あとがきより
いつかは安土桃山時代の絵師について書きたいと思っていた。
戦国時代を舞台にした小説をいくつか書いてきたが、信長や秀吉、家康などは遠い歴史の彼方にある印象が強く、実態に迫るのはなかなか難しい。しかし絵師なら多くの作品が残っているので、四百数十年の時をこえて直に対話することができる。
久しく前に画家の西のぼるさんにそんな話をしたところ、「それなら長谷川等伯を書いて下さい」と間髪入れずに申し出があった。等伯は西さんの郷里の能登の出身で、国宝の松林図屏風を残した傑出した画家だという。調べてみると確かに面白い。33歳の時に一流の絵師をめざして郷里の七尾を出たことや、当時の絵画会の権威であり支配者だった狩野派に悍然(かんぜん)と挑戦したところなど、共感せずにはいられない熱いドラマに満ちている。
しかも松林図屏風の存在感は圧倒的だった。東京国立博物館の等伯展で初めて本物を見た時には、衝撃と感動のあまりしばらくその場を動けなかった。
本物を見たい