時間学の本によく出てくる「同時の相対性」について考えてみよう。これは光の動きを対象にすると、ある慣性系で観察された「同時」現象が、別の慣性系から観ると同時でなくなるという不思議な思考実験の結果について述べたものである。具体的には以下のような内容である。
図(森田邦久著『時間という謎』より転載)
静止地面に対して速度vで走る列車の真ん中から、列車の前方と後方へ向かって光(光子)を発射する(図参照)。このとき、光の速度をCとおく。列車の真ん中にいる観測者Aからは、これらの光か車両の先端と後端に同時に到着するのを観測するはずである。ところが、光を発射したときに、ちょうど列車の真ん中の位置にいた地上の観測者Bが観測すると、列車が動いている分、光は前端より後端に早く到着したように観測されるはずである。つまり、列車内の観測者からは同時であった出来事が、地上の観測者から観ると同時でない。なぜ日常的な常識と違うのか?これは「同時の相対性」と称する難問である。
まずニュートン力学(日常空間)で考えてみる。この場合は光のかわりに速度Vで撃ちだされた弾丸を考える。窓のない車内のAにとって弾丸は左右に飛ぶ。中点から車両の端までの距離をLとすると、進行方向の壁に弾丸が到達するまでの時間ΔtはAの計算によると。
Δt = L/V
一方反対の壁に弾丸が到達するまでの時間Δt'
Δt' = L/V
これから Δt = Δt'
Aにとって弾丸が前と後ろの壁に到達する時間は同じ。すなわち同時性が成り立つ。
一方、車外からこれを観察するBは次のような計算をする。
Δt = L/{(v + V) ー v} = L/V
Δt' = L/{(V-v)+v} = L/V = L/V
弾丸は動く列車内で慣性を持っており、発射される前から列車と同じ速度vで動いている。計算結果は観察者Aの得た時間とまったく同じである。
もしAが窓のある列車に乗っていたら、Aは最初からBのような計算をしていたかもしれないが、いずれにせよ結果は変わらない。ニュートン力学では慣性系が変わっても時間は変化しないのである。
しかし、弾丸のかわりに光が真ん中の光源から発射されるとすると、話は途端に複雑になる。
前と同様の計算を窓のない列車内のAが計算すると
Δt = L/C, Δt' = L/C よって Δt = Δt'
すなわち光は同時に前端と後端の壁に到着するとなる。これは弾丸での実験結果と同じである。Aの観察場では空間は前も後も等質で、光も同じ条件でそれぞれの方向に投射されているので単純にこの計算ですませることができる。
一方、列車外の静止系にいるBの計算結果は違う。光は電磁波で質量がなく慣性を持たないこと、および光速不変の原理を前提にしている(そうしないと弾丸の実験と同じ事になってしまう)。
Δt = L/(Cーv)
Δt' = L/(C +v )
v>0だから、 Δt > Δt'
静止系の観察者のBからすると、光は後端より前端に遅れて到達する事になる。すなわちAが観察した同時性が観られない事になる。ニュートン力学の常識世界の思考法では、この矛盾は解決しない。直感的には、静止系と慣性系では時間の動きや空間の構造が違っているという仮説(すなわちアインシュタインの相対性理論)を導入しないかぎり解決しないように思えるのである。
そこで次のような思考実験を行うことにしてみよう。上の実験はAが観察した同時性だったが、Bにも公平に同時性を観察させて、それに要する時間の比較をしてみることにする。
具体的には以下のような実験を行う。列車の前端と後端にそれぞれ鏡を置く。そして列車の中点から投射された光が鏡に反射して、もとの中点にもどるまでの時間を、AとBがそれぞれ計測する。前後の空間はまったく等質であるので、観測者A,Bのいづれも光が同時に中点にもどることを確認するはずである。
列車内のAの計測では、中点に帰ってくるまでの時間は前後の反射光とも
ΔTi = 2L/C
一方、列車外のBにとっては前後の反射光とも
ΔTo = L/(Cーv) + L/ (C +v) = 2LC/(C^2ーv^2)
ただ相対性理論では静止系から運動系を観察したときにローレンツ収縮というのが起こる。もし列車が高速で動いていると、動いていないときに比べて進行方向に車体が縮んでいるように見えるはずである。
ここでγ =1/√{1ー(v/C)^2}とすると(これは有名なローレンツ因子である)
ΔTo = L(1/γ)/(Cーv) + L(1/γ)/ (C +v) = 2L(1/γ)C/(C^2ーv^2)=2L/C(1/γ) x γ^2 =ΔTiγ
まとめると
ΔTo (Bからみた時間) = ΔTi(Aからみた時間) x (γ )(ローレンツ因子)
この式から、列車のスピードvが光速Cに比較して小さいときは、ΔTiとΔToはほとんど変わらない。しかしvが大きくなりC に近づくと、ΔTo/ΔTiが大きくなり、Bからみると列車の時計(時間)が自分のものよりゆっくり動いているように見える。これは天井に光をあてピタグラスの定理で計算した結果と同じで理屈は一緒だ。
この実験系では光が中央で出会うのはA、Bにとって同じ時刻である。別々の時刻にAのために一回、Bのために一回などと言う事はありえない。ただしBにとってAの時計が遅れて見え、かつ車体が縮んで見えるといった状況となっている。反対にAにとってはBが後方に移動している列車に乗っているとも言えるので、同じ論法でBの時計が遅れていると主張できるのである。
この”同時性”問題は車内のAの観察する同時性だけにこだわって考えていたらなかなか解けない。AとBが公平に観察できる同時性を設定してやり、その時間の相対的な比較によって理解することができたのである。
参考文献
森田邦久著『時間という謎』春秋社 2019