「マスター代わりましょうか?」
滅多にしないことをすると、傍で見ているとどうやら危なっかしく見えるらしい。
「嫌、いいよ。ゆっくりやるさ。まだ、時間は早いし。」
ロックアイスをそのままゆっくりグラスに合わせて、球状にけずり続けた。
店をあけるか開けないかそんな時間。この店の開店時間に合わせて入ってくるお客さまは滅多ない。遅い時間になり、やっとその日が始まり始めるのが常だ。
いつもは製氷機が落とすアイスをそのまま、ペールに入れてお出しする。大方のお客さまは、今流行の焼酎が多い。バーではないこの店で、アイスにまで注文をつけるお客さまはない。
今、削っているロックアイスを、多分今夜お使いになるであろうお客さまも、そこまでうるさいことを言う女性はない。なのになぜこんな手間をしているのか、それは自分でもわからない。暇つぶし、でもない。店が混んでくる時間まで、時間を潰そうと思うならば、準備は整っているのだから、スタッフに任せて、いつものように街の中に出て行くほうがいいだろう。でも、今日はそれをしないで、カウンターの中、こうしてアイスを削っている。
「どうしたんですか?」
物珍しそうなものみるかのように、傍らで手元をみつめている。
「・・・」
答える理由が見つからないまま、無言でゆっくりゆっくり削り続けた。
バーテンダー上がりの彼に任せたほうが、もっと手際よく削るだろう。だが、このひとつのアイスだけは削りたかった。
『明日寄るわ。いつもの時間に。一つだけお願いがあるの。シングルモルトのスコッチを一本入れておいて欲しいの。お誕生日のお祝いをしたいの。自分で自分の。マスターの好みでいいわ。お願いね。』
そう電話が入ったのは昨日のこと。滅多なことでは電話なんてかけてこないお客様。いつも、入れたままの焼酎をさらりと呑んでお帰りになる。決して長居もしない。
自分のためのお酒を、ここに置いておきたいといってくださる、その気持ちに応えてみたくなった。それが正直なところ。
お祝いにお花?そんなありきたりは、きっとそのまま受け流されてしまう。どんなシングルモルトがお好みなのだろう?どんなスコッチがお似合いになるだろう?いつもの仕入れの酒屋で思案してしまった。
そして、封切の一杯はスコッチらしく、グラスにぴったりはまったアイスでお出ししよう。そんなことを思ってしまった。
そんな気持ちを、黙ってくみ取ってくれる女性だから。
ロックグラスにそっと落としてみる。グラスの中で静かに座るアイス。カウンターに置く。その瞬間のその女性の顔を、その中に浮かべる。
想いをやり取りできる、最高の瞬間を思い浮かべながら。今夜は有線を止めて、その女性がお見えになる時間には、お好きなピアノソロのjazzでも流しておこう。
fin.
滅多にしないことをすると、傍で見ているとどうやら危なっかしく見えるらしい。
「嫌、いいよ。ゆっくりやるさ。まだ、時間は早いし。」
ロックアイスをそのままゆっくりグラスに合わせて、球状にけずり続けた。
店をあけるか開けないかそんな時間。この店の開店時間に合わせて入ってくるお客さまは滅多ない。遅い時間になり、やっとその日が始まり始めるのが常だ。
いつもは製氷機が落とすアイスをそのまま、ペールに入れてお出しする。大方のお客さまは、今流行の焼酎が多い。バーではないこの店で、アイスにまで注文をつけるお客さまはない。
今、削っているロックアイスを、多分今夜お使いになるであろうお客さまも、そこまでうるさいことを言う女性はない。なのになぜこんな手間をしているのか、それは自分でもわからない。暇つぶし、でもない。店が混んでくる時間まで、時間を潰そうと思うならば、準備は整っているのだから、スタッフに任せて、いつものように街の中に出て行くほうがいいだろう。でも、今日はそれをしないで、カウンターの中、こうしてアイスを削っている。
「どうしたんですか?」
物珍しそうなものみるかのように、傍らで手元をみつめている。
「・・・」
答える理由が見つからないまま、無言でゆっくりゆっくり削り続けた。
バーテンダー上がりの彼に任せたほうが、もっと手際よく削るだろう。だが、このひとつのアイスだけは削りたかった。
『明日寄るわ。いつもの時間に。一つだけお願いがあるの。シングルモルトのスコッチを一本入れておいて欲しいの。お誕生日のお祝いをしたいの。自分で自分の。マスターの好みでいいわ。お願いね。』
そう電話が入ったのは昨日のこと。滅多なことでは電話なんてかけてこないお客様。いつも、入れたままの焼酎をさらりと呑んでお帰りになる。決して長居もしない。
自分のためのお酒を、ここに置いておきたいといってくださる、その気持ちに応えてみたくなった。それが正直なところ。
お祝いにお花?そんなありきたりは、きっとそのまま受け流されてしまう。どんなシングルモルトがお好みなのだろう?どんなスコッチがお似合いになるだろう?いつもの仕入れの酒屋で思案してしまった。
そして、封切の一杯はスコッチらしく、グラスにぴったりはまったアイスでお出ししよう。そんなことを思ってしまった。
そんな気持ちを、黙ってくみ取ってくれる女性だから。
ロックグラスにそっと落としてみる。グラスの中で静かに座るアイス。カウンターに置く。その瞬間のその女性の顔を、その中に浮かべる。
想いをやり取りできる、最高の瞬間を思い浮かべながら。今夜は有線を止めて、その女性がお見えになる時間には、お好きなピアノソロのjazzでも流しておこう。
fin.
それを聞いたその瞬間、しまったって顔をしたあなたを、私見逃さなかったわ。