雀庵の「リリーよりチェリーがいい」
“シーチン”修一 2.0
“シーチン”修一 2.0
【Anne G. of Red Gables/96(2020/4/12】4月から産経に台湾がらみの論考が増えた。陳水扁総統の回顧録、台湾近代化に貢献した日本人列伝などが始まった。チャイナコロリで蔡英文総統らが防疫で頑張っている記事も多く、産経は大物の天津生まれ育ちの矢板明夫氏を台北支局長に任命した。
バイリンガルのネイティブスピーカー矢板氏は最高クラスの中共・台湾ウォッチャーで、実際に氏の記事はとても新鮮、知的好奇心をそそる。小生もいっぱい勉強して櫻井よし子先生のような必殺必中、情け容赦ない舌鋒を目指そう。
産経は部数減を抑えるため「女子供でも分かりやすく書いてね」という方針を強めているようで、先日の櫻井先生の論考はサンドペーパーでまろやかになっていた。小生は先生の刺々しい、痛いところを刺す、サド的な文章が大好きだから、何だか物足りなかったが、購読者をせめて維持したいという産経の切羽詰まった気持ちは分かる。男はつらい、のだ。
小生は舌鋒を鋭くして何を目指すのか。これが問題だ。
築地豊洲で大はしゃぎした緑のオバサンは、今はチャイナコロリで注目を浴びエクスタシーの絶頂、芯からの騒動士、そのうち記者会見、報道発表は英語になるな。
「合い言葉は Stay home! アンデスタン? 今回からネットでプレスミーティングします。コンテンツはワールドワイドにリポートされるべきで、イングリッシュでします、エニー・クエスチョン?」
やりかねないなあ、このオバサン。
♪今日は朝から私のお家は てんやわんやの大さわぎ 盆と正月一緒に来たよな てんてこまいの忙しさ 何が何だかさっぱりわからず どれがどれやらさっぱりわからず 東京ネギネギブギウギ 人の気持ちも知らないで わてほんまによう言わんわ あほかいな あーしんど
政治家は注目を浴びてナンボよ! 政治は爆発よ! 都内の緑のオバサン、ユナイト!
この世は理性じゃない、感情で動くということを、騒動士の目の玉タヌキ的オバサンは痛いほど知っているのかもしれない。緑のオバサンに懲りて理性を吹き飛ばす「禁じ手のポピュリズム」を辞さずか、エジプト帰りのリリーはどこへ行く。
わしは単純だで「中共殲滅/解体/普通の国化」が当面の目標だな。台湾完全独立、日米台英豪加乳印安保条約実現も応援したいものだ。倒れても「志」は残る、誰かが引き継いでくれる。
そこで拙文、台湾シリーズの続きを書く。日本人には苦い話になるので気が進まず、ここ暫く休筆していたのだが、台湾の元気に触発されて再スタートだ。蔡英文に加油された!
最初にまず言っておくべきは、日本が異民族、例えば漢族の植民地になったらどんな気持ちか、考えて欲しいということ。我々は嫌悪感どころか激しい憎悪と敵意を持つだろうし、テロだって厭わない。チャンコロに支配されるなんてやなこった、死んだほうがマシだ、死して護国の鬼となる、と徹底的に戦う、あるいはサボタージュする、足を引っ張るのが普通だろう。
当時の為政者は「やがて台湾人は日本統治を理解して受け入れるかもしれないし、屈服しないぞと戦い続けるかもしれない」と思っただろう。「屈服しない、抵抗し続ける」ことを侵略/統治する側の国民がとやかく言う権利なんてない。
統治されている人々は「嫌なら出て行け、バカやろう!」と怒り、追い出す天賦の権利があるのだ。
そもそも土地は先住民のものだ。後から来て武力で先住民を迫害する、追い出す権利なんてありはしない。それを宗教は許しても天と人倫は許さない。欧米列強は戦後、植民地政策のしっぺ返しを今なお受けている。
日本の敗戦で台湾は「解放」されたが、そこに潜り込んできたのが蒋介石・漢族の軍隊、即ちゴロツキだった。台湾人が今でも日本に寛大なのは、このゴロツキ強盗殺人強姦軍団に比べれば日本は番犬として大いに役立った、はるかにマシだったという評価に拠っている。別に日本の植民地を肯定したわけではない。
「再婚? ヨリを戻したい? 冗談じゃないわよ、いい気にならないで!」
というのが本音だろう。同盟国として中共と戦う同志、今はそういう関係を強めるのが大事だ。トウ小平曰く「将来のことは将来の人に任せよう」。今人はレールの土台(土盛り)を造っておくぐらいでいいかも知れない。やがて機は熟す。
本論に入ろう。王育徳「台湾」から。
<日本帝国主義の重圧は(朝鮮と比べると)台湾においてひどくのしかかった。そもそも植民地支配は、それがいかに優れた成果を収めたものであれ、道徳的には無条件に指弾されるべきものであり、私自身、過去のおぞましい数々の体験からも、個人的に日本の台湾統治を憎悪し糾弾してはばからない>
小生はここまで読んで、胸がいっぱいになって、先を読むのが怖くなり、永らく筆をおかざるを得なくなった。氏は「しかし」と冷静な学者の視点で「日本統治」を分析評価すべきだという。続きは次回へ。
【措置入院 精神病棟の日々(185)2017/1/25】承前。産経、貝塚茂樹「『考え、議論する』は道徳の本道」、本当か?
議論は相手との戦いで、歩み寄るのではなく、勝つか負けるかで、結局は投票になり、51人は満足、49人は不満とかになる。
色々な意見を聞くのは良いが、それをベースに自分で考え抜いて「これはこうだ、こうすべきだ」と判断し、採決で支持を得れば果敢に行動する「知行合一」が道徳であり、規範ではないか。
議論は結構だが、議論を尽くしていたら時間だけがかかり、際限がない。お互いに譲歩するとなれば、双方とも不満は残る。それをもとに行動していたらロクな結果になりはしまいか。
だから制限時間になったら採決し、右へ行くのか左へ行くのか決定する。それは邪道か? 決定して行動しなければクラッシュしてしまう。小田原評定が本道なのか。
国政なら「議会が麻痺して政府は何も決められない」レームダックになりかねない。
日本の近代化は陽明学の影響を受けて鳥羽伏見での銃口から生まれた。現在の先進国の近代化は大なり小なり、毛沢東の言うように「銃口から生まれ」たのであり、「お上品なお茶会での会話から」生まれたのではない。
竹中平蔵「正論 経済の乱気流に耐える改革を」。そんな「茶話会」での上品で高尚なマクロ論は聞き飽きた。どうしたら生産性が上がるのか、消費が拡大するか、経済学者は書を捨てよ、街へ出よ、だな。モノに溢れた先進国の人でも手を出したくなるような「体験型の商品/サービス」、旅行、グルメ、エンタメ、趣味、スポーツ、芸術などを研究すべきではないか。
(今の武漢肺炎下にあって思うに、これまではGDP上昇が是とされていたが、それで国民が幸せになったのか、マイナス成長は不幸になるのか、政治経済社会の常識を根本から考え直すべきではないか。疑問が起きるのは「解」がどこかに用意されているからだとヘーゲルが言っていたらしいし、パスツールは「偶然は構えのある心にしか恵まれない」と言ったとか。
発明、発見の多くは「どうすべきか、何だろう」と思うことから始まった、それならば新しい「解」は発見されるのを待っているわけだ、いよいよ俺はスミス、ケインズを越えるか、それとも神ってる変人になるか、人生の遅すぎた岐路だなあ)
面白い広告があった。日成ビルド工業は折り畳み式の倉庫などを造っている。コンクリートや金属に代わる、軽くて丈夫な建材が普及すれば、あっという間にビルができたりして。
「沖縄に東北縄文土器 初出土 2000年以上前、交流か」、沖縄人先住民族=独立すべし論はそのうち消えるだろう。(2020/4/12)
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