日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

芽生え。

2015-03-13 21:08:42 | 発達応援
 寒さがぶり返して、びっくりしていたら、
来週は5月くらいの気温と言うではないですか!

 がんばれ、からだ!ですね。

 テレビでジャンベの演奏聞いていて、ふと思い出した光景、

 中学校で支援員をしている時に、ジャンベ、ドラム、その他名も知らぬ打楽器を持って
ひとりの演奏家の方が中学校にみえました。

 子どもたちとセッションをする講座かなにかで、
子どもたちに、それぞれ好きに打楽器を持たせて、
曲もなく、音楽もなく、それぞれが叩きたいように叩き、
それぞれがそれぞれの音に耳を傾けて、
ひとつの音楽にしていく、そんなものでした。

 中学1年生の子どもたちは、
叩くのも、なんとなく、隣の子を見ながら、
目が合うと友だち同士「こんなのねぇ、興味ないよね」と大人ぶった笑みを浮かべて、
なんとなく、叩き方が遠慮がちでした。

 そんな中、私が支援で関わった子どもが、
それはそれは楽しそうに演奏しています。

 授業中には見ない、生き生きとした顔で、
自分が好きなように、思う存分叩いています。

 少し、嘲笑気味に見ていた同級生たちも、
演奏家の方がその子を「いいね!いいよー!」と褒めるので、
なんとなく、そこは子どもの良いところ。
自分も褒められたくなるのでしょう、負けずに叩きはじめ、
だんだん、人を気にせずに、自分が出したいように叩きはじめる子が増えて、
演奏家の方が音を小さくする仕草をすると小さく、大きくすれば大きく、
速くすれば速く、ゆったりなればゆったりと、
うねるように一体感のある演奏になっていきました。

 それを見ていると、普段は空気が読めずに同級生に総スカンを食らっている、
私の関わる子どもの自分がしたいようにできる自由さが、こういう風に活かされて、
こういう風になら、周りと合わせようと音を聞くことができるんだなぁと、感心したことでした。

 学校で習う勉強だけでは子どもの持つ良さが見えないことはたくさんあります。
学校という場だけでは子どもを伸ばせないこともたくさんあります。

 何が当たるかわからないからこそ、子どもが色々なことに挑戦する場があり、
それを見守る大人は、そのデキに一喜一憂するのではなく、
子どもの芽を摘まないようにしなくてはならないなぁ~と思うことです。
コメント
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