31・3・10、愛と信仰生活
[我を愛するがゆえに、人を愛する]
下語が、[人を愛することが、我を愛することになる]と、続きます。
私の家庭環境は、叔父に叔母、のちの両親、祖母を加えて、
食べていくために、家族中が働きずくめでした。経済的には、苦労が報われて、豊かな生活を実現しました。
しかし、いつのまか、目の前から、『相手を労わる言葉、ねぎらう態度』そして、なによりも、『笑顔が疲れと引き換え』に、すがたを消し、二度と戻ることは、ありませんでした。
そして、『暗く笑顔と喜びのない家庭』に、病魔が忍び寄り、突如、すがたをあらわした時は、もう、心のシロアリに、家は食い荒らされ、つぎ次に倒れて行きました。御神尊様に縁を繋いだ時は、完全に、家の中はバラバラでした。
この家は、『自分が』『自分が』と、『自分のことばかり』でした。
この家を立て直すには、もっとも、可愛い自分を生かす道は、『相手を十分に認める努力を』そして、夫に妻に、親に子に、『して欲しいを発見、してあげること』それが、『可愛い自分を大切にする』に繋がりますね。
『人を愛するとは』余分なことではなく、家族、他人を含めて『すべての人を愛する』のが、『自分を愛すること』に、1番の近道となります。
骨を繋ぐ人は医者、『愛の線が切れれば』繋ぐ人は、『あなたの優しさ』以外にありません。