モーツァルトの短調で書かれた楽曲のみを演奏するという、なかなか珍しい演奏会があった。
「哀しみのモーツァルト」と銘打った演奏会は、後でわかったことだが、司会進行をした三枝成彰氏による企画であり、彼の色に染まった演奏会、そして聴衆であったと思っている。三枝氏の話に相づちを打ったり、「ウン、ウン・・」「へぇ」と、会場から聞こえ、演奏会というより、彼の講演会の様相だった。当日配られたプログラムも、いつものものとは異なり、どちらかというと音楽の教科書風で、モーツァルト好きには重宝しそうな資料性の高いもの。純粋に演奏だけを楽しもうと駆け付けたアントンKだが、最初は少し面食らったことを白状しておく。会場はモーツァルトファン、そして三枝ファンのご婦人たちで溢れていたが、ここで演奏された内容は本物で、そんな周りの雰囲気など消し去るほど思った以上に凄くて心に響いた。
今回は、サントリーホールのブルーローズでの演奏。客席との距離はいつもよりさらに近く、演奏者を真近で感じられ大いに興奮したが、アントンKにとって今回の目的は、何と言っても崔文洙五重奏団を聴くことだった。いつも新日本フィルや大阪フィルのコンサートマスターの崔氏を通じて、多大な勇気や力を頂いているが、今回はオーケストラではなく、より個に近いソロや室内楽編成での彼の音色を聴いてみたかったのだ。そしてその音色は、やはりここでも本物であり、深く情感溢れる響きは、心の琴線に触れて熱くなる。それはソナタK304で開花したが、やはり一番気が伝わってきたのは、まぎれもない五重奏団の演奏したK516とK546だった。いつもの見慣れた顔ぶれにこちらもどこか安心してしまったのか、演奏開始からすっと音楽が入ってきたが、各奏者が息を合わせて奏する気迫が音色にのって伝わり圧倒的なパフォーマンスを感じた。そして最後の和音が鳴って終演した時、客席から思わずため息が漏れていた。ここには、もうモーツァルトを越えた独自の世界が形成されており、感情的で濃厚な演奏は、その先も聴きたくなるような、大いに感動したポイントだった。
ピアノの仲道郁代、ソプラノの小林沙羅も負けず劣らずの演奏であり、大いに満足できたが、やはり今回のプログラムは内容が盛りだくさんで、演奏をじっくり鑑賞するといった見地からは中途半端に感じてしまい勿体ない気がしている。今回が初めての企画とのことで、今後はまた違った形で我々を楽しませてくれることだろう。
モーツァルト
ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K310
歌劇「フィガロの結婚」K492~カヴァティーナ
歌劇「魔的」K620 ~No.17 アリア
「泉のほとりで」の主題による6つの変奏曲 ト短調 K360
弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K421~1mov.
歌曲「希望に寄す」K390
歌曲「魔術師」 K472
歌曲「ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いたとき」 K520
ヴァイオリン・ソナタ第28番 K304
弦楽五重奏曲 第4番 K516~1mov.
弦楽のためのアダージョとフーガ K546
ピアノ協奏曲第23番 K488~2mov.
ピアノ 仲道 郁代
ソプラノ 小林 沙羅
ヴァイオリン 崔 文洙
崔文洙五重奏団 Vn/崔 文洙、ビルマン聡平 Vla/井上典子、安達真理 Vc/富岡廉太郎
お話 三枝 成彰
2018-12-04 サントリーホール ブルーローズ
会場前の長蛇の行列。自由席は一考願いたいものだ。