「大きなピアスだね。」
そう、私の肩をマッサージしてくれながら夫が言う。今まで、そんなふうに言ったことはなかった。
「ずいぶん前に買ったのよ。子供が買う通販の、いくらだったかしら、300円くらいかな。」
ふっつと、少し楽しそうに夫が笑う。丁寧にカチカチになった肩をほぐしてくれる。
なのに、触れられるたびに私の体は緊張感を増し、さらに固くなっていく。それを悟られないように、
「ありがとう。楽になったわ。」
と解放してもらう。
ハルシオンを半錠だけ服用した。眠りたかった。疲れていた。心が。
日常も生活も何もかも、考えたくなかった。娘たちのことも、明日のことも、思いたくなかった。
意識を飛ばして深い闇の中に落ちて行きたかった。
それでも半錠にとどめておいたのは、まだ明日に未練があるからだろうか。逃げてしまおうとする自分に嫌悪感を抱いているからだろうか。自分がしなくてはならないそのことに義務感を持ち合わせているからだろうか。
真夜中過ぎ、明け方にもならない時間、取り戻した意識は、テーブルの上に立ち上げたままのPCを見る。エコモードに入っているPCは、そのディスプレイを闇にかえていた。
まだ少し覚醒しきらない意識の中、なぜか自分の意に反し今日をはじめようとしていた。
仕事に向かう車の中、なぜだか私は泣いていた。理由もなしにないていた。まるで子供のように大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、ハンドルを握っていた。
そろそろ事務所につこうこというのに、その涙は止まることを知らなかった。
更年期の生理不順からだろうか、一週間おきにはじまる生理のせいなのか、突然あの日のあの瞬間が脳裏をよぎった。床にポトポトとおちる血。洋服の袖を染める血のシミ。『ぎゃー!』と叫んで突然壊れてしまった私の声が、頭の中で響いた。
まだ始業前の誰もいないスーパーの駐車場の、その片隅に車を止めて、私はその頭の中で響きわたる自分の叫び聞いた。どのくらいの時間がたったのだろうか、そんなに長い時間ではない。実際にはほんの数分間だったはず。ふと我にかえり、事務所に今日は行かれないと連絡をいれてそのまま自宅へとむかった。
運転しながらさらに、ボロボロと涙がこぼれおちた。もう、止めないと自宅についてしまう。そろそろ新聞も読み終わり、朝食の支度が整わないのをイライラと待ちだすころだろう。
最近の夫はそれをおくびにも出さないふりをして我慢をしている。しかし、振りふりで、全身から漂ってくるものは自分の時間で食事ができないという怒り。
事務所から慌てて戻り、そのままお台所へ立つ。味噌汁の支度をし、卵を調理し、簡単なサラダとベーコンを焼く。タイマーをかけておいた炊飯器の中は真っ白な炊き立てのご飯。でも、それは今たきあがったばかりではない。炊き立ての熱々のご飯を嫌う夫にあわせて、時間を少し早目ておく。炊き立ての水分が飛びきらないつやつやのご飯の好きな私は、自分の好みのご飯を食べることはない。
食事の支度をしながら、夫の顔色をうかがい、新聞を読むそのタイミングを見計らいながらお茶碗にごはんをるける、味噌汁とよそう、お茶を入れる。そんなことを、繰り返してきた。それが生活をするということだと思っていた。
この3カ月半というもの、私の体をわけのわからない不調を訴え続けている。どれだけのストレスを溜めこめば、体の変調が現れるのかはわからない。ある程度重ねて年齢のせいだとも言える。
その不調を訴えることが、無意識の中での無言の反撃というものにでているらしい。
怯えたような夫の目に、しばし戸惑う時がある。いったい私が何を夫にしたのだろうか。できることならば教えてほしい。
生理の周期が異常にみじかくなり、自分で更年期を認めざるえなくなってきた。そのための不安なのだろうか、それは今の私にはわからない。しかし、さまざまな抱えるストレスの中で、それに溺れてしまっていることは確かことなのだ。
湯船の底に沈んでいた。
自分を切り替えるために、一通りの家事を済ますとシャワーを浴びる。そしてそこからが仕事としての私へと切り替わるのだ。
気持ちの沈みはどうにも持ち上げることができないでいた。シャワーを浴びながら、風呂の掃除を始めた。壁をこすり、隅から隅まで磨こうとした。しかしどうやってもそう身長の大きくない私は、壁の上のほうまでどんなに手をのばしても磨くことができなかった。シャワーのために割ける時間も限られていた。それでも、まだ壁を磨かなくてはをなにかに取りつかれるように壁にむかった。タイルは泡にまみれていった。どうしても届かない壁の上のほう。どうにもならなくなって、今度は湯船のを磨きだした。湯船の底をみがきながら、声にならない叫び声をあげていた。誰にもきかれないように、誰にもみつからないように、私はみがいているその湯船の底に小さくなって隠れた。裸のまま。
心が叫びで、つぶれてしまいそうだった。はじけてどこかに飛んで行ってしまいそうな、そんな心を捕まえておくために、湯船の底に小さくまるまってかくれていた。磨いたはずの湯船、磨いても磨いても消えない傷が疎ましかった。
私は、青い湯船の底に沈みながら、あの遠い日闇の中へ落してしまったまだ形にもならなかったあの子になっていた。
夕方からなんとなくおかしかった。しかし、初めての妊娠でそれがなんなのかすらわからなかった。出血と腹痛。尋常でないことだけはわかった。救急でみてくれる産婦人科をさがした。それはまだ、妊娠をやっと確認し、出産のための病院を探す前のことだった。周があけたらこの子のためのいいお医者様にかかろう、そう思っていたのだ。
目を覚ましたら、色褪せたクリーム色のカーテンい囲まれて白い天井がみえた。
不可能なことはわかっているので、誓ってしないが、『風の盆恋歌/高橋治』の主人公、えり子さんのように、心を許し、自分を解放し、恋焦がれる人を思いながら、それでも人生を悲観して深い深い眠りに就きたいと願ってしまう時がある。
処方されている睡眠導入剤程度では、どんなに一度に服用したところで、えり子さんのように想いを馳せながら逝ってしまうことはできない。明日を信じられないとしても、それでもまだ来てしまった明日を生きてしまう私には、できないこと。
あの闇の中に落としてしまった子とともに、私自身も闇の中へ落ちてしまえばよかったのかもしれない。それがたとえ間違いであったとしても。生きて、生かされているそのことは、神様からの制裁なのだと思う。自分の犯してしてきた罪を償うために、昨日、今日、明日へと生かされているのだと感じる。そして、その罪を償いながら生きることで、楽しみや喜びをみいだすことができるのだと。
だから、私は自分を許さない。許せないでいる。
名前のように、水に流されながらいきることで。
繰り返し、繰り返し、そこに戻りまた繰り返す。その隙間を縫うように突きつけられる。お願いだからそっとしておいて、今だけは。
そう心の中で訴える言葉は、声となり相手には届かない。だから、また繰り返し繰り返す。同じことを。
なぜ声にしないのか、届くことはないとあきらめている。それが正しいことではない、だからこそ声にしない。叫びにしない。それでも、さらに繰り返されて、突きつけられる。
「わからないでしょ、どんな気持ちですごしてきたのか。」
「知らないでしょ、何を求めてきたのか。」
「私の声は、どんなに大きな声で叫んでも、あなたには聞こえなかったでしょ。」
怒りを溜めこんだ形相に、あの日が重なる。でも、今は逃げない。真正面い座ったまま。まっすぐに、こぼれおちる涙も拭わないままに。
「明日がこなければいい、そう思いながら眠りにつく、そのことがどんなことだかわかる?」
どうしてなんて、そんなありきたりの返事はいらない。いらないものをそのままかえされても意味はない。
「生きている意味をみいだせない。」
「このままブレーキもかけずに、壁に向かえば、もう何も思わなくてすむ。そう思いながらハンドルを握る人間の気持ちなんて、一度もかんがえたことがないでしょ。」
言ってしまった。声にしなかったことを。
~~~少しづつ追記します。~~~~
そう、私の肩をマッサージしてくれながら夫が言う。今まで、そんなふうに言ったことはなかった。
「ずいぶん前に買ったのよ。子供が買う通販の、いくらだったかしら、300円くらいかな。」
ふっつと、少し楽しそうに夫が笑う。丁寧にカチカチになった肩をほぐしてくれる。
なのに、触れられるたびに私の体は緊張感を増し、さらに固くなっていく。それを悟られないように、
「ありがとう。楽になったわ。」
と解放してもらう。
ハルシオンを半錠だけ服用した。眠りたかった。疲れていた。心が。
日常も生活も何もかも、考えたくなかった。娘たちのことも、明日のことも、思いたくなかった。
意識を飛ばして深い闇の中に落ちて行きたかった。
それでも半錠にとどめておいたのは、まだ明日に未練があるからだろうか。逃げてしまおうとする自分に嫌悪感を抱いているからだろうか。自分がしなくてはならないそのことに義務感を持ち合わせているからだろうか。
真夜中過ぎ、明け方にもならない時間、取り戻した意識は、テーブルの上に立ち上げたままのPCを見る。エコモードに入っているPCは、そのディスプレイを闇にかえていた。
まだ少し覚醒しきらない意識の中、なぜか自分の意に反し今日をはじめようとしていた。
仕事に向かう車の中、なぜだか私は泣いていた。理由もなしにないていた。まるで子供のように大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、ハンドルを握っていた。
そろそろ事務所につこうこというのに、その涙は止まることを知らなかった。
更年期の生理不順からだろうか、一週間おきにはじまる生理のせいなのか、突然あの日のあの瞬間が脳裏をよぎった。床にポトポトとおちる血。洋服の袖を染める血のシミ。『ぎゃー!』と叫んで突然壊れてしまった私の声が、頭の中で響いた。
まだ始業前の誰もいないスーパーの駐車場の、その片隅に車を止めて、私はその頭の中で響きわたる自分の叫び聞いた。どのくらいの時間がたったのだろうか、そんなに長い時間ではない。実際にはほんの数分間だったはず。ふと我にかえり、事務所に今日は行かれないと連絡をいれてそのまま自宅へとむかった。
運転しながらさらに、ボロボロと涙がこぼれおちた。もう、止めないと自宅についてしまう。そろそろ新聞も読み終わり、朝食の支度が整わないのをイライラと待ちだすころだろう。
最近の夫はそれをおくびにも出さないふりをして我慢をしている。しかし、振りふりで、全身から漂ってくるものは自分の時間で食事ができないという怒り。
事務所から慌てて戻り、そのままお台所へ立つ。味噌汁の支度をし、卵を調理し、簡単なサラダとベーコンを焼く。タイマーをかけておいた炊飯器の中は真っ白な炊き立てのご飯。でも、それは今たきあがったばかりではない。炊き立ての熱々のご飯を嫌う夫にあわせて、時間を少し早目ておく。炊き立ての水分が飛びきらないつやつやのご飯の好きな私は、自分の好みのご飯を食べることはない。
食事の支度をしながら、夫の顔色をうかがい、新聞を読むそのタイミングを見計らいながらお茶碗にごはんをるける、味噌汁とよそう、お茶を入れる。そんなことを、繰り返してきた。それが生活をするということだと思っていた。
この3カ月半というもの、私の体をわけのわからない不調を訴え続けている。どれだけのストレスを溜めこめば、体の変調が現れるのかはわからない。ある程度重ねて年齢のせいだとも言える。
その不調を訴えることが、無意識の中での無言の反撃というものにでているらしい。
怯えたような夫の目に、しばし戸惑う時がある。いったい私が何を夫にしたのだろうか。できることならば教えてほしい。
生理の周期が異常にみじかくなり、自分で更年期を認めざるえなくなってきた。そのための不安なのだろうか、それは今の私にはわからない。しかし、さまざまな抱えるストレスの中で、それに溺れてしまっていることは確かことなのだ。
湯船の底に沈んでいた。
自分を切り替えるために、一通りの家事を済ますとシャワーを浴びる。そしてそこからが仕事としての私へと切り替わるのだ。
気持ちの沈みはどうにも持ち上げることができないでいた。シャワーを浴びながら、風呂の掃除を始めた。壁をこすり、隅から隅まで磨こうとした。しかしどうやってもそう身長の大きくない私は、壁の上のほうまでどんなに手をのばしても磨くことができなかった。シャワーのために割ける時間も限られていた。それでも、まだ壁を磨かなくてはをなにかに取りつかれるように壁にむかった。タイルは泡にまみれていった。どうしても届かない壁の上のほう。どうにもならなくなって、今度は湯船のを磨きだした。湯船の底をみがきながら、声にならない叫び声をあげていた。誰にもきかれないように、誰にもみつからないように、私はみがいているその湯船の底に小さくなって隠れた。裸のまま。
心が叫びで、つぶれてしまいそうだった。はじけてどこかに飛んで行ってしまいそうな、そんな心を捕まえておくために、湯船の底に小さくまるまってかくれていた。磨いたはずの湯船、磨いても磨いても消えない傷が疎ましかった。
私は、青い湯船の底に沈みながら、あの遠い日闇の中へ落してしまったまだ形にもならなかったあの子になっていた。
夕方からなんとなくおかしかった。しかし、初めての妊娠でそれがなんなのかすらわからなかった。出血と腹痛。尋常でないことだけはわかった。救急でみてくれる産婦人科をさがした。それはまだ、妊娠をやっと確認し、出産のための病院を探す前のことだった。周があけたらこの子のためのいいお医者様にかかろう、そう思っていたのだ。
目を覚ましたら、色褪せたクリーム色のカーテンい囲まれて白い天井がみえた。
不可能なことはわかっているので、誓ってしないが、『風の盆恋歌/高橋治』の主人公、えり子さんのように、心を許し、自分を解放し、恋焦がれる人を思いながら、それでも人生を悲観して深い深い眠りに就きたいと願ってしまう時がある。
処方されている睡眠導入剤程度では、どんなに一度に服用したところで、えり子さんのように想いを馳せながら逝ってしまうことはできない。明日を信じられないとしても、それでもまだ来てしまった明日を生きてしまう私には、できないこと。
あの闇の中に落としてしまった子とともに、私自身も闇の中へ落ちてしまえばよかったのかもしれない。それがたとえ間違いであったとしても。生きて、生かされているそのことは、神様からの制裁なのだと思う。自分の犯してしてきた罪を償うために、昨日、今日、明日へと生かされているのだと感じる。そして、その罪を償いながら生きることで、楽しみや喜びをみいだすことができるのだと。
だから、私は自分を許さない。許せないでいる。
名前のように、水に流されながらいきることで。
繰り返し、繰り返し、そこに戻りまた繰り返す。その隙間を縫うように突きつけられる。お願いだからそっとしておいて、今だけは。
そう心の中で訴える言葉は、声となり相手には届かない。だから、また繰り返し繰り返す。同じことを。
なぜ声にしないのか、届くことはないとあきらめている。それが正しいことではない、だからこそ声にしない。叫びにしない。それでも、さらに繰り返されて、突きつけられる。
「わからないでしょ、どんな気持ちですごしてきたのか。」
「知らないでしょ、何を求めてきたのか。」
「私の声は、どんなに大きな声で叫んでも、あなたには聞こえなかったでしょ。」
怒りを溜めこんだ形相に、あの日が重なる。でも、今は逃げない。真正面い座ったまま。まっすぐに、こぼれおちる涙も拭わないままに。
「明日がこなければいい、そう思いながら眠りにつく、そのことがどんなことだかわかる?」
どうしてなんて、そんなありきたりの返事はいらない。いらないものをそのままかえされても意味はない。
「生きている意味をみいだせない。」
「このままブレーキもかけずに、壁に向かえば、もう何も思わなくてすむ。そう思いながらハンドルを握る人間の気持ちなんて、一度もかんがえたことがないでしょ。」
言ってしまった。声にしなかったことを。
~~~少しづつ追記します。~~~~
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます