演説の中の意外な真っ当さ」。
<日本のメディアは「空席が目立った」と報じていたが、テレビに映った限りでは目立つほどではなかった。日本のほとんどすべてのマスコミは、反トランプデモ、抗議の欠席が目立った、アメリカの理想の喪失、という形の報道に力を注いだ。トランプの言葉の中にあった真っ当さについてはほとんど触れなかった。
CNNの同時通訳は、トランプのスピーチの聖書の引用の部分も訳すことができず黙っていた。トランプは旧約の詩論の133.1にある、「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」という個所を引いたのである。素朴な人間の基本的な幸福感を示した、私も好きな情景である。
マスコミは、今後トランプを悪人として扱うことに決めたようにも見える。私は特にトランプ贔屓でもないし、トランプのスピーチにも、彼独自の哲学はなかった。しかし彼は現実主義者、実利主義者なのだろう。
私は現実を正視する勇気ある人には希望をつなぐ。当惑するのは人間の精神も生活もまともに見る勇気を欠きながら、「理想的人間である自分を売り込む」人なのである>
痛烈だなあ! このレベルに到達はできないが、せめて八合目までは登りたいものである。産経の諸君も綾子先生に学びなさい。
(そう言えば大学時代の小生のマドンナはテニス部の広瀬綾子ちゃんだったっけ。教職に就いたらしい。出獄後に「好きでした、もう他の人は愛せません」と手紙を書いたらすぐに会いに来てくれ、「思い出の中の私ではなく、今の私を見て!」と訓導してくれた。綾子先生大好き・・・醜夫の深情け、ビョーキだな)(つづく)(2020/4/11)
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