朝焼けを見るために

神様からの贈り物。一瞬の時。

言葉はいらない

2007-06-15 19:17:36 | 流水子
私はこの空間が好きだ。街中から少しだけ外れた、私設の小さな美術館。受付からは奥まったワンフロアーの展示場は見えない。
もっとも平日の昼間、ここを訪れる人は日に何人あるのだろうか?受付の女性は、受付の衝立の奥のデスクにいる時のほうが多い。来る時は、幅の広い絨毯引きの階段を上がる人を知らせる何かがあるのだろうか、受付で『お待ちしていました』とばかりににこやかに迎えてくれる女性も、帰るときにはその姿をみせないときが多い。街の雑踏は、ここまでは届かない。そして、この展示場に響く音は、空調の微かな機械音のみ。
公共の美術館とは違い、特定の人が興味を示すものしかかからない。この街に住んで、この場所を知っている人のほうが少ないのかもしれない。ゆったりと展示スペースをとり、黒い合皮のソファーが時間を忘れるようにいくつか置かれている。一通りゆっくりとフロアーを歩く、その後魅かれた絵の前に置かれた低いソファーに座り、時間を忘れるまでその絵に魅入られる。私の時間の許す限り。

引き戻される時間に、吾返るとき、私は自分を取り戻すことができる。
入ってくる人も、出て行く人も、すれ違う人も、何も気にすることなく、一つの大きな空間を自分の時間と融合できる。それが私自身をゆっくりと癒してくれる。

源氏物語のひとコマだというその絵の、何に魅かれたのか。私は展示の硝子の向こうの一枚の絵をみていた。
「時間を下さい。私に。」
その人に短いメールをいれたのは先週のことだった。要領を得ないメールに、戸惑っているのはその人ではなく、自分の心をもてあましている私自身。何をしていても、いきなり心が萎えてしまう。それを誰にも気付かれないようにする、そのことに疲れてしまっていた。
「お昼過ぎ、H美術館にいます。」
朝、仕事開始とともにONにするパソコン。ネットに繋げメールチックが済むと、私はその人に短いメールを打った。署名も何もつけずに。その人が、昼までにそのメールをみるという保障もない。たとえ見たところで、それだけのメールで何を読み取りわかってくれるのかということもわからない。
見るともなし、焦点の合わない目で壁にかかるその絵をみていた。ふと、後ろに人の気配を感じる。黙ったまま私の後ろに立っているその人。振り返ることはしない。振り替えらなくても、もう私にはその人がその人だと分かった。焦点の合わなかった目は、かかっている絵の前の大きな硝子に、映りこんだその人の姿を捕らえていた。

 黙ったまま、その人は後ろから私の髪を撫でた。そっと優しく。私はその手をとり、自分の頬にあてた。その人の体温がその手を通して、私の頬に伝わる。そしてその手を私は自分の胸元に持っていった。私の鼓動が、心臓の波うつ音がその手をつうじて、その人に伝わる。その人の体温と私の鼓動が一つになった。そのままに時間が、静かに止まった。
私達は、無言のまま一つになった。心が寄り添い、求め合い、体温と鼓動で私達は一つになった。その人の手は私の添えられたまま。


               


              気が向いたら続く。。。

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